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春風に君の声
卒業式が終わったあと、校庭に響くのは笑い声とカメラのシャッター音。寄せ書きを書き合うクラスメイトたち、制服のボタンをもらう後輩たち——それぞれの別れの形が、あちこちで生まれていた。
そんな中、俺はスマホを握りしめたまま立ち尽くしていた。
「……送るか?」
画面には打ちかけのメッセージ。
"卒業式のあと、少し話せる?"
たったこれだけの言葉なのに、指が動かない。
ずっと好きだった。でも、結局何も言えないまま今日を迎えてしまった。もう今日しかチャンスはない。なのに、周りの楽しそうな空気を見ていたら、急に怖くなった。
「……やっぱり、やめとくか」
ため息をついて画面を閉じようとした、そのとき——。
「なにやってんの?」
背後から聞き慣れた声がした。
驚いて振り向くと、春風に髪を揺らしながら君が立っていた。
「うわっ…!いたのかよ…愛季……」
「なに、人を化け物みたいに…で?誰に送ろうとしてたの?」
「なにが?」
「もう…わかってるくせに…」
指摘されて、思わず視線をそらす。スマホの画面は消えたままだ。それでも、彼女の瞳が見透かしてくるようで、胸の奥がざわついた。
今が言う絶好のチャンスなのに、今さら言っても迷惑だろうと言い訳する自分がいる。
でも…ここでやらなきゃ。
「なあ、愛季?」
「ん?」
「この後、時間ある?」
愛季は驚いたように目を見開いたが、すぐに口元をほころばせた。
「うん、わかった。」
西日が眩しくなってきた中庭。俺はポツンと立ち尽くしながら、そわそわと靴先で地面を蹴った。
「まあ、来ないか…。」
ふと顔を上げると、ヒューっと桜の花びらを乗せた春風が吹く。
「ごめん、待った?」
「ううん?全然」
「嘘でしょ?笑」
いたずらに笑う愛季の顔を見ると、ずっと一緒にいたいと思うと同時に、どこか寂しい気持ちがこみ上げてくる。
「で?わざわざ呼び出して何の用?」
「あの…さ…」
心臓がうるさい。
首をかしげて俺の顔を見つめる君を見て、また心臓が跳ねる。
「えと…ずっと好きだった。最後に伝えたくて…。」
愛季はふっと笑った。
「私も、好き。」
そう言って、照れ臭そうに視線を落とす。
「え?」
「ずっと好きだったよ?」
「離れちゃうけど、一緒にいれる?」
キョトンとした顔をして、彼女がアハハと笑う。
「私、○○と同じ大学だよ?」
「えっ!まじ!」
「うん、何か他に言うことないの?」
胸の奥がじわりと熱くなる。
「愛季、付き合おう?」
「これからよろしくね?」
そう言うと、また春風が吹き抜ける。
桜を散らせる春風は、俺たちの心まで奪えなかったみたいだ。