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Design Emergencyを読む

今回読んだのは『Design Emergency』という本です。

この本は、2020年春に著者二人が立ち上げたInstagramアカウントを通じて集められた、Covid-19のような緊急事態に対するデザイナーたちの様々な取り組みと、デザインが取り組むべき重要課題に先進的に挑戦する人々へのインタビューで構成されています。
 著者のパオラ・アントネッリ氏とアリス・ローソーン氏は、このプロジェクト「Design Emergency」を通じて、厄介な問題への多様なアプローチをデザイン文化として取り上げています。そうすることで、この不安定な時代における社会的、政治的、経済的、生態学的に複雑な課題—コロナ禍を含む多くの問題—に立ち向かうデザインの可能性を示そうとしています。
 本書は全7章構成で、第1章から第3章で著者2名によるイントロダクションが示され、厳選された25本のインタビューが「テクノロジー」「社会」「コミュニケーション」「エコロジー」という残りの4つの章に分けられています。この記事では、第1章から第3章の論旨と、各章に登場する人物の簡単な紹介、そしてデザインの可能性を現実のものにするという観点で筆者が重要そうだなと思ったインタビュー内での発言をピックアップしてお伝えします。


第1章 DESIGN EMERGENCY

バックミンスター・フラーが考案した「ジオデシック・ドーム」は、1948年とその翌年に彼が大学で行った夏期講習の課題「自律式ドームの形をした緊急避難所の設計と建設」に基づいていたことが冒頭で言及されます。フラーは、誰でも入手しやすい材料を用いて、様々な地形に適応可能な軽量なドーム型構造体を開発しました。その背景には、戦後アメリカが直面した深刻な住宅不足に対し、緊急避難所と手頃な価格の住宅を提供しようという彼の目標がありました。このように、危機的状況下において、デザインはその時々の課題に対する大胆な解決策として重要な役割を果たしてきたのです。
 同様に、Covid-19の世界的流行は、人々の生活を根本から再設計し、構築し直すことが求められるほどの緊急事態をもたらしました。本書は、このような状況下で未来への希望をつなぐために奮闘したデザイナー、エンジニア、建築家、科学者、経済学者、起業家、アーティストなどの知識、ビジョン、野心に焦点を当てています。
 本書で注目される先駆的な人物たちは、デザインを新たな視点で捉えています。彼らは、産業化時代に見られたような、クライアントや雇用主の指示に従う単なる商業的ツールとしてデザインを扱うのではありません。代わりに、多様な要素を慎重に検討し、野心的な目標を掲げながら、デザインを社会変革の強力な推進力として活用しています(p.11)。
 このような捉え方は、ラースロー・モホリ゠ナジが述べた「デザインは職業ではなく態度である」という考えを体現しています。モホリ゠ナジはデザインを「創意工夫と独創性の姿勢」として捉え、この姿勢によって、あらゆるプロジェクトが個別に孤立したものではなく、個人とコミュニティのニーズとの関係性の中で捉えられるようになると主張しました。著者らは、モホリ゠ナジのこうした言葉(📚)が、デザインを産業化以前の役割に戻しつつ、現代の緊急課題に取り組む上でも有効であることを示していると指摘します。
 本書で取り上げられる課題には、「激化する気候危機、深刻化する難民危機、組織的な人種差別、女性蔑視、トランスフォビア、偏見が生み出す不平等と不寛容の増加、社会正義と社会福祉システムの崩壊、壊滅的な災害、高まるテクノフォビア」(p.12)などが含まれています。
 「Design Emergency」プロジェクトの目的は、これらの課題に積極的に取り組む事例を調査し、明らかにすることで、デザインの可能性を証明することです。その証明によって、デザインがスタイリングの道具であるというクリシェを覆し、様々な局面における意思決定者にデザインの価値を説得することを目指しています(p.13)。
 本書で取り上げられる事例は、「より良い未来を築くための努力の中心にデザインを据えるべき」(p.13)という信念を示しています。これを実現するための重要な第一歩として、デザイン分野の内外で「デザインは複雑な問題に取り組む能力がある」という認識を広める必要があります。そのためには、20世紀のステレオタイプである「あらかじめ定められた要件に従って最適化を図るデザイン」から、「流動的で応答性の高い手段」へと認識を変えていかなければなりません(p.15)。
 また、デザインコミュニティ以外の分野との協働という観点から、これまでデザイン文化で支配的だったシスジェンダーの西洋白人男性に限らず、多様な性別、民族、出身地を代表する才能ある若手デザイナーたちのアイデアにも目をむけることで、デザイン文化そのものをよりオープンで包摂的なものにしていく必要があります。本書は、そのような視点から、多様なインスピレーションに満ちたデザインの探究者たちの物語を編纂しています。


