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ACジャパン「聞こえてきた声」

ダイハツの不正や、能登の地震の影響で出稿とりやめが相次いだのか、年末年始、穴埋め用と思われるACジャパンのCMをよく見かけた。その中に、ジェンダー平等を啓発する作品があった。去年から流れていたらしいが、私はこの正月にはじめて目にした。

ジェンダーが固定しがちなさまざまな場面をマンガの吹き出しで表現して、男性・女性どちらの声で聞こえましたか、と視聴者に問いかける。

このCMが面白いのは、コチコチのジェンダーステレオタイプだけでなく、意見が割れそうなものが適度に混ざっていることだ。私の回答は次のとおり。

「赤ちゃんをあやす声」は女性
経営方針を発表します」は男性
このふたつは自分の中でかなり安定していた。

「ご飯だよ~」は男性
マンガでこういうシーンはたいていパパが作っているイメージなので、男性の声で聴こえた。

「将来の夢パイロット」は男の子
パイロットは男性。女性のイメージがまったくない。昨年度の朝ドラ「舞いあがれ!」を熱心に見ていた人は違うかもしれないが。

「支払い、カードで」は男性
うちの場合、カード払いは100%奥さんなのだが、このマンガのレストランの絵柄は弘兼憲史や柳沢みきおの作品に出てくる金持ちサラリーマンのデート風景または浮気風景を連想させるので、男性の声。

「ピンクのがいい」は女の子
ただし、私の好きな色は赤とピンクである。さっきのカード払いもそうだが、自分自身のシチュエーションと逆の声が聴こえてくることもある。

「サッカーしようよ」は女性
なでしこジャパンの司令塔・長谷川唯さんの声で再生された。原っぱで純粋にサッカーを楽しんでいる=女子サッカー、みたいなイメージ。

「子どもが発熱、有給取らせて」は女性
仕事と育児の両立に悩むのはつねに女性というイメージがある。

私の回答のうち、少数派に属するのは「ご飯だよ=男性」と「サッカーしようよ=女性」のふたつで、あとは多数派だろうか。分からないけど。みなさんはどちらの声で再生されただろうか。


ふだんからジェンダー平等やダイバーシティの意識が高い人でも、このCMを見ると、けっこうステレオタイプにハマっている自分に気づくはずだ。そしてそれは、不快で心外かもしれない。

私も意識が高いほうだと思っているが、最初にこのCMを見たときはやっぱり不快だった。何というか、アオられた感じがする。こっちが構えていないのに、いきなり「スキあり!」と竹刀を打ち込まれたような気がして、「そこ打つのは反則だろ!」と言い返したくなった。

経営方針を発表する声が男性に聴こえるからといって、女性経営者を否定しているわけではない。私は女性経営者がどんどん増えるべきだと思っている。だから、男性に聴こえたあなたは偏見あり、みたいに言われると、自分の理念を無視された気がして不快なのだ。

しかし、男性の声しか聴こえなかった以上は、最大公約数的な経営者イメージから自由になれていないのである。理念だけでは自由になれない。現実を変えていかなければ、複数の声が聴こえてくることはないのだ。

このCMはそういうことを訴えている。意識が高い人にたいして、意識が高いだけじゃ不十分だと言っているのである。

意識が高い人には心外なCMだろうが、言っていることはそのとおりなので、不快だが受け入れるしかない。


ところで、私は最後に表示されるセリフが気になった。

「無意識の偏見に気づくことから、はじめませんか」

このセリフだけは、男性か女性かという問いかけの枠外に置かれているが、このセリフにも脳内再生される性別があるはずだ。

私は、はじめてこのCMを見たとき、ちょっとドヤ顔をしているであろう男性の声で再生された。直前に若い男女のナレーションが入るが、彼らの先輩か上司のイメージである。

そして私は思った。あなたに言われたくない。クリエーターに上から目線で言われたくない。たぶんあなたのほうがいろいろ調べてジェンダーの問題に詳しいんだろうけど、でも言われたくない。

そんな拒絶感が、不快のもうひとつの原因になっていた。そしてそれは、広告制作者に対する私の偏見なのである。

薄っぺらくて、上滑っていて、現場を見ずにデータだけ見て分かった気になっている。それが広告制作者。そういうネガティブな偏見が心のどこかにあった。

私は聴こえてきた声をつうじて、広告制作者にたいする「無意識の偏見に気づくこと」になったのだ。

私自身、元電通社員で、広告史の本を書くくらい広告大好きなのに、どうして広告制作者にこんな偏見を持つようになったのか。

それはきっと、昔の広告マン(あえてマンと書きます)たちの、「ボクたち世の中動かしてます」的な自意識に嫉妬していて、彼らを否定したい気持ちを抱き続けてきたからだろう。

でも時代は変わったし、広告代理店では、新しい世代が新しい広告コミュニケーションを必死に模索している。このさい、私の中の古い広告制作者イメージを刷新しなければいけない。

そう思って何度かCMを見直したら、だんだん、最後のセリフの声が変化してきた。直前にセリフを話す男女が、そのままふたりで声を合わせて言っているように聴こえてきたのだ。

私の中でこのふたりは、制作を担当したADKの25~26歳くらいの若手社員である。あくまで私の中の設定で、じっさいどうなのかは知らないが。

こうなってくるともう、Z世代の若手広告人が、知恵をしぼって一生懸命つくった作品にしか見えなくなった。私は若者を応援する職業なので、このCMにはもはやポジティブな印象しかない。

本当に若手が作ったのかは知らないけれど。