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大男
地面が揺れているのを感じて彼は立ち止まった。
彼が立ち止まると地面の揺れも止まった。
再び歩き出すとまたしても揺れを感じたので、彼はまた立ち止まる。
どうしたものかと首をひねっているところに、小さい子供がどこかから現れて彼に告げる。
おじちゃんは大きすぎるから、歩くと地面がゆれるって長老がいってたけど、ほんとうなんだね
ぎょっとして子供を見つめると、子供はどうしてか満面の笑みを浮かべていた。
おじちゃん、今日はどこまで歩くの?
ついて行っていい?
子供の言葉にも戸惑ったけれど、それ以上に彼には引っかかっていることがある。
……俺、そんなに老けて見える?
子供は言葉の意味が分からずに、首をかしげる。
子供にとって自分より大きく、さらに父親よりも大きい人物は白髪でなければ等しく『おじちゃん』なのだ。
だから不思議な表情で彼を見つめ続けることしか子供には出来ない。
ね、おじちゃん、どこまで行くの?
どこまでって言われても……
わからないな、と彼は言う。
そもそも彼には目的地があるわけではなく、無目的に歩いていただけだった。
おじちゃんのお家はどこなの?
長老がいってたよ、おじちゃんは急にあらわれたって
おじちゃん、どこからきたの?
家族はいるの?
どうしてそんなに大きいの?
子供から矢継ぎ早に繰り出される言葉に彼は対応ができず、もごもごと口ごもってしまう。
子供は依然、満面の笑みを浮かべて彼を見上げている。
彼の言葉を待っている。
……俺は、家族はいない……と思う
家もない、なくても困らないから……だと思う
思う思うばかりで何もわからない答えではあったが、子供はそれで満足したように頷く。
そして何を思ったのか、子供が彼の頭の上によじ登って来た。
彼は驚いたが動くと子供が落ちて怪我をしてしまうと思い、登り終えて定位置を見つけ出すまでじっとしていることにした。
子供が動かなくなってから彼はゆっくりと歩き出すことにしたが、子供に髪を引っ張られてそっちじゃないと言われる。
あのね、この近くにある泉にね、木こりが住んでるんだって
おじちゃん、行くところがないならそこに連れてってよ
彼は行く当てもなかったので、子供の言う泉へと向かうことにした。
慎重に、ゆっくりと、歩く。
それでも地面は揺れるので、彼は子供が頭の上から落ちてしまうのではないかと気が気ではない。
しかし、彼の頭上では歩く度に揺れるのが面白いのか、子供がきゃっきゃと笑っている。
彼が泉に辿り着くまで、その笑い声が止むことはなかった。