2019まとめ

【教えること】2019年好評だった記事:自分がなりたいものになろうとすることを邪魔するものは何か/傷つかないでいること/研究を教えることの難しさ

火曜日は「教える技術/学ぶ技術」のトピックで書いています。2019年の最終週は、この年に書いた記事をふりかえって、「いいね」がよくついた記事を全文再録しています。

【コーチング】自分がなりたいものになろうとすることを邪魔するものは何か

前回は、ロジャーズのエンカウンター・グループを取り上げました。これは心理的成長を求めて参加する対等なメンバーによるグループです。対等という関係性は、コーチとクライエントの間でも常に結ばれるべきものです。コーチとクライエントという立場は異なっていても、お互いに相手を尊敬しあう関係であり、人間としては対等であるということです。

今回は、その人がなりたいものになろうとすることを支援するのがコーチングであるとすれば、それを邪魔するものは何かということを取り上げます。

これまで、ある人が、個人全体として、また個人独自のものとしてなりたいものになることを支援するのがコーチングであると定義しました。それを達成するためには、継続的な努力が必要ですし、また長い時間がかかるかもしれません。そのとき、その達成を邪魔するものはなんでしょうか。それはそのプロセスの途中で諦めてしまうことです。

アルバート・エリスは論理療法を提唱し、その中で私たちが持ちやすい「不合理な信念」について言及しました。不合理な信念とは、たとえば「完璧でない自分には価値がない」や「1番にならなければ意味がない」や「私は相手に勝たなければならない」といった信念です。このような不合理な信念を持つと、成果が現れる前に努力のプロセスを諦めてしまうでしょう。完璧にやれることは滅多にありませんし、いつでも相手に勝てるわけではないからです。

エリスが不合理な信念を提唱し始めるずっと以前に、アドラーは、自己や他者、また世界に対する自分独自の価値づけのことを private intelligenceあるいはprivate meaningと呼びました。つまり私たちが、自分を含めた世界を見るときには自分独自の価値観を持って見ています。しかし、それは私的(プライベート)なものなのです。ドライカースはこれを、private sense(私的感覚)あるいはprivate logic(私的論理)としてcommon sense(共通感覚)と対比しました。つまり、私たちは自分自身が作り出した私的感覚によって自分と世界を見ています。そして、それは共同体にいる他者と共有されて初めて共通感覚として働くのです。

つまり共通感覚として相手と合意するまでは、すべての自分の価値観や物事の見方は「プライベートな見方」にすぎないのです。そのプライベートな見方の1つとして「完璧でない自分には価値がない」というような考え方も入ってくるでしょう。しかしこれを受け入れてしまうと努力を継続することを諦めてしまうことになるでしょう。なぜならどんなに努力を続けても完璧になることはないからです。そこで、「この自分の考え方はプライベートなものであり、事実でも真実でもないのだ」と考え直すことで、努力を続けようとする勇気が湧いてくるでしょう。

このようにクライエントの「不合理な信念」、アドラー心理学で言えば「私的感覚」について話し合うことがコーチングの大切な活動となります。

【コーチング】傷つかないでいること

前回は、自分がどんなときに劣等感を抱くかを点検してみることを書きました。劣等感を抱くその先に自分が理想として目指すものがあります。それさえわかれば、自分の時間とエネルギーを注ぐべきことが明らかになります。もう、嫉妬心や敗北感に惑わされる必要はありません。ただ時間をかけて努力を続けていけばいいのです。

しかし、劣等感はけっして気持ちのいい感覚ではありません。たいていは不快な感覚です。それは、自分ができていないこと、未熟なところ、欠点や短所をじかに触られる感覚だからです。ですから、それを指摘してくる相手は不快な存在となります。それがたとえ信頼できるコーチであっても、自分の未熟なところを指摘してくるコーチを快く思わないのは自然なことです。

したがって、コーチングにおいては、まず相手ができているところ、上達したところに注目して、それを認めるということが王道です。OK。相手ができているところを認めましょう。褒めてもいいでしょう。では、その次をどうしますか。

いずれにしても、未熟なところ、できていないところをトレーニングしなければなりません。しかも、自分が上達すればするほど、できていないところ、未熟なところが明らかになってきます。たとえばテニスでも、初心者のときはただボールを相手に打ち返すだけでよかったものが、上達すればするほどいろいろなショットの打ち方を習得していかなければなりません。

そのときに自分の未熟さを指摘されて、それを受け入れることが必要です。それはけっして快いものではありません。そのときに、自分が傷つけられたと感じる人もいるでしょう。しかし、コーチはあなたを傷つけようとして、未熟なところを指摘しているわけではないことは明らかです。ですから、あなたは厳しい指摘を受けたとしても、それに対して傷つかないでいることが必要です。そしてそれはあなたの決心次第でできることです。

