明治期の洋食研究から紐解く、未来の食文化|都市を醸す #4
都市や建造環境の微生物コミュニティを調査し、次世代の都市デザイン・公衆衛生事業に取り組む株式会社BIOTAが、様々な分野で都市を醸している実践者を深掘りしていく本企画。
第四回目は慶應義塾大学大学院にて明治期の洋食研究に従事しながら、株式会社食の会 代表として日本橋にて小料理屋『食の會 日本橋』を運営されている長内あや愛さんのインタビューをお届けします。
Text: Takayuki Aoyama
Text & Photography: Kohei Ito
10年間続けているブログが現在の考え方や活動の軸に
———長内さんのブログ『14才のパティシエは今食文化研究家あや愛の日常ブログ』は14歳(2011年)からスタートされて、今年で10年目になるんですね。このブログはどのような経緯で始められたのでしょうか?
当時、同年代ではアメーバブログが流行っていました。当時の私は学校が好きではなかったので「学校外での楽しみを見つけたい。まわりも始めているし、自分も始めよう」と思って、気づいたら現在に至るまでブログを続けていました。
将来、食に関わるお仕事に就きたいとは思っていたものの、パティシエを目指すか、製菓会社に入るかなど、食関連のお仕事の選択肢が多くあることを、中学2年当時の私はよくわかっていませんでしたが、結果的にこのブログが今の自分につながる活動の軸になっていきました。
変わらずに10年以上続けていますが、その間にパティシエの先生の下へ修行したり、製菓学校主催のコンテストや、起業プランコンテストなどへ出場したり、紅茶やコーヒー関連の資格を取得しました。
日記をつけてきただけですが、結果このブログがあったからこそ現在の活動につながる出逢いや機会をいただけましたね。
大学院での研究での学びを、経営するレストランで活かす
———まさに「継続こそ力なり」を体現していますね。現在は日本橋で小料理屋『食の會日本橋』を経営しつつ、慶應義塾大学大学院にて修士課程に在籍されているようですね(2021年3月時点)。
大学院では「明治期の洋食」について研究しています。研究と実店舗経営の両方を同時に取り組んでいる理由は、大学院での学びをすぐに実践したいからです。
『食の會 日本橋』で料理を召し上がった皆様に頂いた声から、多くの気づきを得られますし、大学院での学びを料理に還元できるようになります。修士と経営、「どちらか一方を頑張れば、もう一方も伸びる」と思っています。
———経済学部で学んでいる人がそのまま経営もやるという感じですね。『食の會日本橋』についてお聞かせください。どういうコンセプトなのでしょうか。
もともと大学4年時に会社を設立し、焼き菓子のオンライン販売からスタートしました。大学院に入学した2019年の夏に実店舗を日本橋でオープンしたのです。
「お客さんからお代を頂いてお召し上がりいただく」というのは、単にご飯を作るのとは全く違う感覚があります。仕事としてだけではなく、食研究の発表の場としてお披露目したいという気持ちもあります。
私を昔から知ってくださっている方には「お菓子づくりブロガー」のイメージが強いとは思うのですが、私の中ではジャンル転換をしたという感覚は無くて、食全般を広く捉えています。
成人になり日本酒の勉強もしたので、ここ『食の會 日本橋』では、夜に和食の家庭料理をご提供して、日本酒もお出しする、と。
要するに、店を構える場所の歴史的背景などに応じて、何にフォーカスするかが重要だと考えています。
———初めての実店舗経営の場所として日本橋を選んだ理由は何でしょうか?
