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クレジットカード大作戦 [ショートショート]
クレジットカードの明細が届いたのは、月末の金曜日だった。郵便受けから無造作に取り出し、封を切ると、金額の数字が目に飛び込んでくる。見慣れた明細書の中身は、見慣れない数字で埋まっていた。合計額はいつもの2倍。37万2460円。
「何でこんなに使ったんだっけ」
独り言が口をつく。ソファに座り直し、薄い紙の束をめくる。最初のページには、飲食店、衣料品店、オンラインストアの名が並ぶ。特に目立つのは「コンフォート家具」と「グリーンライフ雑貨」の2つの項目。合わせて20万円。
どうやら私は、記憶の片隅にある「部屋を快適にする計画」を、無意識のうちに大規模に実行したらしい。自分がしたことなのに、明細を見て初めてその重大さを知る。なんということだろう。急に胸がざわつき始めた。
頭の中に「大作戦」という言葉が浮かぶ。どうせここまできたなら、明細の数字に怯えず、むしろ計画的にこのピンチを乗り越えるべきだ。クレジットカードの支払いを滞りなく済ませるための、大作戦だ。
翌日、目覚ましが鳴るより先に目が覚めた。カーテンの隙間から朝の光が入り、部屋全体が白く照らされている。明細書を机に広げ、パソコンを立ち上げる。まずは支出の整理だ。家計簿アプリを開き、直近3か月の支出をグラフにする。大きく飛び出した今月の棒グラフが目を刺した。
「節約しなくちゃ」
すぐに出た結論だ。冷蔵庫を開けると、昨夜の残り物が容器に入っていた。買い物に出るのをやめ、その残り物で朝食を済ませる。そういえば、今月はコンビニでの「ちょっとした買い物」が増えていたことにも気づく。缶コーヒー、チョコレート、レジ前の小さな誘惑。あれが積み重なったのだ。
午前中は仕事をこなし、昼休みに「計画表」を書き出した。
— クレジットカード大作戦 —
1. 週末は家で過ごす
2. 新しい買い物は一ヶ月禁止
3. コンフォート家具のソファで過ごす時間を最大化
4. 明細書は冷蔵庫に貼り、常に意識する
完璧だ。作戦はすぐに動き出す。今週末は、初めて新しいソファに座って映画でも観ることにした。クレジットカードがもたらしたソファは、柔らかく、背中をすっぽりと包み込んでくれる。なぜか、そこに座るだけで「無駄遣い」ではなく「必要な投資」に思えてきた。人間の心理は単純だ。
三週間が経った。冷蔵庫の扉に貼られた明細書はもう見慣れた風景になり、出費は驚くほど減った。コンビニには寄らず、休日は友人からの誘いも軽く断り、部屋で過ごす時間が増えた。オンラインショッピングの通知もすべてオフにし、画面を開かないようにする努力もした。
「やればできるじゃない」
月末、私は残高を確認する。貯金額が先月より5万円増えていた。これで来月のクレジットカードの支払いは問題ない。ふと、冷蔵庫に貼られた明細書を剥がし、2つ折りにする。そしてそのままゴミ箱に捨てた。
達成感は確かにある。それでも、来月また別の大作戦を考えている自分の姿が容易に想像できた。