アンチドーピングと薬物治療/気管支喘息
フェアスポーツを行う上で、すべてのスポーツをする人には、「アンチ・ドーピング」の正しい知識を持つことは大切です。
気管支喘息治療とアンチ・ドーピング
世界で活躍するトップアスリートの中にも、小児喘息であったことを公表している選手もいるなど、治療をしながらスポーツに励んでいらっしゃる方も多いと思います。
呼吸状態を改善し、スポーツを思う存分していただくためにも、発作予防のための長期管理や発作時の対処は重要です。
しかし、アンチ・ドーピングの観点から、いくつか注意事項があります。
ガイドラインを参考に、治療薬選択方法とアンチ・ドーピングからの禁止物質の分類を示しました。赤枠は注意が必要なところです。
副腎皮質ステロイド薬(糖質コルチコイド)
・・・
(解説)
吸入ステロイド薬
気管支喘息の治療のために、「吸入ステロイド薬」を使うことは禁止されていません。ただし、使用の指示を守って、正しく使うことが大切です。
注射・経口・経直腸
禁止物質にあたるため、競技会(時)に使用することはできません。
重篤な発作のために必要な場合
使用した場合、遡及的TUE申告が必要です。
競技会外検査では禁止されていないため、重篤な発作のために救命のために注射が必要で競技会に参加しないのであれば、TUE 申請は不要です。
治療のために必要な場合、参考にウォッシュアウト期間が示されています(治療量を使用した場合、最低限のウォッシュアウト期間)
(注意)ただし、薬物動態には個人差がありますので、この通り期間をあけたら、確実に大丈夫というわけではありません
β2 刺激薬
すべての選択的および非選択的ベータ2作用薬は、すべての光学異性体を含めて禁止される。
⚠️ 例外:
● 吸入サルブタモール(24時間で最大1600 μg、いかなる用量から開始しても8時間で600 μgを 超えないこと)
● 吸入ホルモテロール(24時間で最大投与量54 μg)
● 吸入サルメテロール(24時間で最大200 μg)
● 吸入ビランテロール(24時間で最大25 μg)
⚠️ 注意:
尿中のサルブタモールが1000 ng/mL、あるいは尿中ホルモテロールが40 ng/mLを越える場合は、治療を意図した使用ではないため、管理された薬物動態研究を通してその異常値が上記の最大治療量以下の吸入使用の結果であることを競技者が立証しないかぎり、違反が疑われる分析報告(AAF)として扱われることになる。
(関連するアンチ・ドーピングルール)
⚠️ 注意:
常に(競技会(時)および競技会外)、あるいは競技会(時)それぞれの場合に応じて、利尿薬もしくは隠蔽薬(炭酸脱水酵素阻害薬の局所眼科用使用、あるいは、歯科麻酔におけるフェリプレシンの局所投与を除く)とともに、閾値水準が設定されている物質(ホルモテロール、サルブタモール、カチン、エフェドリン、メチルエフェドリン、プソイドエフェドリン)がいかなる用量でも競技者の検体から検出される場合は、競技者に対して、利尿薬もしくは隠蔽薬に加え、閾値水準が設定されている物質についても治療使用特例(TUE)が承認されていない限り、違反が疑われる分析報告(AAF)として扱われることになる。
・・・
(解説)
気管支喘息の治療に用いる β2 は作用時間の長さから、二つに分けられています。
LABA:長時間作用型ベータ2刺激薬
発作予防のために、長期管理薬として用います
SABA:短時間作用型ベータ2刺激薬
発作時に用います
LABA
■ホルモテロール、サルメテロール、ビランテロール
吸入薬(DPI, pMDI, SMI):禁止されない
日本国内で、通常、治療に使用する使い方を守って使う範囲では、禁止されていません。
ただし、使用方法を守って、正しく使用することが重要です。
【重要】「利尿薬・隠蔽薬」を同時に使用する場合は、「S3 ベータ2作用薬」と「S5 利尿薬・隠蔽薬」の両方について、TUE 申請が必要です(S5の記載内容を参照)
貼付薬:常に禁止
例外として使用が認められているのは吸入薬であり、貼付薬の使用は禁止されています。
治療のために必要な場合、TUE 申請を行いますが、「小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2023」には、「通常は TUE 申請が認められない」とあるように、申請が認められることは難しいと思われます。
■インダカテロール、オロダテロール
常に禁止
■クレンブテロール
常に禁止
喘息治療薬としては、LABA のカテゴリに分類されますが、アンチ・ドーピンングの観点からは、「S1.2.その他の蛋白同化薬」に該当するため、常に禁止されています。
SABA
■サルブタモール
吸入 (pMDI):禁止されない
日本国内で、通常、治療に使用する使い方を守って使う範囲では、禁止されていません。