第2章 A HISTORY OF DESIGN EMERGENCIES

この章では、地球上で最も雨の多い場所の一つであるインド北東部メガラヤ州に住むカシの人々が、世代を超えて作り上げた橋を「必要は発明の母」の象徴として取り上げています。この地域はモンスーンが頻発し、しばしば渓谷が氾濫します。カシの人々が作った橋は「生きている根の橋」(Jing kieng jri; living root bridges)と呼ばれ、木の根を絡み合わせながら成長させて作られた吊り橋です。30年ほどかけて育った橋は、一度に50人を支えられるほど頑丈になります。このように、カシの人々は過酷な気候の中でも壊れにくい橋を作ることで、村同士の移動が断たれるという問題を本能的かつ即興的に解決しました。

メガラヤ州のノングリアット村にある生きた根でできた橋。
メガラヤ州の生きている根の橋(Wikimedia Commons

これまでにも多くの危機的状況に対して、無名のデザイナーたちが同様の対応を計画し、実行してきました。こうした危機的状況の中で生まれる絶望感が、デザイナーと周囲の人々を突き動かすのではないでしょうか。同時に、多くのリソースを投入することにも前向きになる可能性が高まります。
 そのためにまず必要なのは、緊急事態であることを正しく認知できるよう、周囲に警鐘を鳴らすことです(p.20)。例えば、1807年にイギリス政府は奴隷貿易を廃止する法律を可決しましたが、奴隷制自体は禁止しなかったため、人々を奴隷として捕らえ、輸送し、売りつける忌まわしい産業は続きました。この悪を暴くため、イギリスの彫刻師ジョン・ホークスワースは奴隷船内の様子を詳細に描写し、大衆に証拠として突きつけました。その結果、激しい大衆の反応を引き起こし、1833年の奴隷制廃止法可決に貢献しました(📚)。このように、「緊急事態におけるデザインの重要な機能の一つは、できるだけ多くの人々に危険や残虐な行為について知らせることです」(p.21)。

奴隷船の設計図と奴隷が詰め込まれた様子を示す図。
Edward Tufte, "Beautiful Evidence"(2006), pp.22-23(🔗

他にも、1854年のロンドンで地図を活用してコレラの感染源となっていたポンプを特定した医師ジョン・スノウ(🔗)や、1850年代のクリミア戦争中にイギリス軍の診療所で看護師として働いていたフローレンス・ナイチンゲールの事例が紹介されています。ナイチンゲールは、戦闘による負傷よりも病棟での感染症による死者数が多いことを、当時アカデミックな分野でしか知られていなかった円グラフを用いて政治家たちに説明し、新たな病院建設資金を獲得しました(🔗)。

クリミア戦争における兵士の死亡原因を示すナイチンゲールの円グラフ。
Notes on matters affecting the health, efficiency, and hospital administration of the British Army : founded chiefly on the experience of the late war / by Florence Nightingale ; presented by request to the Secretary of State for War. Source: Wellcome Collection.

緊急事態であることを警告した次に重要なデザインの役割は、それらを回避する、あるいは影響を最小限に抑えることです(p.24)。その代表例として、14世紀以降に多くの命を奪ったペストへの対応が挙げられます。初期の試みは宗教的な信念や迷信に頼ったもので、お守りやハーブの花束で自らの周りを囲むというものでした。しかし、17世紀になると感染の可能性のある人や物を隔離することが有効だとわかってきました。そうなると、医師たちは自らを守る特徴的な防護服を着用するようになりました(🔗)。この隔離や距離を取るといった方法は様々な形で各地に広がり、感染防止に寄与しました。

