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(012) 『教育工学を始めよう』を翻訳した頃の心意気:マニュアルを作ることでマニュアルを超える

教育工学の本をたくさん出版している北大路書房から知らせが来ました。このたび『教育工学を始めよう』の電子書籍の販売を始めることになり、下記にて販売が開始されましたので、お知らせいたします、とのこと。

販売元は,丸善雄松堂が提供する(個人用)電子書籍サービス(KnowledgeWorker)です。

2002年4月に出版されたこの本には個人的に深い思い入れがあります。

【ポイント】
・教育工学という応用科学のターゲットとこころざし
・教育工学第2世代四人組の心意気
・マニュアルを作ることでマニュアルを超える

・・・・・・

・教育工学という応用科学のこころざし

『教育工学を始めよう』の原題は、Getting Started in Instructional Technology Researchですので、正確には「教育工学の研究を始めよう」という意味です。英語で書かれたこの本は、本というより中綴じで簡易製本されたマニュアルでした。しかし、それが新鮮でした。コンパクトな冊子のたたずまいは「教育工学の研究はこうやればできるよ」と呼びかけているようで、親しみを感じさせるものでした。この精神こそが教育工学的だよなあと思いました。

同時に、簡便なマニュアルを作り、それを広く配布して、教育工学の研究者の層を厚くしようというアメリカの動きに圧倒されました。日本での教育は、そのノウハウは個人的蓄積として重ねられていたものの、科学としての発言力はまだまだだと感じていましたのでなおさらでした。

・教育工学第2世代四人組の心意気

この本を翻訳・解説した4人は、以前から同じプロジェクトで活動していました。そして教育工学の第2世代として「一発やってやる(笑)」的な野望を燃やしていた4人でした。鈴木克明さん(現熊本大、現日本教育工学会会長)は1959年生まれ、余田義彦さん(現同志社女子大)と清水克彦さん(現東京理科大)は1957年生まれ、そして私は1958年生まれですので、まさに同世代の4人でした。

この4人はプロジェクトで会合するたびに、教育工学の「梁山泊」(りょうざんぱく、『水滸伝』に出てくる有志の集まる場所)を口にしていました。若かったですね。教育工学で日本の教育を変えていく、そんな志を共有していました。

なお、ここでの「教育工学第2世代」は今名付けたものです。日本における教育工学の第1世代は1970年くらいと考えられます。その頃は、教育工学が、教育学や心理学から独立しようとしていた時期に当たります。次の、坂本昂の論文「教育工学の現状と今後の方向」を読むとその時の状況がわかります。そしてこの論文は『教育学研究』に載せられたものです。

この時点で、日本教育工学会(1984年設立)はまだできていません。それに先んじて発刊された『日本教育工学雑誌』は1976年スタートとなりました。この時期の経緯は次の坂本昂の論文「日本における教育工学創設期の状況 : 日本教育工学会設立の経緯」を読むとわかります。

・マニュアルを作ることでマニュアルを超える

さて『教育工学を始めよう』の本の話に戻ります。

すでに書いたように、この本は本というよりも教育工学の研究マニュアルといえるものです。研究にマニュアルなどない、という人もいるでしょうけれども、まずそのスタンダードを共有して、取り組んで行きましょうという精神に私は痺れたのです。自分たちが取り組んでいることを、整理し、明示化して、マニュアルという形にして共有する。そして、それが、次にブレイクスルーしていくための出発点になるのだと。そういう精神が私は好きなのです。

詰まるところ、マニュアルを作ることでそのマニュアルを超えるということです。既存のマニュアルを超えていくためには、まずここまでのマニュアルを作ることが必要なのです。

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