『I Saw the TV Glow(原題)』:自分を認めるか、逃げの人生を歩むか
『I Saw the TV Glow』★★★☆。
IMDb | Rotten Tomatoes | Metacritic
公開日:2024年5月3日(北米)
公開日:未定(日本)
どんな話かというと
子供の頃にのめり込んだ番組を大人になってから見直したら、抱いていた印象とびっくりするくらい違っていたことは誰しもある。これはそんな映画。
でも、それは表面上の話。
これは自分という存在を、とある番組の中に投影していた男の子の話。で、投影している自分自身が何者なのか、認めることを恐れている姿を描く物語。
軸は明らかに、性自認にある。けれど性自認の前段階にあるような、「男」も「女」もない「自分とはなにか」への問いかけに答える勇気を持てず、背中を押してもらえるような環境にも恵まれなかった人の弱さと悲哀を、あぶり出しているのがポイント。
美しく撮られているだけに、すごく酷。表現以上に、その精神的な悲劇に焦点を当てたホラー作品だ。
あらすじ
90年代アメリカ。アフリカ系アメリカ人の内気な中学校1年生の男子、オーウェン(ジャスティス・スミス)は、3つ年上の思い込みの激しい年上の女子、マディ(ブリジット・ランディ=ペイン)と知り合う。
歳の差にも関わらず、彼らを引き合わせた共通の話題は「バフィー 〜恋する十字架〜(Buffy the Vampire Slayer)」を彷彿とさせる、ヤングアダルト向けのテレビドラマ「ザ・ピンク・オペーク(The Pink Opaque)」。
作中、深夜帯の22:30に放送されている同作は、その年頃の2人には大人びているだけでなく主に女子向けで、特にオーウェンにとっては鑑賞がためらわれる内容。しかし数シーズン分の鑑賞を共にしていくうち、2人の仲は奇妙に近づく。ところがある日突然、マディは住んでいる街をあとにして失踪してしまう。
「自分の本当の姿」はどこかにあるか
性的なオリエンテーションだけをめぐるホラー映画だと単純化すると、この映画はもったいない。
第4の壁を崩して、カメラ目線で語りかけるモノローグ。
90年代アメリカに花咲いたヤングアダルト・ドラマの、妙に背伸びをした大人っぽさの再現。
オーウェンとマディを取り囲む、厳しいとは言わないまでもネグレクトに近い家庭環境の陰鬱なムード。
ときたま挟まれる目を見張るような長回しのショット。
不安な10代を形作る要素が、不穏に、つぶさに、描かれるのが、エモい。技術的に優れているのがプラス。その底流に、観る者を落ち着かせないようなホラー演出が加わる。
それ以上に輪をかけて描いてくるのは、「自分の本当の姿は他にあるのではないか」「この人生はかりそめのもので、本当の自分はどこかで身を潜めているのではないか」という、誰もが持つ願望。作中、印象深いのは「そんな妄想や語りかけが、真実なのかどうか」わからずに進むこと。
10代で自分を見つける難しさや不安は、やはり万国共通だ。そんな思いを、ホラーじみた恐怖とおどろおどろしさで表現してくれる。「ピンク・オペーク」のラスボスの映像が、実に気持ち悪いのが、良い。
デビッド・リンチのデビュー作『イレイザーヘッド』ほど脈絡なくはないけれど。長編第二作目となるジェーン・シェーンブルン監督は、自分の存在意義の所在を見出せない鑑賞者の精神をすこぶる揺さぶるような、鋭い一本を演出したのだと思う。力強い。
(鑑賞日:2024年6月9日20:00~@Regal Cinemas Aliso Viejo)