ペスト医師の仮装をした人物の版画。
17世紀のローマの疫病医師、ドクター・シュナーベル[くちばし博士]の銅版画(Wikimedia Commons

一方、第一次世界大戦後のインドで流行したスペイン風邪によるパンデミックの際は、マハトマ・ガンジーを支持した若者によるボランティアが食料や毛布を提供し、看護も行いました。これにより医療システムの崩壊を補い、死者数の抑制に貢献しました。この柔軟で効率的な対応のデザインは、世界中の相互扶助プログラムのモデルとなったそうです(🔗)。
 緊急事態が過ぎ去ると、次にデザインが果たすべき役割は、被害を受けた部分の修復と再発防止に努めることです。ジョン・スノウやナイチンゲールが明らかにした社会問題においては、病気が蔓延する要因となる不衛生で過密なスラムに住む人々の健康と福祉を守る必要がありました。その例として、1860年代にパリ北東部の荒廃した土地に造られたビュット・ショーモン公園や、ロンドンの下水システムを改善することでテムズ川の異臭をなくすプロジェクトが挙げられます。また、同時期のロンドンでは、病気の蔓延や犯罪の温床となっていた「ニコル地区」と呼ばれたスラム地域の刷新が開始され、世界初の公営集合住宅であるバウンダリー・ストリート住宅団地が建設されました。
 こうしたデザインによる対応の事例はもちろん賞賛に値しますが、これはあくまで部分的な歴史でしかなく、裕福な国々の一部の人々によって書かれた情報に基づいています。生きている根の橋のようなデザインの功績は、これまであまり多く語られてきませんでした。
 また、ここまでたびたび言及された戦時中にデザインされた新兵器と、それによって負傷した人々のために開発された義足などの補助具のデザインの関係性は、有害なねじれ(p.32)であると指摘されています。より多くの人々の生活に影響を与えたものとしてコンピュータの発展が挙げられますが、これも戦争という危機的状況がなければ生み出されなかったのでしょうか。バウハウスで学んだ建築家フリッツ・エルトルがアウシュビッツ強制収容所のガス室、火葬場、収容小屋をデザインしたこと(📚)は、モダンデザインの文化形成に大きく寄与した発展を否定するのでしょうか。
 デザインが誤って使用された場合の影響力について、私たちは教訓を知っておくべきです。オランダの建築家、ヤン・ウィレム・ペテルセン氏は、アフガニスタン南部のウルズガン州で復興プログラムを実施し、2006年から2010年の間に橋や工場、病院、モスク、刑務所、道路、学校、空港の建設に携わりました。しかし、2015年に経過観察としてインフラを視察すると、プロジェクトのわずか20%しか有用な役割を果たしておらず、30%が深刻な状況、そして50%がほぼ機能していないことがわかりました。特に道路に関しては、舗装されていない道に慣れていた地元の人々が、軍事用に設計されたアスファルト道路で速度違反を起こし、事故が多発していました。それに恐怖を感じた地元の人々は、交通を遅らせるために即席の減速帯を設置し、道路を破壊したそうです(🔗)。
 このような判断ミスを避けるためには、ユーザーの暮らしや振る舞い、ニーズをきちんと理解する必要があります。そして、そのニーズに基づいてデザインを実行し、正しく機能するよう常に意識を向けることが大切です。

荒涼とした砂漠地帯にポツンとある学校の建物と兵士。
サジャウル村の郊外にある新しい学校。復興プログラムの視察時点ではまだ建設中。(🔗

第3章 DESIGN IN THE TIME OF COVID-19

この章では、2020年初頭から世界中に拡大したパンデミックの時代に生み出されたデザインについて語られています。
 最も初期の段階で、Covid-19ウイルスのイメージは、メディカルイラストレーターのアリサ・エッカート氏とダン・ヒギンス氏によって可視化されました。その後、事態の深刻さを警告するコミュニケーションは、恐怖を煽るものから遊び心あるものまで様々でした。中でもニュージーランドのキャンペーンは、デザインの質の高さに加え、「団結」のメッセージを伝え、市民の相互ケアを促すものでした。

COVID-19対策に関する4つの注意喚起:「咳やくしゃみは肘に」「手を洗って乾かす」「高齢者や弱者に優しく」「体調が悪い時は家に留まる」
オーストラリアとニュージランドを拠点とする広告代理店 Clemenger BBDO制作のキャンペーン「Unite Against COVID-19」(🔗

人々が状況を理解し、行動の指針としたのは、簡潔で分かりやすいデータビジュアライゼーションでした。様々な表現がある中で、ニューヨーク・タイムズとジョン・ホプキンス大学が作成したダッシュボードや図表は、明快さで信頼を得ていました。一方、イタリア人デザイナーのジョルジア・ルピ氏は、希望を与える前向きなデータセットを探し、コロナ禍のデータをCovid-19時代の風景のスナップショットに重ね合わせる「Happy Data」プロジェクトを展開しました。

