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学生手帳にいきもの
第一話:まえしま君と喋る動物
第一節:新学期とユンカース・ジュピ太
4月中旬。新学期を迎え、中学二年生になったまえしま君。彼は今、専ら将来について悩んでいた。
4月26日金曜日の放課後、彼は今日も悩みながら下校していた。
信号を待つ間も、横断歩道を渡る時も、とにかく彼は、自分が将来どんな職業に就くのが良くて、その為にはどの学校に進学するのがベストなのか……そんなことばかり考えていた。
真剣に悩んでいたからこそ、彼は気付かなかった。いつもの帰り道とは違う道を自分が現在進行形で歩いていることに。先刻から、喋る樹木に話しかけられていることにも。
やがて、その木の枝が彼の背中をトントンっとつついたところで、ようやく、まえしま君は自分が知らない道の上に立っていることに気がついた。
辺りを振り返るまえしま君。その刹那、
「あ」
「わー!」
まえしま君の視線が、しゃべる樹木の胡乱な目をとらえたと同時、彼は驚き、又、樹木はやってしまったかもという表情になった。
「木に目がある!何だ、お前!」
「私は……」
「わー!!木が喋った!」
「私はこの公園の庭に樹木として生まれて物覚えがついた頃から喋ってます!それと、お前言うな!私の名前は……」
「名前は?」
まえしま君は、とりあえず話を聴いてみようと、公園に入って、全長30メートルはあろうかという樹木の目を見上げる。
「私の名前は、ユンカース・ジュピ太」
「僕はまえしま。宜しく」
とりあえず、ミネラルウォーターでもどぉ?と、まえしま君はジュピ太に自販機で買った水をやり、自分は好きな炭酸系のジュースを買った。
ジュピ太のそばに置かれたベンチに腰掛けると、話を続けた。
「なぁ、ジュピ太。何でそんな憂鬱そうな顔してるの?
何か嫌なことでもあったの?」
「私のこの顔は生まれつき。そっちこそ、私が枝でつつくまでずっと物思いにふけってる感じだったけど、何か悩み事でもあるの?」
「将来のことで悩んでてさ。僕の将来の天職ってなんだろうなって。せっかくこの世に生を受けたんだ、自分の一番やりたい仕事に就きたいって、僕たち人間は考えるわけよ。でも、そのやりたい仕事が何なのかが、わからなくて」
「そうだなぁ……」
ジュピ太とまえしま君は一緒に空を見上げた。
空はどんよりと雲に覆われている。
ジュピ太がまえしま君に聞いた。
「何か好きなことは?夢中になれることは?」
「夢中になれること? うーん、幻獣図鑑を見ることかな」
「幻獣が好きなの?」
「うん。幻獣図鑑なら、何時間でも見てられるし読んでられる。もう、図書館の全10冊の幻獣図鑑、全部読破して、休みの日は新シリーズが出てないか気になって本屋さんによく行くくらいには、幻獣好きだし、よく知ってる」
「まえしま君、幻獣の中でも特に好きな幻獣はいるの?
