【米国への語学留学から5年で永住権を取得した私の人生】⑧神様のいたずら
皆さん、こんにちは。大澄紅希です。第8回目を迎える『米国への語学留学から5年で永住権を取得した私の人生』。今回は、私の就職活動に終止符を打ったある企業との出会いについてお話したいと思います。
前回の第7回目でもお話した通り、私は大学4年の梅雨前まで内定0社という”就活負け組”の汚名を被りながら、心身共に弱り果てていました。しかし、就職活動の本当の目的に気付けたのち、ある企業と素晴らしい出会いを果たすことができたのです。
強烈なインパクトを受けた返信メール
スポーツビジネスに対する情熱を込めたメールを送付した後、私は直ぐに”その企業”から返信メールを受け取りました。そして私はその返信メールの内容に、強烈なインパクトを受けます。
履歴書を送っていただく前に弊社の良くないところを伝えておくので、それでも良ければ履歴書送付で構いません。
・弊社では即戦力か数年後に戦力と見込まれる人材しか採用していないため、給料も安くスタッフは1年を通しての評価でインセンティブを受け取るシステムとなる。
・時間から時間の労働でもなく、典型的なサラリーマンのような労働環境・条件とは大きく隔たりがある。
・プロ、アマ問わず球団や団体の情報を取り扱っているため守秘義務絶対遵守
私はこのメールを見た瞬間、早くも逃げ出したくなりました。見失っていた目標に気付きやる気に満ち溢れていた矢先のこのメールです。出鼻をくじかれた気持ちにもなりました。恐らく、あの頃の「早く就活を終わらせたかった私」でしたら、この時点で逃げ出していたと思います。ただ、ここで逃げ出してしまっては、あの頃の自堕落な生活をしていた自分となんら変わりはありません。
自分がやりたいことをする時には、それ相応の覚悟を伴う
私は自分にそう言い聞かせ、メールの内容を了承するとともに、履歴書を送付しました。そして履歴書を送付して直ぐに2通目のメールを受け取ります。
履歴書を拝読しました。もう少し紅希君を知る必要があるので、あなたという人間が伝わるようなエッセイを提出して下さい。
私という人間が伝わる内容のエッセイ。。。
エッセイの提出について承知致しました。3日以内に提出致します。
とりあえず提出の期限を自ら設けることで、自分自身に追い込みをかけました。「さて何を書こう。」提示された難題に、小さな脳をフル回転させました。
悩みに悩んだエッセイの内容
エッセイの内容については、とにかく悩みました。悩んでは書き始め、書き始めては削除する。こんなことを何度も繰り返していました。とにかく私を伝えることに注力した結果、文字数は4000字を越えていました。ただそこで気付きます。
長々と綴っても読まれない。内容は簡潔に。ワード1ページに収めよう。
無駄な部分を省き1ページに収め、自らが設けた期日までにエッセイを提出しました。そしてまた直ぐに返信を頂きます。
若者らしい溌剌さが伝わりました。予定を合わせ日本で面談をしましょう。
先方から与えられるミッションをクリアしては小さく喜びまた気を引き締める。崖っぷちの状況とあり、とにかく目標に向かって一心不乱にしがみつきました。
記念すべき面談当日は記念すべき〇〇
10月26日と27日に弊社が東京にて留学セミナーを実施します。面談を兼ねて上京できますか?
そんな内容のメールを頂いたのは9月の終わりでした。書類審査をなんとか通過し(自分で勝手にそう解釈し)、直接自分をアピールできるチャンスを頂いた。そう感じていた私の中に、「行かない」という選択肢はありませんでした。
10月26日。心なしか、どこか馴染みのある日にちだ。何か既に予定が入っていた気もする。何だったかな。。。そうだ、この日は姉の結婚式だ!
なんと、大事な面談日と姉の結婚式がかぶるという事態に。姉には以前から、「結婚式と就活の日程が重なったら、申し訳ないが就活を優先させてもらう」と伝えていました。ただ本当に日程が重なるとは思ってもみなかった為、正直これには驚きました。「神様はどこまでも意地悪だ。」そんなことを思いながら約束通り姉に結婚式を欠席する旨を伝え、東京行きの切符を購入しました。
今考えると、ここで結婚式を優先させていたら、その後の採用は無かったと思います。もしかしたら、ここも一つの”人生の分岐点”だったかもしれません。普段とは異なる心境で、私は東京へ向かいました。
本日もお読みいただきありがとうございました。では次回もお楽しみに!
Crimsope代表 大澄紅希
記事をご覧いただきありがとうございます!皆様のサポートが大きな励みとなっています。共により豊かな人生を歩んでいきましょう!