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タグ
私は、ちょっと変わった地域に住んでいる。
国はまあわりとメジャーなのだけど、その国の中にこんな地域があるなんて外国の人は思わないだろう。
この国に住んでいる人たちだって、未だに信じられないというくらいだから。
というより、国の中ではまだ反対派の人たちが多い。
限られた地域でそれを普及しようとしているのが、実験的に見られているからかもしれない。
実験。
人体実験。
そういうネガティブな方向にとらえるのは、この国の人たちに多い。
国民性、というやつなのかもしれない。
とにかく、私はそういう特殊な地域に住んでいる。
住んでいる身からすれば、別にどうっていうことはないのだけれど。
サイレンに似た音が、商店街の内側にこだましている。
ああ、今日もか、なんて言葉が飛び交う。
程なく管理者が到着して、その音が鳴った原因である人物を捉えた。
おじいちゃん、お家に帰ろうね
今日もたくさん歩いたんだね、疲れたでしょう
さ、車に乗って……
管理者の車に乗せられるおじいさんを見ようと、いつものように人だかりができていた。
毎日のことであるのに、なぜだかみんな、おじいさんが車に乗せられる、乗り込むところを確認してしまう。
そして車が去っていくのを見届けてから、各々商店街の中を歩き出す。
歩き出す瞬間はいつ見ても面白いもので、私はおじいさんを見るというよりは、こうして動き出す人々を見ているのだった。
そうして、私は何事もなかったかのように家に帰る。
家に帰ると夕飯の準備をしている母さんの姿が台所に見えた。
今日は焼き魚のようで、良い匂いがしている。
テレビをつけると、ニュースでは他県で小学生が行方不明になってから一週間とアナウンサーが伝えているところだった。
あら、まだ見つからないの……大変ねぇ
母さんが不思議そうな声で言うので、私は首だけ振り返って台所まで聞こえるくらいの声を出す。
仕方ないよ、他県だもの
そうねぇ……他県だものねぇ
……やっぱり、母さんはタグ付けに賛成派なの?
もともとは反対派よ、でもそうねぇ……お義父さんが徘徊し出した時や、あんたたちが山で遭難した時に役立ったから
それに正直タグがなかったらあんた、死んじゃってたかもしれないからねぇ
さらりと怖いことを口にするけれど、それは事実なので嫌な感じは一切しなかった。
この地域は確かに実験的ではあるけけれど、人々にタグを付けて……実際には皮膚の下に埋め込んでたりバーコードとして焼き付けていたりするのだけれど。
とにかく、この地域では人々にタグを付けて生活をさせている。
一部の人たちは、自分たちは犬や猫、動物か、と激怒したらしいが、タグ付けしたおかげであらゆる犯罪は減ったし、徘徊する老人の保護にも役立っている。
もちろん、山で遭難した時も。
そして一番役立っていると感じるのは、先程のようなニュースが流れてきた時だ。
ニュースの小学生、タグ付けしてたらすぐに発見されるのにね
何気なく口からそんな言葉が出てくる。
母さんからは、のんびりとした同意の声が返って来る。
私は左腕に埋め込まれている自分のタグを見つめながら、早くご飯が出来ないかな、なんて考えていた。