前代未聞のお願い [ショートショート]
便利屋を訪ねたのは、人生で初めてだった。ネットで見つけた事務所のドアを開けると、年配の男性がカウンター越しにこちらを見上げた。
「どうぞ、お掛けください。」
促されるまま椅子に座り、胸の奥から湧き上がる不安を押し込めながら話し始めた。「実はお願いしたいことがあるんです。」
男性は無言で頷き、手元のメモ帳を開いた。周囲には所狭しと雑多な道具や書類が並んでいる。「どんな内容でも可能な限り対応します。ただし法に触れるものはお断りですよ。」
「わかっています。」私は深く息を吸った。「家族に、私が生きていることを知らせてほしいんです。」
彼のペンが止まり、こちらを見つめる。その静寂が耳鳴りのように重かった。「つまり、あなたご自身ではそれが難しい、と。」
「はい。私が直接行けば、たぶん追い返されるでしょう。それに、何と言えばいいのかわからない。」
彼は顎に手を当て、しばらく考え込んだ。「家族間の問題には慎重を要します。特に、事情が複雑そうですね。」
「お願いです。他に頼れる人がいないんです。」思わず前のめりになり、声が震えた。
男性はゆっくりと頷いた。「前代未聞の依頼ですが、引き受けましょう。ただし成功を約束するものではありません。」
その言葉に、私の胸は軽くなったように感じた。便利屋が、どんな方法でこの困難に立ち向かうのかは想像がつかない。それでも、一歩が踏み出せたことが、何よりの救いだった。
事務所を出ると、冷たい風が頬を撫でた。空には雲一つなく、冬の日差しが静かに地上を照らしている。