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サイヨウシャ
夕食を食べた後、何もせずぼけっと椅子に座っているのが彼の常だった。
彼は一人暮らしで、どんなにぐうたらな生活を送っていたとしても口を出してくる人はいない。
昔は家族と住んでいたから彼のこのような振る舞いや、家の内外関わらず生活態度に関して家族はいつも口を出していた。
彼はその度、内心傷ついていたのだけれど、それを口に出すことはついになかった。
それでも彼は何とかやり過ごしてきて、今は家族から離れて一人で気楽に暮らしている。
彼はぼーっとしながら、頭の中では食器を洗わなくてはとか、風呂にも入らないとなとか、明日は何時に家を出ればいいんだっけ等々考えていた。
彼は基本的に静かであるが、それは外側に出ている部分の話であって実際にはそうではない。
その内側はとても騒がしい。
彼は自分自身がそうであるからなのか、自分と同じ性質の他人を見分ける力がついていた。
一目見るだけで、その人物がただの物静かな人なのか、それとも内側が沸騰しているような人物なのかがわかるのだ。
また、彼はその手の能力が人よりも高いようで、その人物が裏切る可能性があるのかないのかも見分けることが出来る。
不思議な話ではあるが、彼には嘘をついている人物や、これから嘘をつくであろう人物が見るだけで分かってしまう。
それはまるでSFのテレパス、もしくはサトリと言われる能力者であるようだった。
しかしもちろん、彼はそんな能力者ではない。
彼曰く、長年生きてきたうえで見に着いたものであり、能力というよりは経験と呼ぶべきものだそうだ。
そうは言っても、周りはそうは思わないもので、彼には不思議な力があるとまことしやかにささやかれ、その話は広がっていった。
そのおかげで彼は今、フリーランスとして働くことが出来るようになった。
彼の見る目は確かだと、その絶大な信頼がそれを可能にしたのだ。
それに彼は多くを語らない。
そんなところもフリーランスでやっていけるようになった理由なのかもしれない。
必要な事だけを話し、それ以外は話さない。
当たり前ではあるが、関わった企業の秘密も守られている。
彼は外側には絶対に出さないからだ。
秘密は彼の内側で守られている。
椅子に座っていた彼が立ち上がるとキッチンに向かい、食器を洗い始めた。
彼は頭の中で考える。
明日の企業では何人見ることになるのだろうか、と。
手元では、ガチャガチャと食器が鳴っていた。