いつかの空へ ~never ending love~
第2節 放課後は喫茶店にて
放課後。漸くひとりになれた酉嶋は、最近見つけた馴染みの喫茶店“リラクスコーヒー”の隅の席に腰掛ける。
マスターおすすめのブレンドコーヒーを飲みながら、スクールバックから問題集とノートを取り出し、機動部隊試験に向けて勉強を始める。
問題を解いて、答え合わせをしていると、従業員らしき女性が声をかけてきた。
「今日も頑張っているのですね、お勉強……」
丸いトレーを持ちながら、フリル付きカチューシャの下で微笑む表情をするこの女性は、襟野千早といい、最近常連になりつつある酉嶋を気に入ってくれているのか、いつもお菓子を帰りのレジでプレゼントしてくれる。
酉嶋はいつも、頭の隅で、幼い頃に出会った少女――暁 聡絵に対し、申し訳ないという複雑な気持ちを抱きながら、お菓子のプレゼントを受け取っている。
コーヒーを飲み終え、答え合わせが終わると、レジでお会計を済ませた酉嶋は、今日は珍しくプレゼントを断る。
「すいません。実は僕、想い人が居るので……、これ以上はもう、受け取れないです」
今までは親切心で受け取ってくれていたのだろうか、と察したのか、襟野はまたにこりと微笑んで頷く。
「畏まりました。……その人のこと、大切にしてあげて下さいね」
「勿論です。……幼い頃に出会ってから、まだ再会出来ていないのですが、会えたら告白して、絶対幸せにしてやりたいって思ってます」
酉嶋はお菓子を貰う代わりにケーキを買って、その日は店を後にした。
寮に帰ると、共有ルームに晴人が居た。
「よう、酉嶋。今帰ってきたのか?」
「そうだよ。……はい、これ。一緒に食おうぜ」
酉嶋は手にしていたケーキの入っている箱が入っている袋を晴人に渡すと、自分は暖炉から少し離れた窓辺に鞄を置いた。
箱を開けた晴人が嬉し気な声で言う。
「うわー、ケーキじゃん! どうしたの?」
「僕と晴人の共通点は、甘党であることだって、最近気づいたから。買っても僕だけじゃなく、お前も幸せになる――つまり、ウィンウィンじゃないかと思って」
「酉嶋って、いつもは冷めたことばっか言ってるから冷めたヤツなんだと思ってたけど、なんだ、ホントはすんげぇハートフルなこと考えてんじゃん。俺、お前のそうゆうとこ、知らなかったわ。今、俺、めっちゃ感動してる」
ありがと、と晴人は礼を言うと、一旦キッチンへ行ってお皿を二枚とケーキ用フォークを持って戻ってきた。
長方形のテーブルの上に、二人分のお皿が載り、その上にケーキが載せられる。
酉嶋はケーキの定番、ショートケーキを。晴人はチョコレートケーキを、それぞれ自分の皿へ。
ひとくち、ふたくちと食べていると、不意に、晴人がこう聞いてきた。
「なぁ、酉嶋。お前の本当に好きな人ってさ、誰なの?」
酉嶋はケーキを咀嚼して飲み込むと、晴人の方を振り向いて、それから中空を見上げる。
「僕の本当に好きな人、ね。――この話はまだ、お前にはしたことなかったな」
酉嶋は晴人に、暁 聡絵との出会いから、未だに再会していないことまでを語った。
晴人は、ケーキを食べる手を止め、酉嶋の話に聞き入っていた。
一通り聞くと、晴人は他人事ながらしみじみとした表情を浮かべる。
「一目惚れかぁ……。しかも一途! ロマンチックな話じゃねぇか、酉嶋」
晴人は酉嶋が帰りにケーキと一緒に買ったブレンドのコーヒー豆で淹れたコーヒーを飲んでから、またしみじみと語る。
「良いねぇ。いやぁ、良かった。俺、酉嶋ともっと仲良くなれたら良いなと思ってたから。酉嶋のこと、また一つ知れて良かったよ」
「僕も、晴人のこと、もっと知りたいと思ってるよ」
二人はお酒の代わりに、コーヒーで乾杯をした。
酉嶋はテレビをつけた。
《今日の帝戸の天気は、曇りのち晴れでしょう。洗濯物は夕方以降に干した方が良いでしょう。続いて、明日の天気です》
テレビには傘をさしている、帝戸軍気象予報担当課のお天気お姉さんこと皆実(みなみ)ジェーンの姿が映し出されている。
ふくらはぎまでがすっぽり隠れる純白のコートを羽織った状態で、手元の原稿に時より目をやっては凛々しい表情で天気情報を教えてくれる。
明日の天気予報まで知らせた彼女の元に、新たな原稿が渡される。
先ほどまでの凛々しい表情から、更に緊張感の増した顔つきに変わる。
《たった今入ってまいりました情報によりますと、オデッセイ機による奇襲があったとのことです。詳細については情報が入り次第、随時お伝えしていきます!》
清純派女優がニヒルな笑みでカクテルを揺らす、お酒のCMに切り替わったところで、酉嶋と晴人は、ふぅ……、と、ため息をつく。
「何だよ、こっちは楽しくケーキ食ってる最中だってのによ」
「怒るだけエネルギーの無駄だぞ、晴人。それに、オデッセイ機の奇襲って、ひょっとしたら僕ら、かなりやばい状況に陥ってるんじゃないか、今……」
酉嶋は携帯を取り出し、着信を見る。
既に、帝戸からの指示がメールで一斉送信されていた。
文面を読んだ酉嶋が、晴人を振り向いて言う。
「晴人、残念ながら僕たち、今日の楽しいケーキ会は断念せざるをえなさそうだ」
やけ食いして完食した晴人が、不機嫌そうにいう。
「わかっているさ。帝戸と敵軍の戦いは、まだ始まったばかりなことぐらい」
「んじゃ、整列場所まで行くか」
「先輩たちに俺らの実力を見せてやろうぜ!」
「……あんまり張り切ったところでミスしまくるだけだぜ、晴人」
「あいやいさー」
晴人と酉嶋は、学校指定のコートを羽織り、鞄を肩にかけるとそのまま出かけて行った。
暖炉の火は、明々と燃えていた。