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コルクBooks講座アーカイブ マンガのわかりやすい表現①
前置き
ぼくは、漫画家ではないのですが、編集者という立場で、コルクBooksという漫画投稿SNSサイトに関わっています。
日々サイトに投稿される漫画についてコメントをしたり、コルクBooksが主催する講座に参加して、「漫画編集」について学んでいます。
毎月1回、コルクBooks主催のコルク佐渡島庸平さんによる公開ネーム講座が開かれます。
講座に出席している漫画家の投稿した漫画ネームに対して、他の漫画家が見ている前で、直接佐渡島さんが指摘します。
ネーム指摘を行う前に、佐渡島さんが漫画を描く際のポイントについて、毎回テーマを変えて講義する時間があります。
その時の話を聞いていて、なるほどなぁと思うことがよくあります。
漫画家、編集者に限らずコンテンツをつくり届ける立場の人にとって、汎用性のある内容です。
荒野をひたすら走るか、道を舗装しながら走るか
なるほどなぁと思って、毎回それで安心納得するじぶんがいるのですが、いざ実践すると、聞いた内容をあまりわかっていなかったり、そもそも忘れていることがよくあります。
なんで、そのようなことになってしまうのでしょうか(自戒を込めて)
インプットされたものが、じぶんの中で咀嚼・反芻されて、アウトプットされていないからです。
アウトプットには2種類あります。人から聞いたことを整理してまとめて文章などで視える化すること(アーカイブ化)
もう一つは、聞いたことを、すぐ実践してみること。
今まで、うる覚えの知識や技術を、思い出しながら、見よう見まねで実践していました(例えば、コルクBooksでの漫画家への編集コメント)
インプットされた知識や技術は、状況に応じて、使ったり使わなかったりです。
ここで問題なのは、インプットされた情報を的確に使えているかどうかです。
見るべきポイントがわかっているのか、すなわちどこが問題だから、この漫画はうまくいっていないのか見極められているかです。
聞いた話を咀嚼して整理できてなかったり、ロジカルにまとまっていないと、なかなか起こっている問題に対して、客観視までに至らず、的確な指摘ができないです。
一読者として率直な感想を言うことはできます。でも、他人から知り得た知識や技術は、じぶんがわかっていないと、漫画家に納得のいく指摘ができません。
アーカイブ化することは、いつでも客観的に振り返られる道を作り、効率よくかつ、的確に実践できる舗装された道や標識をつくることです。真っ白な地図を埋めていくイメージです。
アーカイブ化されていないと、舗装されていない荒野という道を走り続けることになります(人生という道においては、荒野でも良いと思っています)
誰かにわかりやすく道を勧めるなら、わかりやすい地図を渡して、その道路を歩いてもらって道案内した方が確実でしょう。
何よりも大切なのは、道を舗装して終わりではなく、舗装した道を同時にじぶんでも何回も歩いて整備していくことです。
わかりやすい表現
さて、本題です。
2018年1月7日に行われた講座は「マンガのわかりやすい表現」についてでした。ぼくが話を聞いて、気になったところ、なるほどなぁと思ったことを目次メモにしました。
■わかりやすさの価値 ・情報を速くわかりやすく伝えることに「価値」がある。
■じぶんが知らないこと、あやふやなモノを伝えるのは難しい
・伝える本人が伝えたいことがわかっているか。
・テーマを絞れているか→タイトルとリードを意識する。
・どれくらいの長さだったら、伝えられるか。
■作者と読者はズレている
・感情の前には驚きがある。驚くには前提条件が必要。
■コンテンツ制作においての推敲アプローチ
・伝え方がうまくいっていないのか、伝えたいことがおもしろくないのかを分けて考える。
・①わかりやすくする→②おもしろくする→③わかりやすくする・おもしろくするの順番でまず考えてみる。
漫画に限らず、コミュニケーションが必要とされるメディアに対して、汎用性がある目次でした。
以下、佐渡島さんから聞いた話を一部引用しつつ、じぶんなりに咀嚼した内容を書いていきます。
