【本】ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか 対立を超えるための道徳心理学』→道徳心理学の進展から社会と政治と宗教を見る本としてお勧め
2017年2月23日
(木曜日はお勧めの本を紹介しています)
■要約
道徳心理学(Moral Psychology)を知ることで、人間の営為の中でもっとも重要であり論争の対象となる、政治と宗教について新しい見方ができるようになるだろう。
(1) 道徳心理学の第一原理「まず直観、それから戦略的思考」。道徳的な直観はすばやく自動的に起こる。そのあとに起こる道徳的な思考は、戦略的にでっちあげられた正当化であることが多い。自分の意見に賛成しない人は愚かで、偏見に満ち、非合理であるように見える。
(2) 道徳心理学の第二原理「道徳は危害と公正だけではない」。正義心は六種類の味覚受容器を持つ舌である。その道徳的直観の6つの受容器とは「ケア/危害 公正/欺瞞 忠誠/背信 権威/転覆 神聖/堕落 自由/抑圧」である。これらの組み合わせによって有権者の道徳志向が決まる。
(3) 道徳心理学の第三原理「道徳は人々を結びつけると同時に盲目にする」。人間の90%はチンパンジーで、10%はミツバチである。チンパンジーのように集団内でメンバー間の競争を行う。進化的には利己的であるが、それを偽善で隠すことができる。しかし外集団に対してはミツバチのように結束力を発揮して集団への献身を発揮することができる。しかしこれは戦争や集団殺戮を引き起こすことがある。
■ポイント
「直観(自動的)→判断→思考(理性に制御されている)」モデルによれば、相手の意見を変えたいのであれば、相手の直観に対して直接的な対決をしてもうまくいかない。そうではなく、相手の思考に敬意を払い、思いやりを示し、対話にオープンになることが大切だ。つまり、相手の考え方を把握して、相手の視点からものごとを見通すことだ。
人は自分が他人にどう見られているかを測るための「ソシオメーター」を持っている。たとえ「自分は一匹狼だ」と思っている人でもソシオメーターによって影響を受けている。
人は自己の利益よりも、自分が所属する集団に配慮する。世論は「私にとってどんな利点があるか」よりも「私が所属するグループにとってどんな利点があるか」によって形成される。
道徳基盤理論(Moral Foundation Theory)は、次の6つの道徳マトリックスからなる。それぞれは人類の進化の過程で超えてきた適応課題によって定着したと考えられる。
1. ケア/危害:子供を保護しケアする →介護、親切
2. 公正/欺瞞:双方向の協力関係の恩恵を得る →公正、正義、信頼性
3. 忠誠/背信:結束力の強い連合体を形成する →忠誠、愛国心、自己犠牲
4. 権威/転覆:階層制のもとで有益な関係を結ぶ →服従、敬意
5. 神聖/堕落:汚染を避ける →節制、貞節、敬虔、清潔さ
6. 自由/抑圧:権力の濫用と専制を検知する →自由、反抑圧、反略奪
このうち左派は「ケア」と「公正」基盤に依存している。それに対して右派は1〜5の基盤すべてに依存している。「自由」基盤については、右と左では抑圧される集団の捉え方が異なる。
部族制という文化的な革新を発展させ始めると、遺伝的な変化が生じる。部族内で他のメンバーと折り合っていけないものは排除されていく。このプロセスを「自己家畜化」と呼ぶ。各部族の道徳マトリックスのもとで生活する能力の有無に基づいて友人やパートナーを選択していった。
宗教は、より結束力と協調性の高い集団を形成するに至った文化的な革新である。神という概念は道徳共同体を構築する効用がある。
経済学は、資本として、金融資本(預金)、物的資本(工場)、人的資本(従業員)を考えるが、それ以外に「社会関係資本」がある。それは、個人間の社会的な絆、相互依存の規範、それらに由来する信用であり、社会関係資本をより多く持つ企業は勝つだろう。
■個人的な感想
道徳心理学の進展が、アドラー心理学にも合致していることを感じた。「直観→思考」モデルはアドラーでは「目的→思考」モデルになるだろう。道徳マトリックスは「共通感覚マトリックス」となるだろう。これによって個人の共同体感覚の「共同体」がどの範囲のものなのかが測れるだろう。対人関係を重視するアドラー心理学は「社会関係資本」そのものである。それは問題を引き起こす所でもあり、逆にうまくいけばその集団の大きな強みになるのであろう。
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