日本の食文化が近代において変化したのは1853年(嘉永6年)の黒船来航で、それまで島国であり長いあいだ鎖国をしていた日本に、海外からの食文化の流入がありました。
ただ流入した食文化を受容して変容していったわけではなくて、導入して普及していったとも考えられています。(「国民生活センター 西洋料理から洋食へ―国民に享受された西洋食文化―)
「西洋料理指南」国立国会図書館蔵
その当時の最重要人物はペリー一行で、日本側が条約を結ぶために彼らへおもてなしをするわけですが、その際に食材の一切を預かり調理したお店が、福徳神社にあった幻の料亭と言われる「百川(ももかわ)」だったという記録が残っています。(武州横浜於応接所饗応之図 瓦版)
食の老舗が集積しているのが日本橋なので、歴史的にもここは食文化の聖地なのだと感じました。だからこの地でお店をやれたらと。とても素敵なところをお借りすることが出来たと感じています。
日本橋 福徳神社にて
食文化の形成と、食糧問題のかかわり
———長内さんの今後の食に関する展望についてお聞かせください。時代の流れで取り扱う食材も今後変わっていくように感じます。例えば最新のテクノロジーで生み出された培養肉や植物性のお肉などのいわゆる「代替肉」などの食材を、ご自分のお店に取り入れていくことはお考えでしょうか。
新しく開発された食材を今後取り入れていくことについては大いに可能性はあると考えています。
ただ、いま現在使用している食材とすぐに"入れ替える"ことはせずに、徐々に取り入れていくんだろうなと思います。
例えば昆虫食など出てきていますが、世間もすぐにそちらへ転換するとは思いません。何故なら今親しんで食べられている美味しい食物をこれからも食べようと 「人間は本気を出す」と考えているので、慣れないものをいきなり食べはじめて完全に転換するようになるとは思えません。
「食糧を確保する」ということと、「食文化」というのは全くの別物だと思っていて、新食材を美味しく調理できるようになることで段々と食文化が変化していくとは思っていますし、現在流通している食材も、高価なっていくとは思いますが、すぐに大きな変化が起こるとは思いません。
ただ、食糧問題を解決する為に新しい挑戦をすることはもちろん大事ですし、食文化も非常に緩やかに変わっていくとは考えていますね。
———なるほど。長内さんとしては、食糧問題や栄養補給という側面より、新しい食材が食文化としてどう根付いていったのかに興味がある、と。
結局最後は「何を食べるのか」という選択になっていくと考えています。
その選択をする上で、「地球にとって良い」選択をするのか、「私たちだけが良い思いができればいいと思う」選択をするのかでは全く未来が違ってくると思うので、それは様々な意見を交わす必要が出てきますよね。
自分だけが良いだけじゃなくて、色んな方々全員にとって良い方向性を模索して考えています。
———微生物の働きが絡む食ですと発酵食品やお酒などですが、こういったものを含め、新しい食材が食文化として根付くのには何が重要になってくると思いますか。
まさに日本には発酵食の文化がありますよね。
日本の食文化に昔も今も欠かせない食糧は、発酵した調味料です。その醤油や味噌をつけて、今まで食べていなかった食材を受け入れる(=食べる) という変容の過程が存在しています。
日本の食文化欠かせないのは日本酒もで、日本の風土だからこそ、醸すことができた”酒”は、昔から日本人の中に流れていて、神聖なものとしても扱われています。
日本で発酵した食べ物を、今まで食べていない新しい食材と合わせることで、美味しく、根付いていくことにつながると考えています。
結局、「美味しい」ものしか残らない
例えば私の専門は明治の食ですが、当時は軍隊カレーライス栄養価が高いとか、パンを食べると脚気(かっけ)にならないとか、一般人が食べるきっかけになるのは栄養的なところで、今でいうとメディアで学者が「コレはすごい!栄養価が高いから飲んだ方がいい」と言うとかですよね。
けれどそれだけで果たして根付くものなのか?という疑問があります。導入する意図があるのとは別に「横のつながり」で広がり根付いていくのではないかと思うのです。
———「横のつながり」ですか。
例えば、今まで食べたことのなかった食材を友達が食べていたから、食べてみたら美味しくて、日常的に食べるようになって、また違う友達に広げるとか。人のつながりの中で、食べ物が「伝播していく」ことです。
食文化には嗜好品の側面があると思っていて、「美味しい」か「不味い」かが関係してくる。けれど食糧は栄養価の高さが重要なので、「美味しい」「不味い」は関係ないのです。
食文化の普及段階において「美味しいか不味いか」で、その食材が淘汰されていくかどうかの指標になってくると思っています。
———結局は美味しいものしか食文化として残っていかない、と。シンプルですがとてもシビアですね(笑)
そうですね(笑)。あとは、栄養価が高いとか、強制的に国民全員に配られたりとかでないと。ブームにはなれど、食文化にならなければ廃れていってしまうと思います。
研究の中で美味しい不味いを論じようとすると、「美味しいからって社会問題の何が解決するの?」と時々言われます。
ですが、食文化の側面で考えると「美味しい、不味い」というのは非常に重要になってくると思います。
———『食の會日本橋』のこだわりについて詳しく聞かせてください。
お店のこだわりとしては、「最上級、最高の家庭料理をお召し上がりいただく」との想いでやっています。
明治時代に「家庭料理」という概念が誕生したこと(農林水産省「家庭料理としての洋食の普及」)で、家庭の中で料理を作って家族や仲間で食べるといった概念が生まれたのが明治時代で、ここではその時代に食べられた料理を再現復刻してお召し上がりいただきたいと思っています。
