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ホラー映画と眠気のせめぎあい
「これ、けっこう怖いやつらしいよ」
そう言いながら、テレビのリモコンを手に取り、映画を再生する。
夜のリビング、部屋の電気は消して、ソファに二人並んで座る。画面の中では、不穏なBGMが流れ始めた。
「……ふーん」
隣に座る瞳月は、さして興味なさそうに相槌を打つ。
最初は何気ない日常シーンから始まった映画だったが、次第に怪しい影が映り込み、じわじわと不安を煽る演出が続く。
「こういうのってさ、怖いって分かってるのに見ちゃうよな」
「まあ、そういうもんやろ」
瞳月は小さく欠伸をかみ殺しながら言った。
……あれ、眠いのか?
ちらっと横目で見ると、彼女は毛布を膝にかけて、どことなく目がとろんとしている。
(もしかして、もう眠いのか?)
まだ映画は序盤だというのに、すでに彼女のまぶたは重そうだった。
そんな彼女の様子を見ながら、ふと画面に目を戻した瞬間――。
『ギャアアア!!』
「っ……!」
ビクッと肩を震わせる瞳月。
思わず僕もびくっとしたが、彼女の方を見ると、何事もなかったかのように目をこすり、「……ふぁぁ」と小さく欠伸をした。
「え、眠いの?」
「別に……」
「いやいや、めっちゃ眠そうじゃん」
「そんなこと……」
そう言いながらも、また欠伸を噛み殺している。
「もう寝れば?」
「……やだ」
「なんで?」
「……」
瞳月はしばらく口をつぐんでいたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「途中で寝たら、怖い夢見そうやもん……」
「え、怖いの?」
「ちがう。さっきのシーンで変な叫び声がしたから、寝たらそれが頭に残るかもってだけ」
強がってるのは明らかだった。
「じゃあ、やめとく?」
「……ここまで見たんやから、最後まで見る」
「おー、根性あるね」
「うるさい」
拗ねたようにそっぽを向く彼女の仕草が妙に可愛くて、つい笑いそうになる。
それからしばらく映画を見続けるが、ホラー独特の不気味な静けさが続くシーンが流れ始めたころ、ふと隣から小さな寝息が聞こえた。
「……瞳月?」
そっと横を見ると、彼女は僕の肩にもたれかかり、すっかり眠っていた。
「結局寝るんかい……」
苦笑しながら、彼女の頭がぐらっと傾かないよう、そっと肩を寄せる。
映画はクライマックスへと向かっていたが、正直、もう画面の中のストーリーよりも、隣で気持ちよさそうに眠る彼女の方が気になってしまう。
僕のTシャツの袖をぎゅっと握ったまま、彼女は小さく寝返りを打った。
「……怖い夢見ないといいけど」
そう呟いて、僕はリモコンを手に取った。
怖い夢を見そう、なんて言ってたし、映画はこのへんでストップしておこう。
瞳月の指がまだ僕の袖を握ったままだったので、そっと自分の手を重ねた。
きっと朝になったら、「途中で寝てないし」なんて言い張るんだろうな。
そのときは、「いや、めちゃくちゃ寝てたよ」って証拠を突きつける準備をしておこう。
そんなことを考えながら、僕もつられて少しだけ眠くなってきたのだった。