ヤモリみたいなのとか、イモリみたいなのとか」
「イモリみたいな幻獣、大好き!」
「育て方は知ってる?」
「昨日、図書館で飼育本借りたばかりだからまだ半分位しか読んでないけど、それでも育てられる自信はあるよ。何でそんなこと聞くの?」
「私の知り合いにね、ぬばっていう名前の、イモリに似た幻獣が居るんだけど、会わせてあげても良いよ?」
瞬間、まえしま君の瞳が煌く。
「ホント? ジュピ太、凄い人脈——、否、獣脈持ってるね!ありがと!!」
「いやいや、それほどでも……」
枝で自らの幹を掻くジュピ太。樹木も樹木なりに照れるらしい。
ジュピ太はベンチに座るまえしま君をまっすくに、やさしい瞳で見下ろして言う。
「まえしま君とうちのぬばの相性が良ければ、ぬばをキッカケに他のイモリに似た幻獣と仲良くなれるかもしれない。
そしたら、まえしま君の将来の天職は、自ずと決まってくるんじゃないかな。
たとえば、幻獣園の飼育員とか。
ただ、そのためには、先ず、ぬばとの相性を一度私が見極めてあげる必要があるけど」
「わかった。それでもし相性が合わなければ、他に好きになれそうなこと探してみるね」
まえしま君とジュピ太はその後、また公園で再会し、そのときにぬばを紹介してもらった。
「宜しくな、まえしま殿」
「宜しく、ぬば」
ぬばとまえしま君は握手し合った。
まえしま君は初めて、図鑑や飼育本以外でイモリに似た幻獣に出会えた。
まえしま君が手土産に、ぬばにバターを差し出す。
「ありがとう、まえしま君」
「いやいや、照れるなぁ」
「ワイ、バター好きだから嬉しい。あと、このバター、塩気がちょうど良くて、しかも、なめらかで、美味しいッ!」
バターを貪り舐めるぬば。
あっという間にバターは無くなってしまった。
「気に入ってもらえて良かった」
「ワイからも何かプレゼントしたい」
ぬばから渡されたものは、小さな折り紙だった。
ぬば曰く、好きなように折ってみると良いらしい。
「本当に、好きに折って良いの?
この折り紙、大事なものなんじゃないの?」
「大事なものだから、まえしま君のような良い人に渡したかったんだ。ほれ、柄とか色とかどうじゃ?
まえしま君の好きな色や柄にすることもできるぞ?」
まえしま君が持っているのは、カエルとハスの葉が細かく何列もプリントされたアニマル柄。カエルは黄緑色、ハスの葉は黄色で、バックは水色をしている、実に可愛らしい折り紙である。
「そっか、それなら理解した。柄も色も良いね。でも、何でカエル柄?」
「それは、じきにわかるじゃろう」
「ふうん。でも、ありがと。大事にするね」
「バターのお礼じゃ。気に入ってくれて良かった」
ジュピ太がぬばに、何やら話しかけた。
「そうか。——まえしま君、ワイらは是非とも君のような親切そうな人間のちからになりたいと思っている。具体的に言えば、そうだなぁ……。君は我々に対して敵意は抱いてなさそうだし、高級そうなバターのお土産までくれたからのう。我々の仲間を紹介したい」
後日、まえしま君は公園でジュピ太と再会した。
その時にはぬばはいなかった。
「ありがとう、ジュピ太。君のおかげで、大好きな幻獣に会えた。ぬばと知り合えた。改めて礼を言うよ」
「私は、まえしま君の悩みが少しでも解消されればそれで良いと思ってる。これくらい、させてもらわなきゃ」
「え?」
「私、君と話が出来て嬉しいんだ。だから、そのお礼に何かできないかと思って」
「僕と話すって、そんなことで?」
「うん。だって、フツーの人には、私はただの木に見えるし、話しかけても「木が喋るわけ無い」って思われてるから、振り向いてくれたり、気づいてくれる人なんて、今まで居なかった。だから君が私に気付いてくれた時は、すごく嬉しかったんだ」
「そうだったんだ……。僕に気付かれるまで、寂しかったでしょ?」
「寂しさより、気付いてもらえない悔しさが強かったかな。でも、今はもう、まえしま君がいるから幸せが増えたよ。まだまだ、私は枯れる時ではないのだなって、思ったよ」
それから暫く、まえしま君とジュピ太は談笑して、日が暮れる頃に、定期的に会う約束をしてその日は別れた。
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《《表紙画像(上部のヘッダーのイラスト画像)について》》
本作「学生手帳にいきもの」の表紙画像は、オウェノさんの記事から無料ダウンロードさせていただいたものです。
表紙画像のイラストの著作権は、オウェノさんにあります。
※ちなみに、本作「学生手帳にいきもの」の著作権は、私、仲崎心陽にあります。
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