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クリスマスなんてもう飽きた [ショートショート]
クリスマスはまだ遠い先、でも街はきらびやかなイルミネーションに彩られ、人々の顔には期待や興奮が浮かんでいる。私はその流れに逆らうように、駅前のカフェの窓際席に一人で座っていた。マグカップから立ち上る湯気の向こう、忙しそうに駆け回る人々の姿がぼんやりと映る。
「クリスマスなんてもう飽きた」
そう呟いた自分の声が、意外なほど冷たく響いた。クリスマスは今年で何回目だろう。家族と祝った幼い頃、恋人と過ごした学生時代、同僚と騒いだ社会人になりたての頃。それぞれが楽しく、特別だったはずなのに、年を重ねるごとにその感覚は薄れていった。
「ご注文お伺いします」
静かな声に顔を上げると、カフェの制服を着た店員が立っていた。年の頃は私より少し若い女性だろうか。彼女の笑顔は、どこかぎこちなかった
「クリスマス、好きですか?」
何の気なしに問いかけると、彼女は少し驚いた表情を浮かべた。だが、すぐにその顔を柔らかく緩めて、こう答えた。
「実は、ちょっと苦手です。でも、お客様の楽しそうな顔を見ると、悪くないなって思うんです」
その答えに、私は曖昧に笑った。彼女の仕事に対する感情を知る必要はなかったのに、つい話を広げてしまう。たぶん、私が答えを求めていたからだろう。
ふと、店内の隅に目をやると、小さなクリスマスツリーが飾られていた。飾りは控えめで、華やかさはない。それでも、そばを通る子どもたちは足を止め、興味深げに眺めている。ツリーのてっぺんにある星形のオーナメントが、店内の照明を受けて微かに輝いた。
「いつから飽きるようになったんだろう?」
心の中で問いかける。けれど答えは出ない。ただ、一つ思ったのは、飽きたと思っていたのは何かに期待する自分自身かもしれない、ということだ。
会計を済ませて店を出る頃には、夜空から小さな雪が降り始めていた。誰かが笑いながら「ホワイトクリスマスだ」と言う声が聞こえる。
私もつられて空を見上げた。冷たさを感じる雪片が頬に落ちた瞬間、不思議と心が少しだけ軽くなった。
クリスマス、それでも悪くない。そんな考えが浮かび、私は駅へと歩き出した。