それに加えて、唎酒師(ききざけし)としての活動を活かして、各地の酒蔵さんに伺って手に入れた美味しい日本酒をお召し上がりいただきたい。
ランチは洋食でオムハヤシやハンバーグなどをお出ししていて、ディナーは日本酒に合わせた和食を提供しております。
「再現されたお料理を食べてみたい」からスタートした
———復刻料理をメインに提供するお店というのは非常に珍しい印象を受けますが、どのような動機で取り組まれたのか、またどうやって昔の料理を復刻していくのでしょうか。
幕末や明治維新の時期に食べられていた料理の歴史を紐解いていくうちに、自分で再現して食べたくなったのが最初の動機です。
料理の歴史を紐解く研究をしながら自分で調理する活動をされている方がいなかったので、自分がやりたいなと思いました。
文献はもうほとんど出尽くしているのが現状で、まだ世に出ていない文献からアタリをつけて、インタビューをしていきます。
その際、その家の方にとっては重要なものじゃなかったりするのですが、私にとってみればすごいお宝のような資料が出てきたりするのです(笑)。
そういったものを読ませていただいたり、明治期に諸外国をTOP陣が使節団として回っていた時の記録は残っているので、その記録係の日記をチェックしたり、食文化年表誌をチェックしています。
また当時は日記をつける人が多かったので、その中でも位の高かったであろう人の日記を見せていただいたりしつつ、犯人探しのような感じで復刻料理につながる記録資料を探してゆきました。
日本橋魚河岸全図
———すごい、、!探偵のようです(笑)
そうですね(笑)。絶対的な再現は不可能で、相対的な再現になることはわかった上で当時の料理書や新聞の中からもレシピを探し出し、どういう経路でその食材を買っていたのかに想いを馳せ、出来るだけ忠実に再現するようにしています。
食材の他にも調理器具や技術、当時の食生活など全部を考えつつ、浮世絵などのビジュアルアーカイブを見たりしながら、それらを複合的に「こんな感じかな」と想像しながらの復刻・再現を目指しています。
食器が果たして陶器なのか、漆器なのかなども階級や地位によっても異なりますので、「いつ、どこで、誰が食べたのか」を出来るだけ考えながら再現して、色んな方につっこまれても反論できるようにしています(笑)。
味についても、お店で出すからには美味しく食べていただきたいので、そのように味を変えたりしていることはお客様にお伝えしつつ。求められているものに応じれたらと思いながら、「食の會 日本橋」では復刻料理を再現、提供しています。
———そこまで追求した復刻料理となるとますます食べに行きたくなりますね。今現在は過去の料理を研究しているわけですが、未来の料理については興味はあるのでしょうか。
未来の料理となると、先鋭的な創作になるので興味はありますが、過去を紐解くことに今は注力しています。
最先端の新しい調理法を試したりもしたいのですが、歴史・過去を紐解くと、そこにこそヒントがあると思うので。修士課程を終えた後は料亭・百川の研究(幻の料亭「百川」ものがたり―絢爛の江戸料理―)がしたいですね。
そして過去も未来も、いずれはどちらの料理もやりたいなと考えています。
———未来の食は、よりアートの面が強まりそうですよね。3Dプリンターで積層するお寿司とか。
そういう話もすごく面白いですし、技術的にはもう可能ですよね。食材と食文化の話に戻りますが、新たな食材が食文化として定着する前に「美味しいか、美味しくないか」で一度淘汰される瞬間が必ず来ると思っています。
この新食材は経済合理性も良くて、食糧問題も解決しているけれど、毎食食べる選択がある中で、その食材が美味しくなければそれを選ばないのが人間だと思います。
私はそれがある種の食文化のカウンターだと思っていて、そこで淘汰されてしまうけれど完全に無くなりはせず、「美味しくないと言われたから、じゃあ美味しくなるようにしよう」と生み出した料理の作り手の方も本気で改善すると。
そうなっていくことでより美味しく、あらゆる面でオールオッケーな食材として世の中に定着していくのではないかと思います。
私はただ食べるだけの人ではなく、やはり作り手でもありたいので、美味しい美味しくないという判断を下すだけではなくて、「もっとこうしたら美味しくなる」というのが作り手側の仕事だと考えています。
長内あや愛|Ayame Osanai
株式会社食の会代表取締役、食文化研究家、慶應義塾大学SFC研究所上席・研究所員。
14歳の頃からAmeba official Blog「14歳のパティシエ」を現在まで毎日欠かさず10年以上更新中。料理人文化人ランキング最高3位。調理師・製菓衛生師・唎酒師。2019年8月日本橋にて、明治期復刻再現料理をテーマに「食の會日本橋」をオープン。2021年1月 週刊現代巻頭カラー「福澤諭吉と食」記事・再現料理掲載。NHK Eテレ「沼にハマってきいてみた」再現料理制作。東京MX「堀潤モーニングフラッグ」コメンテーターなど。
Twitter: @14patissier
食の會日本橋
株式会社BIOTA
都市や室内環境における微生物多様性とそのバランスをデザインすることで公衆衛生を改善し、感染症拡大防止のみならず、日々の生活におけるヒトの健康を向上させるため、マイクロバイオーム分野の研究開発や製品開発に取り組んでいます。
弊社では、マイクロバイオームの先端ゲノム解析技術を自社の製品開発に活用したいとお考えの皆さま、また持続可能な次世代の公衆衛生の実現を目指している皆さまと、パートナーシップを組み研究開発を行っております。弊社の事業に興味をお持ちの方は、ぜひ一度ご連絡ください。微生物には詳しくないけれどご自身の経験等からアイデアをお持ちという方も、調査・研究のコンセプトデザインから一緒にお考えいたします。
E-mail: info[@]biota.ne.jp