お金と向き合って感じたこと
こんな記事を読みました。
GDPとは、1年間で国内で産出された付加価値の総額で、国の経済活動状況を示します。日本は長年2位・3位を占めていましたが、ついに4位になる話は私にとって衝撃的であると同時に、付加価値って何だろうか?と考える契機になりました。
付加価値、平易な表現だとお金ですね。今回は、日々の生活から切っても切り離せない「お金」をテーマにさせていただきます。
1.お金とは、価値の秩序を作り出すもの
お金は、中央銀行が信用を保証している紙、金属です。日本では1,000円札に「日本銀行券」と書いていますね。日本銀行がその価値を保証しているからこそ、タクシーや食事代やお菓子を買うときに価値として認めてくれますし、財布の中に保管できます。トップ画像に乗せている1ドル紙幣はFederal Reserve Note(連邦準備券)と記載されており、日本円との交換が可能です。
歴史を紐解くと、他国の通貨を価値として認め合い始めたのは管理通貨制度に移行した20世紀初頭からであり、お金によって世界の「価値の秩序」が保たれています。
お金の存在が世界の価値の秩序を保っていますが、お金のイメージって人それぞれ違いますよね。
・お金があれば自由を得られる
・お金を求めるのは欲深くて汚い
・お金は幸せに生きるために必要不可欠なもの
いろんな場面でお金の存在が様々な人の思惑が投影されますが、私は、「お金は感謝のエネルギー」であると感じています。その理由を次の章で私なりに考えてみました。
2.お金を支払う三つの場面
お金を得る方法は三つあります。奪う、騙す、感謝される。最も持続可能な方法は感謝されることですね。
すぐ思い浮かぶこととしては、不安や痛みを解消する対価ではないでしょうか。風邪を引いたから病院で診察料を払う、厄年だからお祓いを受ける、この時に不安や痛みの解消の対価としてお金を支払います。
次は、快楽や快適性の実現ですね。ゲームに課金する、高画素数のカメラを買うことは、その行為自体無くても生きることに支障はありませんが、今まで感じえなかった喜びを得ることになります。ここで、快楽や快適性の対価としてお金を支払います。
最後に、人々の生活をより豊かにすることです。SOYMILブレンダーやROOFコンポストはこちらに属しています。このような商品・サービスが存在しなくても、人生を送ることはできます。また、ゲームの課金よりも買い手にとっては快楽の実現になるかは定かではありません。
こういったものはアンケートなどを取っても市場調査を実施しても明らかにならない潜在的ニーズであり、「買い手に必要とされているものを創る」という発想よりも、「私はこんな社会を実現したい、この商品によって人々の生活はこんなに豊かになる」という売り手の豊かな想像力と強い想いによって実現します。車を見たことがない時代の人は車が欲しいと思わないですし、スマホを体験したことがない人には、そのニーズがそもそもないのです。
長くなりましたが、これらに共通しているのはお金を支払うことで、或いは商品やサービスに期待することで買い手が「嬉しい」といった状態になり、受け取った価値に対する対価としてお金が売り手に移動します。
このように、ニーズにないものを創造する破壊的イノベーションとニーズに応えて進化を続ける持続的イノベーションは、社会をより豊かにして行きます。
3.お金で表す感謝と価値の循環
先日、東京都内のシク教徒(北部インドに普及した宗教)が集まる寺院で興味本位で礼拝に参加してきました。「なんか、佐藤は怪しいことしてるな」と思われるかもしれませんが、最後まで読んでいただけると幸いです。
礼拝後ランガルといい、寺院が礼拝に参加した人全員に無償で食事を振舞います。私はこの礼拝とランガルで感謝と価値の循環に感銘しました。
東京都内のビルの一角の部屋を借りて寺院にしています。水道光熱費や食材費が発生するので誰かが代表となってこの活動を支えています。シク教徒であっても、そうでなくてもこの場にいる人が参加者となり、交流が生まれます。
誰がいくらか支払ったなんて分からない、やろうと思えば毎回お金を払わずに食事を無償でいただくこともできる。それでもこの寺院が成り立ち、食事が振舞われているというのは、この場に参加した人、この場にいないけど気持ちだけ参加している人がそれぞれの感謝の想いを貨幣価値で表現しているからだと感じました。お金が集まれば集まるだけ、喜んでもらい感謝してもらっているエネルギーの量が多い証なのかもしれません。
そしてこれは宗教活動のみならず、ビジネスを行う上でも同様に感謝の積み上げていくことで価値の循環が起こり、やがて持続可能なものになっていくと考えています。
4.感謝の積み重ねの結果、豊かになる
感謝の積み重ねが豊かになると考えていますが、お金を集めること自体を目的にすると感謝の積み重ねとは別の、「奪う」や「騙す」が脳裏をよぎるかもしれません。一時的にはお金は入るかもしれませんが、持続可能ではありません。
誰かを意識して何かをするのでなく、「周りの人を喜ばせよう」としたことが原因となり、その結果として、それがお金というかたちになるのか、他のかたちになるのかは、状況や場面によって異なる結果論です。お金を追うのでなく、お金が後からついてくるというのが自然です。
また、感謝された時に対価であるお金の受け取りを拒むことは価値の循環を妨げることになると考えています。お金を受け取り、そのお金がどこかで誰かへの感謝につなげることで、社会はより一層豊かになるのではないでしょうか。
SOYMILもROOFも人生の不安や痛みを解決するものでも、快楽や快適性を増すものでもないかもしれませんが、新しい出会いと発見を通して人生を豊かにしていけるような存在にしていきたいと私を含めスタッフ一同が願っています。また、新しい取り組みに果敢に挑戦していくことで、SOYMILやROOFを手に取ってくださる全ての方が喜んでくださるようにしていくことを約束します。
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