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スリッパの攻防 [ショートショート]

職場の休憩室に置かれているスリッパは、毎朝違う場所に散らばっている。昨日までは自分の座る席の近くにあったのに、今朝は入り口付近だ。スリッパを取りに行くのは面倒だが、素足で過ごすわけにもいかない。

私はスリッパを拾い上げ、無言で自分の席に戻った。他の同僚たちも同じようにスリッパを探し、取り合いをしている。特に窓際の席にいる佐藤さんは、狙っていたスリッパを横取りされることが多いらしく、しばしば不機嫌そうに眉をひそめる。

昼休み、私は目の前の机にスリッパをきちんと揃えておいた。次に使うときのための、ささやかな準備だ。しかし、ふと目を離した隙に、スリッパが消えているのに気づく。周りを見回すと、佐藤さんの足元にそのスリッパがある。

「それ、私のなんですけど。」
声をかけると、佐藤さんはちらりとこちらを見る。
「でも名前が書いてあるわけじゃないですよね。」
言い返され、私は黙った。この会社では、スリッパに名前を書くというルールはない。結局、私は新しいスリッパを探しに行くしかなかった。

その日の夕方、私は休憩室で小さな工夫をした。スリッパの内側に目立たない印をつけたのだ。これなら次回も自分のものだと主張できるはずだ。翌朝、スリッパは私の席の近くにあった。印があることを確認し、ほっとする。

だが、午後にはまたスリッパが移動していた。佐藤さんの足元に再びそれを見つけたが、今度は何も言わないことにした。自分の手元に戻るまで待とう。負けるが勝ち、と心の中でつぶやきながら。

その後、スリッパの攻防戦は自然と終息した。誰もが自分のスリッパに印をつけ始め、争いはなくなったのだ。しかし、私は時々思う。この小さな勝負が、人間関係にどんな影響を及ぼしていたのかを。

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