ただし、使用方法を守って、正しく使用することが重要です。
吸入液:禁止
ネブライザーを使用した吸入は禁止されている投与経路ではありませんが、尿中サルブタモール濃度が 1000ng/mL を超えるため、禁止されています。
経口:禁止
例外として認められているのは吸入のみであり、経口経路での投与は禁止されています。
■プロカテロール
禁止
エフェドリン
すべての興奮薬(関連するすべての光学異性体[d体およびl体等]を含む)は禁止される。
S6.B:特定物質である興奮薬
エフェドリン***
メチルエフェドリン***
プソイドエフェドリン***** ほか
*** エフェドリンとメチルエフェドリン:尿中濃度10 μg/mLを超える場合は禁止される。
***** プソイドエフェドリン:尿中濃度150 μg/mLを超える場合は禁止される。
・・・
(解説)
エフェドリン
禁止物質にあたるため、競技会(時)に使用することはできません。
治療のために必要な場合、TUE 申請を行いますが、「小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2023」には、「通常は TUE 申請が認められない」とあるように、申請が認められることは難しいと思われます。
(気管支喘息とは関連しませんが)過去に、痩身目的の食品に、エフェドリンが違法に添加された食品が流通していたことがありましたので、その点でも、きちんと自分が摂取しているものを証明できることは重要です。
【重要】TUE 申請を行う場合、かつ、「利尿薬・隠蔽薬」を同時に使用する場合は、「S6 興奮薬」と「S5 利尿薬・隠蔽薬」の両方について、TUE 申請が必要です(S5の記載内容を参照)
対症療法薬など
鎮咳薬
中枢性鎮咳薬
咳中枢に作用する中枢性鎮咳薬には、由来する物質の化学構造から、「麻薬性鎮咳薬」と「非麻薬性鎮咳薬」に分類されています。
麻薬性鎮咳薬
コデインリン酸塩
ジヒドロコデインリン酸塩
(注釈)タペンタドールとジヒドロコデインは競技会(時)の使用パターンを監視するために追加した。
・・・
(解説)
禁止物質ではありませんが、監視プログラムの対象物質と規定されています。「監視プログラム」とは、禁止物質ではありません。使用パターンを把握するために、検出した場合には、検査結果が報告されます。
禁止物質ではありませんので、使用することはできます。ただし、「報告されることを嫌う場合」、「他の薬でも治療可能な場合」、「咳がひどく、医師が、「これが必要」と認めた時以外」は、競技会の間近には、使用を控える方が望ましいでしょう。
市販の咳止め薬にも含まれている成分です。
非麻薬性中枢性鎮咳薬
アスベリン、メジコン、アストミン、レスプレン、フスタゾール、コルドリン
(解説)
禁止物質ではありません。
中枢性鎮咳薬の内、上記の医薬品は禁止物質ではありません。咳止め薬が必要な場合で、これらの薬でも対応可能と判断される場合は、これらを活用することを推奨します。
漢方薬
咳の治療のために、漢方薬が用いられることがあります。
「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン 2019」では、成人の咳嗽治療薬の中に、「麦門冬湯、柴朴湯、小青竜湯、清肺湯、滋陰降火湯、半夏厚朴湯、六君子湯」が挙げられています。
アンチドーピングの観点から、漢方薬など、天然由来の成分を含む医薬品については、上記の2点で注意をする必要があります。
①禁止物質を含む場合
漢方薬の中には、明らかに禁止物質を含むものがあります。例えば、咳嗽治療薬にも含まれる「麻黄」にはエフェドリンやメチルエフェドリン、プソイドエフェドリンが含まれます。
上記の成人の咳嗽治療薬のうち、「小青竜湯」には、「麻黄」が含まれています。
②禁止物質を含むか特定できない場合
天然由来のものについては、含有成分を特定できない場合があります。
漢方薬を構成する生薬には、非常にたくさんの成分が含まれているため、その一つ一つについて、禁止物質に当たるか否かを特定するのは困難です。そのため、「摂取しても問題ありません」ということができません。
このように、気管支喘息をお持ちのスポーツマンの方は、アンチドーピングの点から、注意すべき物質がいくつかあります。
禁止物質のせいで治療が制限される不自由さを感じるかもしれませんが、禁止物質ではないものもあります。上手に活用し、良好な呼吸状態を得た上で、スポーツに励んでいただけますよう。
スポーツファーマシストとして、スポーツマンの皆様を応援しています。
薬局のサイトでも解説しています。
記事は、スポーツファーマシストが作成しました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
応援やご意見がモチベーションになります。サポートを、勉強資金にして、さらなる情報発信に努めます。