保険医療の崩壊が始まった
「保険医療の崩壊が始まった」
日本の医療は国民皆保険と言うが、現実的にはそれは既に破綻している。咳止めが無いという話を聞いたことがある人は多いだろうが、現実には解熱鎮痛剤の代表であるカロナール(アセトアミノフェン)の供給も極めて不安定だし、より恐ろしいのは基本的な抗生剤であるペニシリン(サワシリン、オーグメンチンなど)がしばしば手に入らない。今花粉症の季節だが、花粉症の鼻炎症状に著効を示す点鼻ステロイドも供給の見込みが立たない。先日ある人がビタミン欠乏症から認知機能が落ちていることが判明し、アリナミンを処方したがそれも薬局から「入荷の見込みが立たない」と言われた。
日本製薬団体連合会が行っている調査では、2024年2月現在保険薬価収載されている薬の内25.9%が「通常出荷以外」になっている後発品(ジェネリック)に限れば35.8%が「通常出荷以外」だ。通常に出荷出来ていない、と言うことだ。
この理由はいくつか挙げられているが、根本的には医療保険で定められた公定薬価が低すぎるというのが一番の問題だ。「ない、ない」と言われている咳止めだが、一番代表的な咳止めであるアストミン(ジメモルファンリン酸塩)10mg錠の保険薬価が5.7円なのだ。一錠5.7円で薬は作れない。そもそも最終末端価格が5.7円から逆算していくと、海外からこの薬の原材料を買えない。これが最大の薬不足の原因だというのは、「薬局で自費で買う咳止めは充分に供給されている」という事実によって証明出来る。薬局で自費購入する咳止めは当然製薬会社、供給に関わる業者などがきちんと利益が出せる値段で売られているわけで、一錠5.7円ではない。「それなら売れる」というわけだ。
咳止めやビタミン剤なら薬局で自費で買える。しかし日本の今の法律では抗生物質は医師の処方箋がなければ薬局は売れない。ステロイドの軟膏は薬局でも売れるが点鼻ステロイドは売れない。インフルエンザの小児に使うタミフルドライシロップも今ほとんど入荷しない。
おそらく遠からずこうしたものは全て医師の処方箋無しに自費で購入することになると思う。なにしろペニシリンが無ければ肺炎の人は死ぬ。自費だって死にたくないからペニシリンを薬局で買う人は増えるだろうし、それは最初は密かに始まるかもしれないが、命には替えられないのだからいずれ公然と行われるようになるだろう。医者も「診断はするが薬は薬局で自費で買ってくれ」と言わざるを得ない。
つまり、国が公定価格を非現実的なまでに引き下げた結果、製薬業界が保険医療から撤退を始めているのだ。
そして次には、「薬が自費になったんだから診断も自費です」となるはずだ。何しろ医者の診察料が再診で730円なんだから、いつまでも医者がそれを容認するとは考えられない。すでに製薬業界は保険医療に薬を供給しなくなったのだから、医者も再診料730円なら保険では診療しませんとなるはずだ。
それに異を唱えたい人は、いくらでも異を唱えていい。いくらでも製薬メーカーや医者を非難していい。しかしいくら非難しようとも、咳止めは5.7円では作れない。そしてもうすぐ、我々医者が「730円では患者を診察出来ない」と言い出すだろう。その日はそう遠くないはずだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?