ライカ犬について
あいつは昔から嫌な奴だった。
僕が落ち込みやすい性格なことを知っているのに、あいつはいつも嫌な話ばかりを僕にしてくる。
今日だってそうだ。
昼休みに談話室で一人ゆっくりしていたのに、あいつは僕の隣の席にいつの間にか座って話しかけてきた。
お前、ライカって知ってる?
カメラじゃなくて宇宙に行った方のライカ。
……知らない。
そう答えた時、すでに僕は嫌な予感がしていた。
何かとんでもなく不愉快な、憂鬱な気分にさせられるのではないか、と。
1957年11月3日、ライカって名前の雌犬を乗せた宇宙船が打ち上げられた。
宇宙船の名前はスプートニク2号。
なぁお前、この雌犬どうなったと思う?
え?
……地球に帰ってきたんじゃないの?
そう答えた僕をあいつはニタニタと笑いながら見てる。
この顔をしているときは本当にろくなことを言わないので、聞きたくないと思いながらも僕はうんざりした気持ちであいつの言葉を待った。
スプートニク2号は大気圏再突入が出来ない設計だったんだ。
つまり、雌犬は地球に帰還しなかった。
なんなら打ち上げ162日後、大気圏に再突入して消滅してるらしいぜ。
人類が宇宙に行くための布石だったとはいえ、骨すら残らず消えちまうなんてなー。
わらえるわー。
……どのあたりが笑えるのか、聞いてもいいかな?
僕が怒りを含んだ声で訊ねたら、あいつはうわ、なに?怒ってんの?ひくわー。とか言いながら席を立ちどこかへ消えて行った。
こんな話を笑いながら言っているお前の方がひくよ、と思いつつ僕は大きくため息をついた。
帰還予定のない宇宙船に乗って、というより乗せられて打ち上げられたライカという雌の犬は、確かに人類の宇宙進出のための大きな功績だっただろう。
しかし、人類のためとはいえ戻る予定のない船に乗せるというその行為は、僕には到底わかりえるものではなかった。
ライカは、人類の夢の犠牲になったのだから。
こんなことをいうと、いつもあいつは綺麗事ばかり言ってっても何もかわんねーぞ、現実見ろよちゃんと。とか言うのだけれど、それでも僕は綺麗事の方が好きだから……だから、僕は落ち込みやすいのだ。
あいつもそれを知っているはずなのに、なぜいつもこんな話を聞かせに来るのだろう。
僕はきっとこれから数日は、ライカのことを考えては落ち込むのだろう。
宇宙船に乗せられ、たった一匹、宇宙に打ち上げられたライカ。
そして暗い宇宙空間を162日間も漂い、産まれた地球に帰還することのなかったライカのことを。