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チェスと歯の類似性

1. はじめに!?

noteを開設し、夢中になっているチェスについてあれこれ書き始めて2、3日たったころ。フォローという部分に、不思議と惹かれる記事が現れた:

#いい歯のために
日本歯科医師会×noteで、投稿コンテスト「#いい歯のために」を開催します!

「へぇ~、noteにはこんな投稿するようなこともできるんだ。ハッシュタグ、いい歯のために、か。僕は定期的に歯のメンテナンスで歯医者さんにお世話になっている。「#いい歯のために」のリンクにあった「いい歯は毎日を元気にプロジェクト」のウェブサイトもおもしろかった。でも、歯について、自分発信で書けることは思いつかないな。まぁ、こんな感じの投稿関係が今度あったら、そのときにまた考えてみよう。」

その日のお風呂の中である。ふと、こんな風に思った。


「あれっ…チェスのスタート盤面と歯って似てないか?」


僕は比喩が大好きであり、どんなものにも何かしらの類似を見出したくなる癖がある。しかしそれを差し引いても、チェスのスタート盤面と歯には、いくぶん似ていところがあると感じられないだろうか?

チェスのスタート盤面。なんとなく、口を大きく開けた口の中に似ている。
チェス版全体が口であり、歯に当たる部分がチェスの駒 (イメージでは、とくにポーン♟️) である。

まず、見た目がなんとなく、口を大きく開けた人の口の中のようである。またチェスで使われる駒の総数は32個だが、これは親知らずが全て生えた成人の歯の総数とも一致する。

そう気づくと、チェスの指し方と歯の扱い方では似てるところが意外とあるな、と感じ始めた。そして、湯船に浸かりながらぼんやり考え始めると、アナロジー (類似) を使ったいくつかの対応を思いつき始めた。とても嬉しかったので、その内容についてここで述べたい。加えて、これを読んだチェスプレイヤーが自分の歯について興味を持ち始めたら、幸いである。

以下では歯に関することがらと、チェスに関することがらを絡めて話をしていく。初めて聞く言葉も多く出てくると思われる。それで読みやすくする目的で、ここで各々のサイドの登場人物についてハッキリと明示をしておこう:

  • チェス側の登場人物は、パスポーンOverloaded pieceプロフィラキシス

  • 歯と口側の登場人物は、投歯口腔負債歯産価値

である。それではぜひ上記のことを念頭におきながら、思いついたアナロジーについて聞いていただこう!


① 前もって進行を防ぎ止めろ! 「歯石は危険なパスポーン」

チェスプレイヤーが注意を払うもの、それはパスポーンだ。パスポーンは、一歩一歩と前に進み、ついに最も後ろの列まで到着したとき、好きな駒へと変身できる。大抵は、チェスにおいて最も強力な駒であるクイーンへと変身する。それで、相手のパスポーンはすぐに止めに行かなければいけない。なぜなら、パスポーンを止められなかったならクイーンを1つ余計に作られるため、99.9%負けを意味するからだ。例えば、有名なゲーム Fischer vs Berliner, USA-ch, 1960 では、先手が中盤にできたパスポーンを相手の妨害に負けることなく前進させ、相手のディフェンスを蝕み、最終的に終盤でクイーンへの変身を確約し、後手を投了させた:

 Fischer vs Berliner の終了図。
敵陣の深くまで到達した白の☖d7ポーンが、黒にとっては投了を余儀なくされた忌々しいパスポーンだ。


このパスポーンに似たものが、歯の世界にもある。歯垢 (しこう) だ。

歯垢は、歯磨きが不十分な部分に付着するネバネバとした黄白色の粘着物だ。この物質は口内の悪臭を引き起こしたり、歯を抜くことにもなりうる歯周病の原因になる。また、歯垢は放っておくと歯石と呼ばれる硬い汚れへと変身し、その歯石は細菌の繁殖の温床となる。徐々に進行するにつれて強い影響を及ぼすという点で、歯垢はパスポーンとそっくりだ。

