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サウナの鏡 [ショートショート]
ドアを開けると、むっとした熱気が顔を包み込んだ。私が通うサウナは、駅から少し離れたビルの三階にある。平日の昼間、客は少なく、石の上で弾ける水の音だけが響いている。
脱衣所で浴衣を脱ぎ、タオル一枚を肩にかけた。鏡を見ると、湿気で少しぼやけた自分の顔が映った。化粧の残りを落としきったその顔は、いくつもの疲労の影を見せている。私はふっと息をついて、サウナ室へと足を進めた。
中には私のほかに二人の女性が座っていた。どちらも若い。片方は脚を組み、雑誌を読んでいる。もう一人は目を閉じて、静かに汗を流している。私は彼女たちから少し離れた木製の段に腰を下ろした。
雑誌を読んでいた女性が、ふと私に話しかけてきた。
「ここ、よく来るんですか?」
声は明るく、どこか聞き覚えのある調子だった。顔を上げて彼女を見る。どこかで見たことがある気がする。その思いが顔に出たのだろう。彼女は微笑んで言った。
「気づきました?」
「あの、テレビで…」
と言いかけると、彼女は雑誌を閉じた。
「そう、アイドルやってるんです。でも、今は休業中。」
彼女はそう言って肩をすくめた。
その場にいたもう一人の女性が、目を開けてちらりとこちらを見た。
「休業って、大変そうですね。」
淡々とした口調だったが、どこか含みのある言葉だった。アイドルの女性は一瞬目を細めたが、すぐに柔らかい表情に戻った。
「まあ、いろいろありますからね。」
私は黙ってその会話を聞いていた。
10分ほど経ち、彼女たちは順にサウナ室を出て行った。私も限界を感じ、腰を上げた。ロビーで水を飲んでいると、アイドルの彼女がまた話しかけてきた。
「サウナって、なんかリセットされる感じがしません?」
私は軽くうなずいた。
「そうですね。汗と一緒に、いろんなものが流れていく気がします。」
彼女は笑った。
「それが、今の私に必要なことなんですよ。」
彼女はスタッフに呼ばれたのか、すぐに席を立った。