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スーサイドの約束
特に生きたいとも思っていなければ、特に死にたいとも思っていなかった。
彼と久しぶりにあった時、彼は私にそう言った。
九年前に彼が起こした件の回答だ。
同窓会が終わり、帰り道が一緒だったので酔いさましも兼ねてとろとろと歩いていた時に聞いたのだ。
同窓会の席で聞かなかったのは、なんとなく触れてはいけないとあの場にいた全員が感じていたことだろう。
だから誰ひとりとして、その時期の話題は出さなかった。
気になっていた人は結構いたとは思うけれど。
彼のその回答にたいして私は、そういうものか、という感想しか抱かなかった。
彼ならばそういう、ふんわりとしていてしっかりと掴むことのできない考え方をしても不思議ではないと思った。
そっちはどう、仕事は順調?
彼のそれにたいして私が何も言わなかったから、彼が別の話題を振ってくれる。
んー……普通?
なんだよそれ
短く笑う。
その笑い方はあの頃から変わっていない。
私も彼に仕事のことを聞いてみたが、全く同じ言葉が返ってきたため笑ってしまう。
どっちも普通、か
そんなもんだろ
素っ気なく彼は続ける。
多分、これから先もずっとそんなもんだよ
普通以上にはならないし、きっとそれ以下にもならない
こんなこと言うと、そんなことないって突っかかってくる奴もいるけど
そんなことあるんだよなぁ……
経験者は語る、ってやつ?
まあ、否定はしないよ
彼は上を向いて夜の空気を吸い込む。
その様子を見て言いようのない不安が込み上げてきた。
あの時期の彼と言っていることや雰囲気が重なっていたからかもしれない。
ねぇ
俺はさ、普通ってのは悪いことじゃないと思うんだよ
ただ……そうだな
俺の中の俺は本心では普通を望んでないんじゃないかって思う時がある
このまま変わらない普通が続くくらいなら、別にこの世界に留まる必要はないんじゃないかって問いかけてくるんだよな
……それで九年前
そ
生きるのも死ぬのも、どっちでもよかったんだよな
だから試してみただけさ
本当に何事もなかったかのように彼は言う。
自分が何をしたのかわかっているのだろうかと眉を顰める。
そんな顔されても困るな
右手で首筋に手を当てながら彼は苦笑いをする。
……別にもうあんなことしないさ
試したところでまた失敗するだろうしな
そういうのなんて言うか知ってる?
彼の目をジッと見てハッキリと口にする。
フラグって言うんだよ
彼は立ち止まって沈黙していた。
私は彼を置いてそのまま歩く。
彼がついて来る音はしない。
このまま振り返らずに去ることもできたけれど、少し思うところがあって立ち止まる。
振り返ると彼は先程の場所で棒立ちになっているままだ。
そんな彼に言葉を投げる。
もしまた試してみようって思うなら私も誘ってよ
私も、どっちでもいいって思ってる質だからさ
にかっと笑って、また彼に背を向けて歩き始める。
後ろの方からは、慌てて近づいてくる足音が聞こえた。