労働基本法と石巻
お盆休みを利用して、これを熱心に読んでいる。一つには私自身が経営者だから、万一にも当院が労働関係法違反を犯してはならないからだし、もう一つの、もっと重要な理由は、あゆみ野クリニックの心療内科に受診する新患の8割が労働問題に起因して心を病んだ患者だからだ。
こう言う患者に、不眠だから睡眠薬、不安だから安定剤なんてやったところで、話にならない。個々に状況を聞き、この労働者が直面している職場の問題は、違法ではないか、違法だとしたらどの法令に違反しているのか、をきちんと判断して本人に教えなければならない。私はこう言う仕事をするためにあゆみ野クリニックを自分の経営にしたわけではなかったのだが、今月還暦を迎え、明らかに「第二の人生」に足を踏み出した今、実際押し寄せるこう言う労働者達を救うというのを、第二の人生の一つの柱にしようと考えた。
これを読むと、なるほど、法律に当てはめれば解決出来ることもあるし、出来ないこともある。
解決出来ることは、例えばある労働者はメンタルを病んで休職したら、会社から「休業は2か月までだ。その後は自然退職になる」と言われたが、こうやって法律を勉強すると、それはその会社の就業規則に休業期間の上限が明記されているか、しかもそのことは雇用契約で本人に明文化して知らされているか、が問題になる。
就職するときの雇用契約など、ものすごく細かいから、大方の人は読まない。しかしいざ自分が「休業期間を過ぎるから自然退職だ」と言われたら、就職したときに渡された雇用契約をよく読み返さなければならない。そこに休業に関する規定が明記されていなければ、会社が主張する「休業は2か月」という法的根拠はないと判断出来るから、「自然退職にはなりません」と言える。
ところが、こういう法律を読んでも対応不能、というケースがある。労働者が自ら労基法違反をやっているというケースだ。
例えばある患者は、長時間残業が恒常化している。上司からそれをメールで指摘され、彼はなんと、その会社の労働時間を記録する仕組みであるパソコンのログイン時間を自分で偽造してしまった。つまり、見かけ上残業時間が合法に収まるために、その時間になると自分のパソコンをログアウトし、社内の共通パソコンで作業するというのだ。
仰天してしまった。
もしそれを会社が本人に強要していれば、仮に明文で強制しなくても慣行となっていれば、それは無論違法残業だ。しかしこのケースでは、上司が「長時間残業が続いている」という指摘をメールで行ったのに対し、本人があたかも残業時間が減ったかのように自分のパソコンを時間が来るとログアウトし、後はばれないように共通のパソコンで作業をする。本人が勝手にやっていることだから、これを会社の責任にするには頭をひねらなければならない。
じつは、労働基本法の他に、「労働安全衛生法」という法規がある。これに基づいて、経営者は労働者の残業の実態を細かく把握し、労働基準法の上限を超えないよう具体的な配慮をする義務がある。すなわち、労働基準法に新たに定められた通り、
· 残業時間は月に100時間、年間で720時間を超えることはできない
· 2~6か月のいずれかの残業時間の平均が月80時間を超えることはできない
· 残業時間が月に45時間を超えられるのは年に6か月まで
であって、これに違反すると、経営者には
「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」
が課される。だから、こう言う自ら労基法違反をやる労働者には、あなたがやっていることがもし露見したら、会社は労働安全衛生義務違反に問われ、上記の懲罰が科されますよ、と告げなければならない。それでもやる、という労働者については、むしろそういう違法を働く労働者によって会社が損害を被るのを防ぐために、会社に通報するという事もありうる。
もっとも石巻では、こういう法律の常識を遙かに超える事態が起こる。先日紹介したように、退職届を会社が作って母親に代筆させた、などという事例だ。これは労働関係法違反ではなく、刑事事件だ。「有印私文書偽造」に当たる。刑法第159条1条に規定されており、1年以上10年以下の懲役に処せられ、罰金刑はない。つまり、有印私文書偽造をやると、例えばこのケースでは本人が作成すべき退職届を会社が勝手に作成して母親に署名を代筆させると、会社の社長は必ず懲役に処せられる。罰金では済まないわけだ。
ところが本人にその事実を告げたら、その患者は翌日からとんずらしてしまった。携帯に掛けても連絡はなく、2度と受診もしてこない。なぜ会社が刑事事件を起こし、それによって自分が不利益を被ったのだと教えられると本人が逃げ出すのか、私にはもはや完全に理解不能の世界である。しかし本人からすれば、そういう犯罪を平気でやる会社なら、自分の命が危ないと考えたのかもしれない。それは、一理あるだろう。
石巻で労働事件に関わるためには常に私も自衛しなければならないという理由が、ここにある。
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