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天才の反作用 [ショートショート]

信号待ちでふと足を止めた私の視線を、トラックが横切った。その荷台には一見して異様な機械が載っている。光沢のある黒いフレームと、無数の複雑な配線。あの装置の正体を、私は知っていた。数年前、大学院時代の同級生だった天才研究者、山崎が設計した「反作用制御装置」だ。

山崎は、あらゆるエネルギーの反作用を利用して運動を効率化する装置を作り上げた。その装置が完成した瞬間、彼は科学界の革命児となった。しかし、次第に彼の天才性は世間から疑われ始めた。装置の使用は不可解な事故を頻発させ、実用化が一時停止されたと聞いている。

私はそのトラックを追うように歩き始めた。なぜ、こんな街中であの装置が運ばれているのだろう。トラックは小さな工場へと入っていった。私はその入口で足を止め、中を覗き込んだ。薄暗い室内には、機械の部品やケーブルが無造作に散乱している。その中で、やせ細った山崎が機械を点検していた。

「山崎さん?」と声をかけると、彼は振り返ったが、すぐに目をそらした。「もうすぐ完成なんだ」と彼は呟いた。声に以前の自信は感じられない。

「でも、その装置、まだ危険なんでしょう?」

彼は工具を置き、短く笑った。「危険なのは人間だよ。装置じゃない。」それから少し考え込むようにして付け加えた。「反作用を制御するってことは、エネルギーの流れを全部変えるってことだ。それが自然に逆らう行為だって、わかってる。でも、止められないんだ。」

彼の手は震えていた。天才と言われた彼が何を思い、何を追い求めているのか、私には理解できなかった。ただ、彼の背中には孤独と執着が貼りついていた。

トラックが再び動き出し、装置がどこかへ運ばれていく。私はその場に立ち尽くし、その先に何が待っているのかを恐ろしく思いながら、山崎の小さな工場を見送った。

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