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セッション定番曲その180:It Could Happen To You
ジャズセッションの定番曲。あまり起伏のないメロディをどう料理するかがポイントですね。
(歌詞は最下段に掲載)
和訳したものはあちこちのWebサイトに掲載されているので、ここではポイントだけ説明します。
ポイント1:Chet Baker
1958年録音、例によってChet Bakerのこの歌が有名です。余技といえば余技ですが、なんとも魅力的。特になんか情けない内容の歌はピカイチ。相手に押し付けるのではなく、自分自身に語り掛けている感じがします。
ポイント2:Laufey
2024年録音。ソーシャルメディア時代のニュースター、Laufey。歌だけ聴くと普通のジャズ歌手ですが、マルチ楽器奏者で音楽への造詣が深く、自分で作曲〜アレンジもこなします。セルフブランディング力が凄くて、様々なメディアで「音楽(ジャズを含む)」の魅力をZ世代以降の世代に発信していて、絶大な支持を得ています。
もう「ジャズサークル」の中からは一般のリスナーにまでリーチするような影響力(とセールス力)のあるアーティストは出現してこないかもしれません。それが出来るとしたら、全然違うサークル/コミュニティから。
彼女のライブで「Misty」を歌うと若い観客が黄色い歓声をあげているシーンが見られます。彼女のスキャットに合わせて観客もスキャットする場面も(いわゆるアドリブではなく、曲の一部として歌詞抜きでメロディ化されているパート)。まるでHip-Hopのライブで観客が一斉にラップするような感じです。
「Billie Eilish以降」のジャズミュージシャン、なのかもしれません。
ポイント3:歌詞のポイント
「It could happen to you」
日本人の苦手な「it」と「could」です。「それ」って何?この時点ではまだ分かりません。「could」は「条件が合えば、~ということもあり得る」という含みを持たせた表現。「can」よりは少し確率が下がるというか、起こる為の条件が厳しくなる感じ。
Hide your heart from sight
Lock your dreams at night
It could happen to you
あなたの本心は他の人に見せちゃダメ!
夜に夢を見るのもやめなさい!
そんなの自分には関係無いと思っていても
(恋をしたら)あなたにも起こるかもね
「sight」と「night」で韻を踏んでいます。
Don't count stars
Or you might stumble
Someone drops a sigh
And down you tumble
夜空を見上げて星を数えていたら、躓いちゃうかも
そばで誰かがため息をついたら
自分のことかなって、気になってしかたなくなる
「stumble」と「tumble」で韻を踏んでいます。
Keep an eye on spring
Run when church bells ring
It could happen to you
春は気が緩むから気をつけてね
教会の鐘が鳴っていたら
誰かの結婚式からしれないから見ない方がいい
羨ましくてしかたなくなるかもしれないし
そんなの自分には関係無いと思っていても
(恋をしたら)あなたにも起こるかもね
「spring」と「ring」で韻を踏んでいます。
「Keep an eye on」は「~から目を離さない」という意味です。誰かと一緒にいて、席を離れる時に「Please keep an eye on my bag.」とお願いしたりします。ただ「見る」というよりも「注意深く、すっと気にしておく」感じ。
All I did was wonder
How your arms would be
And it happened to me
実はあなたの腕に抱かれたらどんな感じなのか
気になってしかたないんです
そう、恋に落ちたのは私
友達に散々「あなたにも起こるかもね」と忠告しておきながら、最後の最後で「実はぜんぶ自分に起こったことでした」という種明かし。実体験だから説得力がある、と。ずっとそわそわした感じだった理由が分かりましたね。
回りくどい話になっていますが、要約すると「人は恋に落ちるもの、そしてそれは素晴らしいこと」という内容です。
ポイント4:ヴァース
短いですが、ヴァースがあります。
Do you believe in charms and spells
in mystic words and magic wands and wishing wells?
Don't look so wise, don't show your scorn
Watch yourself, I warn you
「charms and spells」「mystic words」はどれも「魔法/呪文」
「magic wands」は「魔法の杖」
「wishing wells」「コインを投げ込むと願い事をかなえてくれる魔法の井戸」
そういう「恋を成就させる魔法の力って効果があると思う?」と。
「scorn」は「軽蔑/見下し」
賢そうに見え過ぎちゃダメだし
(恋に落ちている人を)バカにしてちゃダメだよ
面白い言葉が沢山出てきますが、やはり本歌への導入部としては少し饒舌過ぎる気もします。
ポイント5:様々な歌唱
こういうアッサリ系の曲は白人の女性歌手が向いているのかもしれません。
Anita O'Day、1960年録音
ヴァースからスムースに本歌に入っています。ちょっと語尾にクセのある歌い方が、この歌詞に合っています。
Julie London、1959年録音
濃厚なラブソングに聴こえますね。
Monica Zetterlund, Bill Evans、1964年録音
自由自在にリズムを操る歌い方。
June Christy、1954年録音
2回し目のメロディフェイクがカッコいいですね。
Robert Palmer、1988年録音
ロック/ホワイトソウル系のシンガーだったRobert Palmerによる落ち着いた歌唱。
ポイント6:様々な演奏
Miles Davis Quintet、1956年録音
契約消化の為に演奏しなれている曲をどんどん録音した一連のアルバムと言われていますが、まさにリラックスした雰囲気の演奏。
Bud Powell、1951年録音
Sonny Clark, Art Farmer, Hank Mobley, Curtis Fuller、1957年録音
気持ちのいい日差しの入るカフェとかで流れていて欲しい。
Sonny Rollins、1957年録音
豊かな音色のサックス独奏。
Buddy DeFranco、1953年録音
クラリネットの柔らかな音が似合いますね。
ポイント7:曲の構成
丁寧な解説動画
◼️歌詞
Hide your heart from sight
Lock your dreams at night
It could happen to you
Don't count stars
Or you might stumble
Someone drops a sigh
And down you tumble
Keep an eye on spring
Run when church bells ring
It could happen to you
All I did was wonder
How your arms would be
And it happened to me