「耐乳酸」という言葉に気をつけて
水泳を競技としてやっている人で、聞いたことない人はほぼいないだろう「耐乳酸」という言葉。
主に、レースの最後に腕や脚が重たくなり身体が動かなくなる局面をターゲットにした高強度の練習を指して、かなり以前から使われている言葉だと思います。
一方で、東京大学の八田教授が、
乳酸は溜まるだけの老廃物ではなく、酸化されて利用できるエネルギー源
ということを述べ始めてから、徐々にその考え方が普及し、水泳界でも「耐乳酸」という言葉を使うべきか、という議論が起こってきました。
どれほどの人が現在も「耐乳酸」という言葉を使っているか気になったのでTwitterでアンケートを取ってみました。
【耐乳酸】という言葉について、
— 富永航平 (@kohhei_tominaga) July 30, 2022
乳酸は疲労物質ではなく、エネルギーのもとであるということを、
SNSで情報収集している人が回答者だと思うので、かなり上振れがあるとは思いますが、約8割の方が乳酸はエネルギー源と知っていました。また、そのうち7割以上の人がそれでも耐乳酸という言葉を使い続けているという状況です。※疲労物質でない、というのは言い過ぎで不適切ですね。
「耐乳酸」を使うべきでないという意見
八田先生の研究に基づき、耐乳酸という言葉を使うべきでないと主張する人がいます。正確でない、不正確な知識のもとでは効率的な練習ができないという意見が大きいと感じます。
学生時代に運動生理学の基礎を学んでみた私は、
低強度から高強度まで、どの強度の練習も大切である
専門とする距離や時期によって各強度に割く割合を変える
という見解に落ち着いた。仮に運動生理学を学んでなかったとしても、ある程度合理的な考え方ができる人であれば、結果的にこの見解に近い練習をしていると思うので、不正確な知識のもとでは非効率、と言えるほど差が出るほどのものではないと考えています。
「耐乳酸」を使うメリット
言葉はコミュニケーションツールの1つです。コーチや練習メニュー作成者からすると、選手が意図した強度で練習するためにHard、Fast、AN1など色んな言葉を使います。
その中で「耐乳酸」はある程度の共通認識を持つには有用な言葉だと思います。
「酸」という漢字からは、塩酸や硫酸のような危険なイメージ、あるいはレモンなどの柑橘類の酸っぱいイメージを抱きます。身体にとって強い刺激を連想させ、レース最後の腕や脚がガンガンと重たく感じるイメージに結びつきやすいと思います。
「耐」という漢字は、文字通りキツい状態でも崩れずキープするということをイメージさせ、腕や脚が重たくキツくても、泳ぎを崩さずタイムを落とさないよう泳ぐという理解を促します。
それでも「耐乳酸」には気をつけて
「耐乳酸」は"ある程度"の共通認識を持つのに有用と述べました。
ある程度と述べたのは、そうでないケースも見受けられるからです。これはどちらかと言うと競技初心者から中級者にありがちなケースですが、最初の強度が高すぎて、序盤でキツくなってしまい、途中からタイムが極端に落ちるケース。この状態は、身体はきついかもしれませんが、強度はたいして高くなっていません。
これは、キツい状態を耐えるというイメージを強く持ちすぎて、キツい状態を長く耐えれば練習効果があると思ってしまうことに起因すると思います。我慢を是とする傾向が強い日本人にとって陥りがちな間違いだと思います。
強度が高いことと身体のキツさはイコールではないということは、「耐乳酸」を強度を指定する言葉として使うのであれば十分に説明し理解を得る必要があると思います。
また、「耐乳酸」がレース強度を規定してしまうリスクもあります。レースの後半はキツいものという刷り込みがされ、無駄な力を使わず楽に泳ぐという思考を放棄させかねません。
ベストなレースができた時、案外レース終盤も楽に泳げた経験はないでしょうか。あれは、高強度の練習を積んで能力が向上したと言うよりは、無駄な力を使わずに楽に最後まで泳げたという要素が大きいと思っています。
楽に速く泳ぐことを目的とした練習について書いた記事を貼っておきます。この記事を読んで上手く泳げたという声も頂いたので、読まれてない方はぜひ。
終わりに
「耐乳酸」は、ある程度余裕のあるサイクルで行うことが多く、レベル差があってもみんなで盛り上げながらできる練習で、かなりキツい練習なので終わったあとの疲労感を持って達成感を感じることもできます。
生理学的な能力向上も大切ですが、チームとしての一体感を作ったり、ときに盲目的に達成感に浸るということも、楽しく水泳を続けるという意味では大切だと思います。
以上。