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Rencontre2

 

      

約束の時刻より5分ほど早く着いた。受付のおねえさんに、とある編集者から呼び出しを受けて来たことを告げると、近くのソファーに座って待つように言われ、大人しく座って待つこと10分。漸く、電話で話した編集者らしき人がこちらに向かって来た。
「こんにちは。櫻井ハル子です」
「こんにちは。ピーチバットこと小桃井奈々子です。宜しくお願いします」
「まぁ、あいさつはこの辺で」
どうぞ、と、座るよう、手で合図されたので、ソファーに座る。
「早速、今後のことについてピーチバット先生に指示を出します」
「はい」
「先ず、これからは毎週金曜日までに原稿を提出すること。それと、毎週金曜日の午後は予定を開けておいて下さい。打ち合わせをしたいので。――あ、そうそう」
「何ですか?」
「念の為、進捗確認のために明日から私の家に来て同居してもらいます」
「ど、同居……、ですか」
作品執筆に集中するためと生産性の向上のために、旅館に何泊か泊まる、という、いわゆる”缶詰状態”とかならまだ聞いたことあるけど、編集者と作家が同居するだなんて、聴いたことない。
「メールとか、LOOPとか、SNSで逐一報告するのではだめなのですか?」
すると、ハル子さんは困ったというふうに顎に手指の先をあてている。
「実はねぇ、以前、それやったら、作家さんにストーカーされちゃってね。以来、うちの会社ではSNSはプライベート以外の目的で使うことは禁止になったんだよ」
言いながら、ハル子はベージュ色のスーツの胸ポケットからココアシガレットを箱から1本取り出して、まるでタバコを吸うかのように、口にくわえた。目線は中空に向いている。
「まぁ、そもそものそもが、あたしが私用も兼ねて同じメールアドレス使ってたのがいけなかったんだけどね。――やっぱ、仕事用とプライベート用と、アカウント複数に分けて使うべきだったなって、今になって思うよ」
ハル子さんはココアシガレットをポリポリ噛んでは続けた。
「LOOPも、基本、1人につき1つのアカウントしか持てないみたいだったから、仕方なく使っていたんだけど、まぁ、今じゃプライベート以外でLOOP使うこと自体、禁止になったんだけどね。――で、辿り着いた解決策が《担当作家さんには、セキュリティー万全なあたしの家兼屋敷に住んでもらう》ってことだったの」
正直、もっと他に解決策はなかったのだろうかと思うのだけど、あえて言わないでおこう。変に話の腰をへし折ってハル子さんの機嫌を損ねたくない。
今は兎にも角にも、書籍化のチャンスを逃したくないのだ。
ココアシガレットを半分くらいまで食べたところで、ハル子さんの目線が自分に向く。
「編集長さんはOKしたんですか?」
「編集長には、1回、家に来てもらって、家のセキュリティーレベルの高さは確認してもらってるから、すぐに許可してもらえたわよ」
「相当、ハイレベルなセキュリティーなんでしょうね……」
ハル子さんが、ぐいぃっとこちらに顔を寄せてくる。ち、近いですよ、ハル子さん……。
「しかも、しかも!! 今度はこんなに可愛い作家さんだもの。ストーキングなんかしないってわかってる。わかってるけど、新しく決まった規則なんでね~。嫌かもしれないけど、その分、それなりの補償はするわ」
すっっ、と、ハル子さんから開放され、元の距離間隔に。
「てことで!! はい、コレ。屋敷の鍵ね。これがないと自由に出入り出来ないからね。大事に持っていなさい」
小さくて、淡い桃色の絹地の花装飾が可愛らしい鈴のストラップ。そのストラップに括り付けられているのが、屋敷の鍵らしい。
すぐにかばんの内ポケットに仕舞った。
「明日の午後3時には来てね。はいコレ。屋敷までの地図とバスの定期券。こっちは電車の定期券ね。どれも、く・れ・ぐ・れ・も、紛失しないように!」
言われてすぐ、鞄の中に全部仕舞った。
「じゃ、明日の午後3時に、屋敷で待ってるからね」
こちらに背を向けたかと思えば、何か思い出したのか、再び向き直るハル子さん。
「あ、そうそう! 原稿も、忘れずに持ってくること!」
ここでハル子さんは漸く気付いたらしい。一瞬、額に手をあて目を閉じた。
「つっても、アレか。スマホで書いてるんだっけ? ――まぁ、いいや。また明日!!」
その夜、奈々子は昼間にハル子に言われた「スマホで書いているんだっけ?」の部分がとても気になり、なかなか枕の側の明かりを消すことが出来なかった。
ハル子さんの言っていたあれは、紙原稿への移行作業が待っているという、フラグなのだろうか。

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エレ煎(えれせん)
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