砂利道の真ん中で [ショートショート]
仕事帰り、ふと目に止まった喫茶店に入った。古びた木の看板には、「人生相談承ります」と書かれている。特別に相談したいことがあったわけではないが、気まぐれで足を踏み入れてみることにした。
中は思ったよりも広く、天井近くまで積まれた古本の棚が、狭い通路を作っている。カウンターには年配のマスターがひとり。気づくと、私はカウンター席に腰を下ろしていた。「相談ごとは?」と彼が聞いてくる。迷いながら、「別に、特にありません」と答えると、「そうか」と軽く笑ってうなずく。
気まずさを感じながらも、私は一杯のコーヒーを注文し、マスターが用意してくれるのを待った。店内は静かで、外の車の音が微かに聞こえるくらいだ。なんとなく、最近の生活について頭を巡らせていた。
マスターが静かにコーヒーを差し出し、私の目を見ながらふと言う。「人は砂利道を歩いてるようなものだよ」。その言葉の意図を測りかねたまま、私はコーヒーを口に運ぶ。「舗装された道ばかりを歩けるわけじゃない。時々、躓く石があるのも普通さ」。
なるほど、と思った。ありきたりな慰めかもしれないが、不思議とその言葉が心に染み入った。私の日々も、たしかに大きな事件はないが、細かい引っかかりや小さな不満が絶えない。それらは砂利道の石のように、歩きにくさを増すだけのものだと思っていた。しかし、今になって少し、そんな「石」も悪くない気がしてきた。
マスターが静かに微笑む。「相談は無くても、ここに来たってことは、何か引っかかってたんじゃないか?」そう言われてみれば、そうかもしれないと感じた。コーヒーを飲み干し、私はお礼を言って店を出た。