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おはようせかい
彼が緩い眠気を感じ取ってから既に三時間が経っていた。
普通の人であれば眠っていてもおかしくない。
それでも彼は眠ることをせずに、目を開き続けている。
特段すべきこともないのに彼が眠らないのには訳がある。
彼は眠ってしまうと、次に起きるまで時間がかかってしまうのだ。
普通の人と同じように眠って目覚ましが鳴ってそれを止め、嫌々でもスッキリでもなんとなくでも布団やベッドから起きて一日を始める、ということは彼にはできない。
少なくとも彼は起きるまで何度も夢を見て、目覚ましを止めてもまた夢を見る。
起きる時が一番眠い、そして眠り続ける。
彼は起きる時の睡魔に勝つことは出来ない。
もちろん、彼は病院に通っている。
このままでは自分が普通に生きていくことが出来ないということを感じたからだ。
しかし、いくつもの病院に通っても原因は不明。
効果があるのかないのかわからない薬だけが増えていった。
彼は真面目に処方された薬を飲むものの、症状は一向に改善することはなく今に至る。
科学が進歩しても解明されないことや改善されないことが残っている。
彼の症状もきっと解明も改善もされない。
世界の謎のひとつだろう。
彼は一人掛けのソファに浅く座って、どこを見るわけでもなく白い壁を眺めている。
このままだと彼は眠ってしまうだろう。
浅い眠りであればまだ良いが、深い眠りに入ると御終いだ。
次に目が覚めて彼が活動を始めるのは、何十時間後だろうか。
彼はゆっくりと船をこぎ始めた。
自分の膝の間に頭をうずめて、間違って床に転がらないような体勢をとる。
何かを考えているような姿勢に見えなくもないが、彼はこのまま眠ってしまうだろう。
彼の眠りを妨げる者は、彼以外にはいないのだから当然の結果だと言える。
もうすぐ彼は夢を見る。
夢の世界にとっては待ちわびた瞬間だろう。
彼が眠ることでしか再生されないのだから。
それは彼が目覚めるまで続くだろう。
もしかすると、彼が目覚めるのを妨害するかもしれない。
世界を終わらせないための妨害であるならば、それに正当性はあるのかもしれない。
時計の音が遠くなっていくのを彼は感じていた。
それと入れ替わるように近くで何かが鳴り始めている。
無意識に彼はそれに手を伸ばす。
音が止む。
それを引き寄せて確認すると、いつもと同じ起床時間だった。
彼は起き上がりカーテンを開け、両手を頭よりも上にあげて大きく伸びる。
彼の眠りと同時に、世界がひとつ始まった瞬間だった。