「パスポーンの進行はすぐに止めなければいけない。」これはチェスでは格言のように扱われている言葉だ。盤上ではナイトと呼ばれる駒がパスポーンを防ぐ上で最も適切とされている。それと似たように、歯垢の進行への対処にも適切な方法を選ぶ必要がある。それが投歯と呼ばれる考え方だ。投歯とは、将来の健康的な生活のために、 日々のセルフケア (歯ブラシやフロスなど) と合わせて、 定期的に歯科医院でチェックを行ってもらい、 口腔の健康維持に努めることである。要するに、プロに定期的に口の中を見てもらおう、ということである。

冒頭で少し述べたように、僕も定期的に馴染みの歯医者さんのところでチェックをしてもらい、投歯をしている。1年半くらい同じ方にチェックして頂いているのだが、最近「最初に来られたときより、とてもお口の状態が良くなりましたよ」と言われて嬉しい経験をした。歯に挟まりやすいところ、歯の裏側を磨くことの大切さなど、個人の歯磨きでは気づきにくいところについて少しづつ教えてくれたことが、今では懐かしい。現在は「歯の噛み癖がちょっとあるみたいだから、もう少し改善できるよう、ストレッチとかしてみたら?」などと勧められている。自分としてはこのことを、「基本的なところがオッケーになったのだな」と解釈した。チェスも歯も、やはり少しづつ上達するのは楽しいものである。

② 決定打の前に荷を軽くせよ! 「口腔負債は Overloaded Piece」

次に、Overloaded Piece について取り上げよう。これは直訳すれば、「過負荷な駒」である。つまり、駒にとってもう耐えきれないほどの負荷がかかった状況であるということだ。シンプルな具体例を見てみよう。

Overloaded Piece の例

この状況では、☗f7のポーン (緑色の矢印が出発しているマスにいるポーン) がOverloaded Piece となっている。つまり、次に白に1手指されると黒はとても困る状況にあるのだ。その理由について考えてみよう。状況を観察すると、☗f7のポーンは☗e6のビショップと☗g6のナイトの両方を守っていることが分かる (緑色の矢印はその意味)。しかし、白側はその☗e6のビショップと☗g6のナイトをそれぞれ☖d3のビショップと☖e3のルークで攻撃している。そのため、

☖Bxg6!

と白のビショップが黒のナイトを取ると、☗e6にいる黒のビショップが無防備になってしまうのだ。したがって、この局面は白が☗fxg6 ☖Rxe6と進めて☗e6のビショップをただで取れるので、白側が勝利する状況である。

したがって、一瞥しただけでは黒の駒はよく守られているように見えたが、この局面は、黒が早急に何か手を打たなければならない危険な状況だったのである。

歯の世界にも、これとよく似た状況が存在する。それが口腔負債 (こうくうふさい) だ。

口腔負債とは、口の中における環境の悪化が全身の健康に影響を及ぼしており、将来的な医療費の負担増を招きかねない状態のことだ。「口の中における環境の悪化」に、代表例として歯周病を挙げることができるだろう。歯周病とは歯と歯肉の境界にあるヌルヌルした細菌性の歯垢が原因で、歯を支持している組織が破壊されてしまう病気だ。歯の周りにさまざまな炎症が生じるので、それらの症状を総括して歯周病と呼ばれることも多い。ざっくり言ってしまえば、歯周病とは歯の風邪ということだろう。しかし、この風邪は非常に厄介だ。なぜなら、普通の風邪にかかったときに喉が痛くなったり、節々に炎症が起こってしまうように、歯周病は全身の健康に悪影響を及ぼすからだ。例えば、歯周病が糖尿病や動脈硬化のリスクに大きな影響を与えることは、最近ではよく知られて事実になってきている。どうにも恐ろしい話である。

ちなみに、歯周病は紀元前4000年前のエジプトのミイラが生前に罹っていたことが確認されているそうだ。一方、チェスの発祥は、記録が確認されているものは紀元前1500年ほど前である。ただし、実はチェスの発祥は未だミステリーに満ちており、専門家の間でもその起源については見解が分かれているらしい (参考: 日本チェス連盟 > 「チェスの歴史」)。いずれにせよ、チェスと歯周病、「どちらもなんて昔から存在しているんだろう!」と驚くばかりである。