【研究を教える】研究を教えることの難しさ

高校までの勉強と大学との大きな違いは、大学には「研究する」ということが含まれていることでしょう。実際、多くの大学では卒業論文を卒業のために必須としています。卒業論文というのは何かを「研究して」書くものです。卒業論文を書くために、ゼミという少人数制のクラスに入り、2年間ほどをかけて研究を進めていきます。

さらに大学院に行くと、コースワーク(カリキュラムで決められた科目)の割合が減り、研究の割合が増えていきます。修士課程では、修士論文のための研究をします。そして博士課程では博士論文のための研究がほぼすべてを占め、コースワークはほとんどありません。

そんなわけで、研究するということが大学・大学院のキモであるといってもいいでしょう。しかし、その一方で、ゼミという形式で研究することを学生に指導するのは難しい仕事です。私はもう30年ほどゼミで研究指導をしてきて、毎年ゼミ生に卒業論文を書いてもらってきました。しかし、いまだに研究指導がうまくいったという実感を持つことがないのです。

30年をかけて、それなりに研究指導のシステムを作り上げてきたことは確かです。そのシステムに従えば、その場の考えでゼミ指導をするよりも数倍効率的に研究を進めることができます。しかし完全にシステム化しきれないところもあります。それが研究という行為の特殊なところでもあり、創造的なところでもあるのかなと考えています。

以下は月ごとのタイトル一覧です。

1月
【教える技術】08 会話は全部、怒っていないことを伝えるだけ
【教える技術】09 オンラインの会話は全部、怒っていることを伝えるだけ(かも)
【教える技術】10 ミッションの意味(自発的にやることを強制する矛盾を解く)

2月
【コーチング】01 教育コーチングの重要性
【コーチング】02 コーチング/トレーニング/カウンセリングの位置づけ
【コーチング】03 コーチングのトレーナー的側面とカウンセラー的側面
【コーチング】04 マズローの自己実現とは全体として自分らしくなること

3月
【コーチング】05 ロジャーズのエンカウンター・グループの”対等性”
【コーチング】06 自分がなりたいものになろうとすることを邪魔するものは何か
【コーチング】07 心の習慣はなかなか変えられない
【コーチング】08 勝ち負けの感覚から自分の価値を疑いはじめると集中して努力できなくなる

4月
【コーチング】09 自分の歩き方は一緒に歩く人がいると意識できる
【コーチング】10 劣等感が刺激されるのはそれが自分が目指すものだから
【コーチング】11 傷つかないでいること
【コーチング】12 傷つくことの目的

5月
【コーチング】13 傷ついたり、怒りを覚えたりするのは、痛いところを突かれたから
【コーチング】14 アドラー心理学に基づくコーチングは何をするか
【コーチング】15 インストラクションと知識は素振りにすぎない
【コーチング】16コーチ/トレーナー育成の理論と実践がこれからの課題【最終回】

6月
【学びの場】01 学びの場とその設計〜テニスレッスンからのレッスン
【学びの場】02 効果的なレッスンはどう作られているか
【学びの場】03 学習者を情熱、スキル、目的の側面でそろえる
【学びの場】04 学習者をそろえるための方法:参加費の設定

7月
【学びの場】05 学習者をそろえるための方法:入門時のスキルをそろえる
【学びの場】06 学習者をそろえるための方法:学ぶ目的は1つではない
【学びの場】07 学習者をそろえるための方法:参加者の目的を一致させること
【学びの場】08 入学試験の代わりに事前トレーニングを受けてもらう

8月
【学びの場】09 オンラインの事前トレーニングコースを作る
【学びの場】10 対面とオンラインの比較とそれらのブレンド化
【学びの場】11 オンラインコースのエンゲージメントを高めるための工夫
【学びの場】12 オンラインディスカッションを意見をもらう場として位置づける

9月
【学びの場】13 オンラインディスカッションをレポートを書く材料として位置づける効果

10月
【教える技術】「生涯学習力」として自己調整学習を捉えるといいんじゃないか
【教える技術】認知心理学を授業づくりに活かすヒント
【教える技術】大学院ゼミのコース設計:伝えるべきことを伝える
【教える技術】教えることの科学的側面とアート的側面

11月
【教える技術】「あなたが自立するために私はなるべく手助けしません」は間違っている
【研究を教える】(1) 研究を教えることの難しさ
【研究を教える】(2) テーマは与えられず、自分で見つける難しさ
【研究を教える】(3) 決まった教科書がない

12月
【研究を教える】(4) 研究においては全員が対等である
【研究を教える】(5) 締切がない、正解がない、ゴールがない
【研究を教える】(6) フィードバックが少ない
【研究を教える】(7) 少しでも進める習慣がつけづらい

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