わかりやすさの価値
・情報を速く分かりやすく伝えることに「価値」がある。
分かりやすい文章を書きなさい、分かりやすい話し方をしなさいと、当たり前のように、今まで学校や会社で言われてきた人は結構いると思います。
当たり前過ぎて、わざわざことばにしなくても大丈夫だよって思う方もいるでしょう。
当たり前だからこそ、そこに「価値」を感じることは、普段は意識しづらいです。かく言うぼくもそうです。
当たり前だとわかっているけど、その当たり前のことが案外できていないんですよね(そもそも当たり前って何でしょう)
ぼくは、どちらかと言うとわかりやすくするのが苦手です。今回このnoteを書いていても、わかりやすいのか怪しいものです。
限られた時間の中で、情報を選び消費するストレス
わかりやすさの前に、消費時間コストについて、話します。
テレビ、ラジオ、新聞、本しかなかった時代と比べて、インターネット、スマホアプリが登場したことで、ぼくらが1日に触れる情報量が圧倒的に増えました。情報を得る選択肢も広がりました。
情報過多になったことで、一つ一つの情報に対して、あまりじっくり理解する時間を割くことができなくなる人が結構出てきているでしょう。
じっくり一つの情報を理解する時間がないのに、わかりづらい、消費時間がかかるコンテンツに触れると、ストレスを感じます。
ストレスを感じると、じぶんの生活に落ち着きがなくなります。
動画の場合
・動画は、インプットする時間がかかるのに対して、伝えられる情報量は少ない。
動画であれば、初めの数秒観て、興味が湧かずわかりづらければ、視聴を中止するか、早送りしたりスキップしてオチを先に観てしまう人がいるでしょう。
映画やドラマでない情報番組であれば、結論だけわかればよかったりします。動画の尺に対して、得られる情報は限られています。
ぼくは、最近Amazonプライムで映画やドラマを頭から終わりまで、じっくり観ることに、だんだんストレスを感じるようになってきました(ストレスを感じずに、終始、没入して観れてしまうこともあります)
わかりづらい、おもしろくないという理由と合わせて、コンテンツを消費する時間がかかるなぁと思ってしまうこともストレスになる大きな要因です。
ちゃんと観ようとすると、妙に腰が重くなり、億劫になります。なんでなんでしょう。それは、頭のどこかで効率性や真面目にインプットしようと考えているからです。
観るコンテンツがそもそも超大好きかハマっていると、消費時間コストに関係なく、自然に勝手に観るとは思いますが、そこまで好きではなく興味を持ったレベルだと、腰が重くなります。
まだ仮説ですが、ちょっとした興味<消費時間コストでコンテンツを選んでしまう傾向があるからでしょう(万人とは言い切れませんが)あわせて消費時間コストに対しても、真面目に考えてしまいます。
選べるコンテンツが少なければ、消費時間コストについて、わざわざ考えなくてもいいでしょう。
真面目なインプットでも、観る目的があれば頑張ってみることができます。「相手を知るために観る」からです。そこには、ちゃんと相手を理解したいという気持ちが動機にあります。
以前、ぼくの奥さんが、普段観ないであろう映像作品シリーズを1話から片っ端、仕事から帰ってきてずっと観てました。
理由は、仕事の取引先の手掛けた作品だったからです。
本人のそもそも興味があるかはおいといて、強い目的があれば、消費時間コストを考えずに、ひたすらコンテンツに触れ続けることはできるでしょう。
真面目でないインプットもあります。
昔観たドラマなどを、BGMを流すような気軽な気持ちで、垂れ流して観たりしないでしょうか。
一回観てるわけだし、ぶっちゃけ音声だけでも話がわかってしまうことがあります。なんでなんでしょう。
安心して観ていられるからです。目的もそこまでないです。言葉を選ばずに言えば、インプットに対して、不真面目さがあります(それが悪いと言っているわけではないです)
少し話からそれますが、興味を持ったコンシューマゲームであれば、わざわざじぶんで何十時間もプレイする時間を割かなくてもいいです。
誰かのプレイ動画を観て、ゲームを疑似体験することができます。ゲーム買うコストも抑えられます。