③ 予防は何より負けない近道! 「歯産価値はプロフィラキシス」

ところで、病気に関する言葉に由来する、チェスにおける重要な概念についてお聞きになったことはあるだろうか? それはプロフィラキシス (Prophylaxis) である。 日本語で「予防の手」などと訳されるこの言葉は、その言葉の通り相手にされたら困ることを前もって防ぐ手を指すことや、自分が行いたい指し手を準備する手を意味する用語だ。チェス史においては比較的新しい考え方であり、1920年代以降の現代チェスにおいて欠かせないものとなった概念である。プロフィラキシスの達人といえば、著書 "My System" によって後世に多大な影響を与えたニムゾウィッチ、「鋼鉄」と呼ばれたた防御の達人ペトロシアン、そしてアナコンダのように相手の攻める手を無くし締め上げる怖さで知られたカルポフなどが思いつく

ここでは、その指し回しが「カルポビアン・スタイル」と1つの名詞にまでなっている、カルポフ (12代世界王者!) の実践例から、このプロフィラキシスのイメージを掴んでみよう。

次の図は Karpov vs Yusupov, URS-ch50 Final, 1983 の黒が 25…Rab8 と指してポーンを守ってきた局面である。次のカルポフの1手はなんだろうか?

ヒント: 白にとってされたら困ることは?


正解は…

☖Rc5!!

答え ☖Rc5
この手が大事なプロフィラキシス (予防) の1手

今、相手の黒がしたいことは、☗Na5→☗Nc4とアウトポスト (白の弱点) に黒のナイトを放り込むことである。黒のナイトにc4のマスに入られてしまうと、白は自身にとって優位となっているcファイルが封じ込まれてしまう上に、クイーンやルークの動きまでもが封じ込まれてしまう。それを防ぐために、☖Rc5とし、☗Na5を指せないようにしたのだ。実際この予防の手によって負けにくい格好になり、この後はcファイルを制圧した白が勝利することとなった。


プロフィラキシスは現時点での局面をよく観察し、「こうなったら困る」という手から逆算して自身の次の1手を決める。では、歯の世界にはこの事柄に対応するものがあるだろうか? 僕の答えは、「ある!」だ。それは歯産価値という考え方だ。

歯産価値とは、将来を見据えた中での、今の自分の歯の状態のことだ。「将来を」というキーワードから、この考え方には健康な歯の状態を財産だと捉え、その価値を落とさないように気をつけよう、という気持ちが含まれている。チェスで予防の手が重要だったように、歯産価値を落とさず向上するためには予防がやはり欠かせない。そのためには、忙しい毎日の中で、歯にすこし注意を払う時間が大切だ。例えば、「あなたの歯産価値」というサイトでは15問ほど質問に答えるだけで現在の自分の歯産価値を知ることができる。ちなみに、僕は「だらだら間食をしているとむし歯になるリスクが高くなります。」と怒られてしまった。チョコレート好きが災いしたようだ…。また、デンタルIQチェッカーというこちらのサイトでは、自分が歯に関してどれくらいの知識があるのかをクイズ形式で知ることができる。「いい歯は毎日を元気にプロジェクト」のウェブサイトの中にあるリンクの中で、このサイトが一番おもしろかった。なぜなら、歯に関する意外な事実を知ることができたからだ。(内緒だが、次のurlを開くと、デンタルIQチェッカーのクイズに答えることなく、その解説を読むことができる。忙しい方むけにリンクを貼っておこう: https://bestsmile.jp/dentaliq/images/211021_ishikai_pc.pdf) 
(僕のおすすめは、Q6、Q8、Q12。)

おわりに#

これで、思いついているチェスと歯アナロジーを全部書き出すことができた。やはり、比喩、類似、を言語化することは、時間がかかり頭を使うけれども、凄く楽しい。

最後に1つ、チェスと歯における類似を述べて終わりにしたいと思う。

ルールによって、チェスは駒がとられると、もう二度とその駒が盤上に戻ってくることはない。しかしながら、ここがチェスの大変おもしろいところなのだが、駒が少なくなったゲームにおいてもチェスの魅力は決して損なわれることはない。いや、むしろ駒が少ない方がある種の複雑さが増し、局面の微妙なニュアンスを受け取る感受性の強さが必要になるのではないか、と思うくらいだ。一方で、歯が抜けて少なくなってしまったとしたら、「あのときちゃんとした治療を受けていればな…」と後悔することの方が多いのではないだろうか。

そんなことが頭をよぎりながら思ったことは、次である:

「チェスも歯も、プロフィラキシスでいこう!」


【参考文献 / ウェブサイト】



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