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もう会えない
三年前、僕の散歩コースには古い一軒家が立っていた。
そこを通る度に、今にも崩れてきそうだなと思っていた。
外壁には小さな亀裂がいくつも入っていたし、人が住んでいる気配もない。
かといって幽霊屋敷と呼べるほどの薄暗さはなく、気味の悪さもなかった。
そもそも場所が場所なだけに幽霊屋敷とは呼べない。
その家の周りには別の一軒家や二階建てのアパート、少し先には12階建ての集合住宅があり、なんだかんだで賑わっていた。
そんな古い一軒家は、二年ほど前に壊されて更地になった。
あまりにも突然のことだったので、数分間立ち止まって動けずにいたのを覚えている。
しかし一週間もすると、そこにあの古い家が建っていたなんてことは忘れてしまって、次々と生えてくる青い草を横目で見て通り過ぎて行くだけになってしまった。
あの頃、草が成長する速度が尋常ではなかった。
なんなら細い竹のようなものが僕の背丈の倍近く伸びていたこと、よくわからない40センチくらいの高さの謎の草がその更地の大半を占めていたことが思い出される。
そして三ヵ月も過ぎると、何かが更地の中にあったとしても道端からではわからないくらい、草たちは生い茂っていた。
そのうっそうとした雰囲気がいけなかったのだろう。
散歩の度、その場所には不法投棄が増えていった。
壊れたトースターや、ボロボロの野球ボール。
ビールの缶、野に書けのペットボトル、飲み終わったボトルのなかに詰め込まれている煙草の吸殻。
上げればきりがないのだが、住宅の立ち並ぶ中、その土地だけが浮いていた。
そのような不法投棄が増えたからなのか、三、四カ月に一度草は刈られることになったようで、かられた後のその土地はとてもさっぱりとしていた。
それでも草はまた生えてくるのだが、たまにその土地の左奥で野良猫が日向ぼっこをするようになった。
まだ成長しきっていない草をもしゃもしゃと食べている姿も確認している。
ただ、その猫を見かけたのは半年前が最後である。
半年前、その土地に何かがまかれたのだと思う。
その土地の草のほとんどが、色の抜けた薄茶色に変わり果てていたのだ。
そして背の高い草も低い草も、新しい草は生えてこなかった。
僕はその光景に寂しさと、少しだけ恐怖を感じた。
しかし、新しい草が生えてこないおかげで視界は随分とクリアになり、不法投棄をされることはなくなった。
この辺りの治安は良くなった、そう感じる人が多いだろう。
散歩のコースとして利用している、僕だってそう思う。
でも僕は、住宅街に突如として出来た小さなジャングルに野良猫が寛ぐ姿を見るのが好きだった。
もうそれを見ることは出来ないのかと思うと、左の胸がチクリと痛んだ。
あの野良猫が今、どこに居るのか僕は知らない。
きっとこれから先も、知ることはないだろう。