プレイ動画も尺が長いとスキップや早送りして結果だけ観てしまう人もいるでしょう。ぼくもです。
Youtubeを観ていて、わずか15秒のCMが動画の冒頭や途中に入ってくるだけでも、不快になります。
コンテンツに関係ない異物が直接入ってくると、即スキップする人が多いでしょう。
わずか15秒ですら、異物で不快だと思って、消費時間コストもあわせて考えたら、耐えられないです。好き嫌いの感情の話にも繋がっていきます。
漫画の場合
・漫画は、インプットする時間はかからないのに対して、伝えられる情報量は多い。
漫画は、絵とセリフと背景とコマ割構成の情報だけです。動画と唯一違うのは、読者がじぶんのペースで読めることです。
速く読める人からすれば、消費する時間が少なくてすみます。消費時間コストにおいて、動画と比べると、触れやすいメディアです。
ただ、読んで数ページで、わかりづらい・おもしろくない・安心して読めなければ、わかりにくい漫画として閉じられてしまいます。
一言で言うと、どんな話なのか?、主人公のキャラがよくわからない、共感できないなどいろんな理由はありますが、読みにくいが最初の壁でしょう。
この読みにくいは、消費時間コストに影響します。下手すると、不快感にも繋がることがあります。
デジタル上だと、解像度がボケていたり、セリフの文字が小さいと読みづらいです。
読者がどの媒体で読むのか、意識しないといけません。PCで読むのとスマホで読むのでは、見え方も変わってきます。
絵が上手でも、情報量が多すぎると、圧迫感があって読むのに疲れてしまったり、コマの並べ方の一つで話の流れがスッと汲み取れないことがあります。
安心感がないと、読むのを辞めてしまうか、億劫になってストレスを感じます。
わかりにくさの価値
誤解がないように言っておくと、わかりやすいが価値とここでは言っていますが、必ずしも全てではないと、ぼくは思っています。
あくまでも、わかりやすさは価値の一つと考えています。
わかりにくいもの(不完全なもの)に対しても、価値があります。古典、芸術、詩、誰かの言語下されていない感情や違和感などは、それに当たると思います。
効率性や消費時間コストを抜きにして、反芻することで、味わいが生まれます。触れる人の捉え方次第なので、正解はありません。ましてや、作者が何を伝えたいか想像するしかありません。
わからないことについて、想像したり考えることに価値があるのでしょう。
ぼくは実感できるほど、この手の媒体に触れていませんが、憧れがあります。きっと本質的で普遍的なことが、ここで言う、わかりにくいものにはあるんだと思います。
それが、ロングセラーになったり、多くの人に認知される理由でしょう。
※※※
話が長くなってしまったので、ここで一度終わります。今回は、消費時間コストとわかりやすさの関係を話しました。
次回コルクBooks講座アーカイブ マンガのわかりやすい表現②では、以下のことについて触れます。
わかりやすく伝える技術が求められる
・池上彰さんや林修先生がよくテレビ番組でたくさん解説しているのは、話がわかりやすいから。
じぶんが知らないこと、あやふやなモノを伝えるのは難しい
・伝える本人が伝えたいことがわかっているか。・テーマを絞れているか→タイトルとリードを意識する。・どれくらいの長さだったら、伝えられるか。
作者と読者はズレている
・感情の前には驚きがある。驚くには前提条件が必要。
コンテンツ制作においての推敲アプローチ
・伝え方がうまくいっていないのか、伝えたいことがおもしろくないのかを分けて考える・①わかりやすくする→②おもしろくする→③わかりやすくする・おもしろくするの順番でまず考えてみる。
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![上田浩平/コンテンツ編集者](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/7587329/profile_789bb7a2871d92732437aa464f843a50.jpg?width=600&crop=1:1,smart)