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にわか雨のホーム [ショートショート]

駅のホームに立つと、雨のにおいが鼻をついた。線路沿いの草むらが濡れ、しっとりとした緑が広がっている。にわか雨が降ったらしい。足元のコンクリートに残る不規則な水たまりが、それを証明していた。

電車が来るまであと五分。彼女は鞄の中を探りながら、ふと空を見上げた。曇天の隙間から一瞬だけ顔を出した太陽が、濡れたホームにきらめく光の線を落としていた。

「傘、持ってくればよかったかな」
隣に立つ男が呟いた声が耳に届く。彼は軽く頭を振り、濡れた髪を払っていた。

「降りる頃には止んでるかもね」
彼女は答えたつもりだったが、声が小さすぎたのか、彼は振り向かない。代わりに、ホームに響く電車の接近音が会話をさらっていく。

電車が到着すると、乗客たちが流れるように降り、空いた席を求めて新たな乗客が乗り込んでいく。彼女も流れに身を任せ、車内の一角に立った。窓越しにホームを見ると、先ほどの男がまだその場に立っていた。

次の目的地はどこだろう。彼女はそう思いながら、湿った空気を吸い込む。電車はやがて発車し、ホームの風景が徐々に遠ざかっていった。

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