実証研究紹介20:市町村合併の効果
このページでは私の専門分野を中心に、最近の社会科学の実証・理論研究結果を査読付きの国際学術誌から紹介していきます。日本での政策議論や論壇等では、国際的な査読付き学術誌での実証・理論研究成果があまり注目されていないと思い、このようなページを書こうと思いました (査読誌とは何かについてはこちら)。これらの研究からは、問題を解決するための直接的な解決策が見つからないかもしれませんが、課題を概観し、整理する上でのヒントや示唆は得られると思いますので、出来る範囲で紹介していくつもりです。詳細な内容や翻訳は時間の都合上難しいですが、この投稿が論文の存在を知るきっかけになれば嬉しいです。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。
日本では1999年以降平成の大合併が実施され、市町村数は3229(1999年)から現在は1,718にまで53.2%減少しました(参考)。日本の市町村数が約半分になったというのは大規模な制度改革だったことが分かります。以前のNote(参考:実証研究紹介1と2)でも紹介しましたが、自治体合併の改革が行われたのは日本だけではなく、デンマーク、ニュージーランド、オーストラリア、スウェーデン等多くの国で行われています(参考 Suzuki 2016)。
市町村合併の議論では、合併のメリットとして行政サービスの向上、行財政の効率化、公共施設の増加、市のイメージアップ、広域的な地域・まちづくりの観点からの利点が指摘されています。一方で、住民の声が届きにくくなる、行政サービスの低下、地域コミュニティーの衰退、地域間格差やアイデンティティーの低下などがデメリットとして挙げられています(例:北広島市HP)。
平成の大合併から20年が経過し、合併が行財政運営、公共サービス、地域社会、住民に及ぼした影響はどのようなものでしょうか。当初の期待通りの効果があったのか、それとも予測されなかった結果が生まれたのか、その評価が求められています。日本ではEBPM(Evidence-Based Policy Making)が注目されていますが、これまでの主な焦点は個別の施策や事業レベルでした。しかし、市町村合併や省庁再編、公務員制度改革などの制度レベルの改革の効果の検証も重要です。
日本国内の行政の現場やマスコミであまり知られていませんが、国際的な査読付き学術誌では市町村合併の効果に関する理論や実証研究結果が蓄積されています。近年になっては、これらの研究結果を網羅的にまとめるシステマティック・レビュー論文(参考:実証研究紹介8)も増えており (Gendźwiłł, et al, 2021等)、各国の自治体合併改革における実証的な知見が蓄積されつつあります。自治制度において人口規模の変化を伴う市町村合併の改革は、公共財やサービスの提供においてどのような影響を持つのか、集権型と分散型の自治システムの比較、人口規模と民主主義の質との関連など、政治学や自治体パフォーマンスに関する重要なトピック等とも関連して研究が進んでいます(例: Ostrom et al. 1961, Dahl & Tufte 1973, Avellaneda & Gomes 2014)。
今回は、日本の市町村合併に焦点を当て、過去7年間に査読付き国際学術誌に掲載された実証研究を紹介します。主なテーマは、1)市町村合併の地域経済社会および住民への効果、および市町村合併による地域間格差、2)市町村合併の行財政効果です。ただし、ここで紹介した以外にも多くの優れた研究が存在しますので、ご留意ください。
市町村合併の地域経済社会、住民への効果、市町村合併による地域間格差
Yamada, K. (2018). From a Majority to a Minority How Municipal Mergers in Japan Changed the Distribution of Political Powers and the Allocation of Public Services Within a Merged Municipality. Urban Affairs Review, 54(3), 560-592. (link)
合併した自治体ではそうではない自治体と比較して大きく公共サービスの質が低下
Suzuki, K., & Sakuwa, K. (2016). Impact of municipal mergers on local population growth: an assessment of the merger of Japanese municipalities. Asia Pacific Journal of Public Administration, 38(4), 223-238. (link)
合併効果の地域間格差に注目。合併構成自治体のうち人口規模が小規模な自治体は類似する未合併自治体と比べて人口減少が進んだ。
Pickering, S., Tanaka, S., & Yamada, K. (2020). The Impact of Municipal Mergers on Local Public Spending: Evidence from Remote-Sensing Data. Journal of East Asian Studies, 20(2), 243-266. (link)
合併後、有権者が少ない地域への自治体歳出が減少したとの結果
Yamada, K., & Arai, K. (2021). Do boundary consolidations alter the relationship between politicians and voters? The case of municipal mergers in Japan. Local Government Studies, 47(4), 519-545. doi:10.1080/03003930.2020.1761335 (link)
合併した小規模自治体に住む住民は合併後、政治家との接触が少なくなり、政治家に対する好意的な印象が少なくなった。しかし、合併を経験していない自治体の住民ではこうした結果は見られなかった。
市町村合併の行財政効果
Hirota, H., & Yunoue, H. (2017). Evaluation of the fiscal effect on municipal mergers: Quasi-experimental evidence from Japanese municipal data. Regional Science and Urban Economics, 66, 132-149. (link)
吸収合併で吸収された自治体では合併直前に投資的経費と公債費が増加。しかし、吸収した側は増加がみられず、コモンプール問題(fiscal common pool problem)が発生。
Miyazaki, T. (2018). Examining the relationship between municipal consolidation and cost reduction: an instrumental variable approach. Applied Economics, 50(10), 1108-1121. (link)
合併の直後に一人当たりの歳出は増加したが、徐々に減少
Haruaki Hirota (2023) The fiscal effects of cross-prefectural border municipal mergers: evidence from Japan using the synthetic control method, Applied Economics Letters, DOI: 10.1080/13504851.2023.2290580 (link)
合併直前の歳出増加というコモンプール問題(fiscal common pool problem)について
Li, J., & Takeuchi, K. (2023). Do municipal mergers reduce the cost of waste management? Evidence from Japan. Regional Science and Urban Economics, 103, 103939. doi:https://doi.org/10.1016/j.regsciurbeco.2023.103939 (link)
市町村合併は廃棄物管理の建設費を増加させたという結果
その他の財政効果に関する研究
Yu Noda (2016) Municipal relationship modifications by the Great Heisei Consolidation in Japan, Asia Pacific Journal of Public Administration, 38:2, 103-117, DOI: 10.1080/23276665.2016.1179857 (link)
Hirota, H., Iwata, K., & Tanaka, K. (2022). Is public official training effective at reducing costs? Evidence from survey data on Japanese municipal mergers. Economic Analysis and Policy, 75, 145-158. (link)
Miyazaki, M. (2020). Fiscal Sustainability and Municipal Amalgamations in Japan. Public Administration Quarterly, 44(2), 236-261. (link)
Miyazaki, T. (2022). Does ethnic diversity affect public goods provision? Evidence from boundary reform of local governments. Applied Economics, 54(34), 3903-3923. (link)
市町村合併の経済効果についてのシステマティック・レビュー論文
Gendźwiłł, A., Kurniewicz, A., & Swianiewicz, P. (2021). The impact of municipal territorial reforms on the economic performance of local governments. A systematic review of quasi-experimental studies. Space and Polity, 25(1), 37-56.
その他
Avellaneda, C. N., & Gomes, R. C. (2015). Is Small Beautiful? Testing the Direct and Nonlinear Effects of Size on Municipal Performance. Public Administration Review, 75(1), 137-149.
Dahl, R. A., & Tufte, E. R. (1973). Size and democracy (Vol. 2). Stanford, Calif.: Stanford University Press.
Ostrom, V., Tiebout, C. M., & Warren, R. (1961). The organization of government in metropolitan areas: a theoretical inquiry. American political science review, 55(4), 831-842.