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普通で特別な君へ
放課後の教室には、俺と麗奈の二人だけ。ほとんどの生徒が帰った後の静かな空間には、かすかに夕焼けが差し込んでいた。
「ねえ、○○ってさ、私のことどう思ってる?」
突然、隣の席に座る麗奈がそんなことを言い出した。
「どうって……普通に友達だけど?」
「ふーん」
俺の返事を聞いた麗奈は、少しつまらなそうに笑った。
「じゃあさ、もし私が明日から学校に来なくなったら?」
「は?」
「私がいなくなっても、○○は普通に過ごせる?」
「……いや、それは困るけど」
「でも、結局は慣れるでしょ?」
「……何が言いたいんだよ」
麗奈は窓の外に視線を向け、夕焼けを見ながらぽつりと呟く。
「普通ってさ、案外壊れやすいよね」
「……」
「ずっと続くと思ってたことが、ある日突然なくなることってあるじゃん?」
「まあ……そういうこともあるかもな…てか、あったし…」
「でしょ? だからさ、普通と特別って紙一重なんだよ」
「……なんか難しいこと言ってんな」
「そう?」
麗奈はくすっと笑うと、机の上に頬杖をついた。
「たとえば、○○にとって私は普通の友達。でも、もし私がいなくなったら?」
「……そりゃ、寂しいだろ」
「だったら、私って“普通”じゃなくて“特別”なんじゃない?」
「……」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
麗奈は俺にとって“普通”だった。でも、それがなくなるなんて考えたこともなかった。
毎日何気なく顔を合わせて、何気なく会話をして、何気なく笑っていた。
でも、それが突然なくなるとしたら?
「まあ、私はどっちでもいいんだけどね?」
「いや、よくねえだろ」
「ふふっ」
麗奈はいたずらっぽく笑って、椅子から立ち上がる。
「そろそろ帰るね。また明日。」
「……ああ」
そう言って、麗奈は教室を出ていった。
俺はぼんやりと彼女の後ろ姿を見送る。
「……普通、か」
明日も、明後日も、きっと麗奈は隣にいる。
それが当たり前で、普通だと思ってた。
でも――もし、それがなくなったら?
考えたこともなかったけど、その瞬間、胸がざわついた。
その感情に名前をつけるのは、なんだか負けた気がする。
だけど、頭の片隅ではもうわかっていた。
俺は麗奈がいなくなるなんて考えたくない。
そんなの、普通じゃない。
だったら、俺はこの普通を壊したっていい。
「……明日、ちゃんと言おう」
明日が来ることは当たり前じゃない。
この普通を、特別にするために。
麗奈に、「お前は特別だ」って――
ちゃんと伝えるために。