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週刊牛乳屋新聞#60(旅に高揚しなくなった僕の話)

こんにちは、牛乳屋です。

最近、バックパック旅行に新鮮さを感じなくなったといった話を聞いたので、今日は自分のことを振り返った記事を30分で書いてみます。

空港から始まる旅の高揚感

中学1年生の頃、1990年代に中国の雲南・広西やインド北部の山岳部を旅した写真をアメリカ人の英語の先生から見せてもらった。現地での出会いにまつわるエピソードを楽しそうに話す先生の顔を見て、人跡未踏の地を開拓するバックパッカーに憧れを持ち始めた。いつか、先生のように大きなバックパックを担いで世界を旅するのが自分の目標となっていた。

大学に入った直後、近くのアウトレットモールで安くて丈夫そうなバックパックを購入した。パスポートと財布の次に大事なアイテムを入手し、旅の準備が整った。

旅人として形が整ったため、休みがあるごとに海外に訪れ、大学2年目くらいには滞在経験国が10か国を超えていた。特に中国には何度も行ったと思う。

成田空港で頻繁に流れる最終搭乗案内のアナウンスが聞こえるたびに自分は日常生活とは遠い空間に向かうことを感じ、新しい人との出会いに心を躍らせていた。

空港の到着ロビーに溢れる客引き、家族や取引先を待つ人々の黒山の人だかりを横目に、「BUS」や「Train」の看板に向けて歩き出す。日本語の聞こえない環境ではすべてが新鮮で冒険的だった。バスの窓から外を眺めると、重武装した警官や「武警」の装甲車、見慣れない言語の看板や怪しい露店が見え、何度も何度も自分は異国に来た喜びをかみしめていた。グチャグチャになっている緑色の毛沢東紙幣でさえ、自分にとっては高揚感を高めるアイテムになっていた。

すれ違いの出会い

「旅の恥は搔き捨て」と言われながらも実際に人に話すのは勇気のいることだった。ただ、旅の高揚感が背中を後押ししてくれるので、タクシーの運転手、店の人、ゲストハウスのドミトリー(8人以上のタコ部屋)で相部屋になった人と目が合ったら、「Hiや嗨」と声を掛けることにためらわなくなった。

とりわけ同胞だとテンションが上がる。『地球の歩き方』と睨めっこしていると、相手から「日本人ですか?」と恐る恐る声を掛けられることがある。その逆で、自分から「次どこに行くんですか?」と日本語で話しかけることがある。会社を辞めて長い休暇を取っている人や同じく大学生など、多くの同胞と一緒に烧烤(串焼きの露店)を食べに行ったり、ハルビンビールを片手に街歩きをしたり、旅路の一部を共にしたりした。日本で変化のない毎日を過ごしていると出会うことはないだろう、もし出会っても目を合わせずすれ違うだけの人々なのかもしれない。だから、一緒に話している時間が貴重に感じられたし、相手から聞く話のすべてが新鮮に感じられた。

自分のための旅ではなくなる感覚

自分が29歳の時に中国を縦断している時に、スマホを見ながら、ふと考えた。「俺って出会いを通して自分の知識や思考の幅を広げているのではなく、誰かにそれを報告したくて旅しているのではないか?」

SNSに旅路を報告すると必ず反応が返ってくる。多くの人と発見をシェアできるのはとても楽しいんだけど、それって自分がかつて憧れていた旅のあり方だっけ・・・?また、バックパッカーとして旅をしても新しさを感じなくなった。中国の裏路地や飲食店でも感じるのは、「懐かさ」であり、自分はその懐かしさに安慰してもらっているのかもしれない。その瞬間、自分は憧れていた旅人ではなく、バンコクや台北で出会った行き先を失い沈没した旅人に面影が重なって見えた。

また、バックパッカーとしての出会いに新鮮さを感じなくなった。僕は、旅先で偶然出会った人とは連絡先を交換しない。名前も覚えていない。だから、いろんな話を聞けて新鮮さを感じた。でも、旅に慣れて新鮮さを感じなくなった今、そんな刹那的な出会いよりも、もっと違う生き方や違う出会いのあり方があるんじゃないかと真剣に考えるようになった。

そして徐々に、地球上を動き続けることではなく、東京に身を据えていくこうと決意した。

それでも旅は続けていく

今の僕にとって旅は、地球の多くの未踏地点を開拓することではなく、狭い小部屋から始めた事業を育て、行く末を見届けることだと思っている。

多くの災難に見舞われているけど、関わる人が少しずつ増え、売上も少しずつ立つようになった。未踏領域を切り拓いていく感覚がある。そうだ、懐かしさに安住するにはまだ若すぎる。形は違えど、まだまだ新しい発見を重ねていきたい。

もっと嬉しいのは、出会う人々との繋がりが刹那的ではないことからな。いつまで一緒に旅路を共にできるかは分からないけど、別なルートを進んでもたぶんどこかでまた出会えそうな予感だけはする。

人跡未踏の地を開拓するバックパッカーに憧れてから、18年近くが経った。スマホ決済が発達しているので、グチャグチャになった緑色の毛沢東紙幣が使える場所はどんどん少なくなっていくかもしれない。

そんなしわくちゃになった毛沢東紙幣を見て思う、新しさに憧れて多くの人と出会ってきた自分の行動力と想いを忘れずに新しい旅路を進んでいこう。またいつの日にか、新しい出会いを求めて世界中を移動したくなったら、すぐ行動できるようにバックパックは綺麗に押し入れにしまっておこう。

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