「クリニックで出してはいけない抗生物質、出すと馬鹿にされる抗生物質」
クリニックで出してはいけない抗生物質と、出すと馬鹿にされる抗生物質のお話。
クリニックで出してはいけない抗生物質ってのは、ニューキノロンです。クラビットとかグレースビットとか。
最近「風邪症状に抗生物質は出さない」というのは開業医にもかなり浸透してきました。しかし未だに石巻市内で、風邪症状にグレースビッドを出す医療機関があります。また尿路感染にワンパターンでクラビットを出す医療機関もあります。
ニューキノロンはクリニックレベルで使ってはいけません。その理由は二つです。
1.ニューキノロンは皆殺し系だから、ニューキノロンを安易に使って生じる耐性菌は、必ず多剤耐性菌になります。多剤耐性菌をせっせと作るのは止めましょう。
2.ニューキノロンは結核菌に「中途半端に」効きます。だから気道症状がある患者にニューキノロンを出すと、一見よくなったように見えて実は結核を見逃すという事態が起こります。
だからニューキノロンをクリニックレベルで使ってはいけません。もしニューキノロンしか使う手がない、と言うのであれば、その理由を明確に説明出来る場合に限るべきです。
処方すると馬鹿にされる抗生物質は、経口の第三世代セフェムです。先発品の商品名で言うと、フロモックス、メイアクト、セフゾン、トミロン、バナン等々。
フロモックスとかメイアクトとかセフゾンを愛用している先生方、いるでしょう?しかし、こうした経口の第三世代セフェムは、消化管からほとんど吸収されません。吸収されないんだから、効かないのです。これまで先生方が「フロモックスを出したら治った」と思っておられる症例は、要するに抗生物質が要らなかった症例です。
このことは若い世代の医者にとっては常識で、若い世代はこう言うのをDU剤とよびます。Daitai Unkoの略です。だいたいうんこになって出ていくから効かないのです。お薬手帳を見てこういう抗生剤を処方している先生は、苦笑いの対象になります。抗生剤、勉強してないんですね、って事です。
ただし、第三世代セフェムであっても静注のロセフィン(セフトリアキソン)は極めて重要かつ有益な抗生物質です。腎盂腎炎。尿路感染の起炎菌はほぼほぼ大腸菌ですから、膀胱炎であればケフレックス(第一世代セフェム)かバクタで宜しい。しかし腎盂腎炎となれば経口の抗生物質では不安です。このとき、一日一回静注で済むセフトリアキソンはほぼ一択になります。外来に通って貰うにしても、患者さんに一日一回注射に来て下さいというのはぎりぎり納得してくれますが,1日2回来てくれなんてのは無理ですから。
因みに膀胱炎か腎盂腎炎かを見分けるコツは単純で、尿路感染症状があっても発熱がなければ膀胱炎、発熱があれば腎盂腎炎です。
蜂窩織炎もセフトリアキソンで行けます。蜂窩織炎の起炎菌は皮膚の常在菌であるぶどう球菌か連鎖球菌です。ペニシリンは効かない。蜂窩織炎の悩みどころは、蜂窩織炎の場合クリニックレベルで皮膚を切除して培養に出すのと言うのが難しいという事です。何しろ連中は「皮膚の下」で暴れているのです。その皮膚の下で暴れている菌を同定するのは、クリニックレベルでは極めて困難です。しかしどのみち犯人はぶどう球菌か連鎖球菌とほぼ決まっていますから、セフトリアキソン静注で行けます。
細菌感染を疑ったら必ず「培養」を出しましょう。グラム染色なんてやってられませんからやらなくて良いです。しかし咽頭に膿がついていたら必ずその膿を拭って培養に出す。膿性痰は必ず培養に出す。尿路感染なら抗生物質を出す前に必ず尿を培養に出してください。
先日当院に化膿性扁桃腺炎と咳や痰で見えた患者さんがいました。気道感染の起炎菌はほとんどインフルエンザ菌、連鎖球菌、肺炎双球菌ですから、とりあえずはペニシリンを二つ合わせた処方をします。通称「オグサワ」と言いまして
サワシリン4T 分2
オーグメンチン250 2T分2.
一応ビオフェルミンRをつけても良いですが、つい最近のmeta- analysisで乳酸菌製剤は下痢には無効という結論が出ています。
何故この二つのペニシリンを合わせるかというと、日本の基準であるサワシリン(アモキシシリン)1日3錠は国際的基準からするとまったく不足なのです。だからアモキシシリンの量を増やし、かつ保険で切られないためにこうします。もう一つ大事な理由は、ペニシリンに有効なはずの細菌でもベータラクタマーゼを作って耐性を獲得している場合は非常に多い。だからオーグメンチンを追加して、含まれているクラブラン酸でベータラクタマーゼを破壊するのです。
ところがその人はこれでは治りませんでした。咽頭培養の結果が返ってきてすぐ私はその人に電話しました。「良くなっていないでしょう?」と聞いたら御本人、はい、全然良くなりません。今日別の耳鼻科を受診しようと思っていたところでした、と言うのです。そこで私は培養結果をお伝えしました。
先日あなたの喉を拭った検査で、あなたの喉で炎症を起こしている細菌はブドウ球菌と判明しました。ブドウ球菌にペニシリンは効きません。培養検査ではあなたの喉に炎症を起こしているブドウ球菌にはミノマイシンが有効だとなっています。だから抗生物質を変更しますから今日来て下さい。
その方はその日お見えになり、私はミノマイシンを処方し、無事治りました。
もう一つ、高熱を伴って咽頭にびっしりと膿がついている場合、必ず念頭に置かなくてはいけないのは成人の伝染性単核球症です。小児科の先生には釈迦に説法でしょうが、EBウィルスは稀に大人にも感染を起こします。このときの臨床症状は化膿性扁桃腺炎そっくりで、見分けが付きません。しかし採血すれば一発で分かります。高熱が出ていて咽頭に膿がついているにも関わらず、WBC(白血球)増加していない、左方移動もない。逆にMonoやStabが上昇している。それに肝機能異常もくっついていれば、開業医でもすぐ「あ、これは化膿性扁桃腺炎ではなく伝染性単核球症だ」と分かります。伝染性単核球症は基本解熱剤と自宅安静で良いのですが、中には脾腫や、脾臓破裂、心筋炎、髄膜炎などを起こす例がありますから、一応日赤に話を通しておくべきです。CPKとMb分画、Trop Tなどは測定しましょう。また万が一意識がおかしくなったときは一目散に救急車を呼んで日赤に行け、と教えなくてはなりません。無論伝染性単核球症の原因はEBウィルスですから、抗生物質は無意味です。
以上、抗生物質と日常よく見る感染症のお話でした。