COVID-19に関する世界的な感染者数、死亡者数、ワクチン接種回数を示すダッシュボード。
ニューヨーク・タイムズとジョン・ホプキンス大学が作成したダッシュボード(🔗
データとイラストで世界を希望的に捉えた「happy data」のウェブページ。
「Happy Data」プロジェクトのウェブサイト(🔗

感染への恐怖は瞬く間に人々の行動に影響を及ぼしました。肘でタッチをしたり、腕の中で咳やくしゃみをしたり、頻繁に手洗いをしたりといった行動様式は、公共空間での標準的な振る舞いとしてすぐに定着しました。2メートルの間隔を保つソーシャルディスタンスについては、交互に席に座る巨大なテディベアや、中国古代王朝の宮廷人が噂話を禁止するために着用した被り物にインスピレーションを受けた帽子、距離を置いて区切られたホームレスの人々向けの駐車場スペースなど、至る所に広がっていきました。

カフェのテラス席で巨大なテディベアが人々と一緒に座っている様子。
パリのとあるカフェの様子(🔗
杭州市の小学生たちが手作りの「1メートル帽子」をかぶって、新学期初日を迎えている様子。
中国のとある小学校の様子(🔗

ただし、このソーシャルディスタンスの恩恵を受けたのは一部の裕福な市民だけであったことが指摘されています。最前線で対応するエッセンシャル・ワーカーやその他の労働者にとっては、手の届かない贅沢でした(p.47)。裕福な人々がリモートワークをし、広々とした田舎の家に避難して隔離を実行できたことは、特権に基づくものであり、そこには確かに不均衡があったことも事実です。
 都市空間では、多くの市民が自転車を主な交通手段として利用するようになり、高級レストランでさえストリートフードを展開するなど、法律や規制に沿って街の使い方が一変しました(🔗)。
 ワクチンに関しては、配給インフラから接種啓発のキャンペーン、接種センター、ワクチンパスポートまで、あらゆる段階でデザインがグローバルシステムと絡み合っています。同時に、その絡まり合いには地政学的な影響力も関係しています。ファイザーやモデルナのワクチンの保管には超低温冷凍庫が必要でしたが、シノバックやアストラゼネカのワクチンは標準的な冷蔵庫で保管できたため、インフラ整備の状況によって配布できるワクチンが国ごとに異なりました。
 この章を担当したアントネッリ氏は「結論はない」と締めくくっています(p.52)。生活のあらゆる側面を変えてしまうほどのパンデミックの大変動を、今後デザインは、ポジティブな方向に導く役割を果たすでしょう。発展したオンライン技術は、遠隔治療やメタバース空間の構築を後押しするでしょう。しかし、仕事とプライベートの境界が曖昧になったことで、それまで神格化されてきた”仕事”の本質そのものを疑問視し、「寝そべり族」のような運動が広がるきっかけを作ったとも考えられます(p.53)。
 このCovid-19という緊急事態を乗り越えて強化されたデザイナーは、現在進行形の他の大惨事—気候変動や難民危機、人権侵害などの難問—に取り組む方法や、社会福祉システムの強化にも影響を与えるでしょう。ただし、共通善と個人の自由が相反する価値観であるという認識を払拭したり、不平等を深刻化させないよう介入の度合いに慎重になるなど、注意すべき点も多くあります。
 そのような厄介な問題を分析し、攻略の糸口を提案し、解決策のプロトタイプを作るというデザインの本質的な能力から、社会発展のための新たなツールは生み出される可能性があります。複雑性が重要なポイントであり、このパンデミックを通じて、デザインはそれを乗り越える能力があることを証明しました。ウイルスは私たちと共に存在し続けますが、この経験から学んだ教訓もまた残っていくことが期待されます(p.54)。


4章 TECHNOLOGY

ケイト・クロフォード(Kate Crawford) → Artificial Intelligence

人工知能(AI)の社会的・政治的影響に関する研究の第一人者。(🌐
20年以上にわたり、大規模データシステム、機械学習、AIの歴史、政治、労働、環境への影響を研究している。
現在、USC Annenbergの研究教授、Microsoft Research NYCの上級主任研究員、シドニー大学の名誉教授を務める。
国連、FTC、欧州議会、オーストラリア人権委員会、ホワイトハウスなどの政策立案者にアドバイスを行う。
近著『Atlas of AI』は、AIの力、政治、地球規模のコストについて論じており、高い評価を受けている。

「AIは私たちにとって脅威なのか?」と問うとき、「私たち」とは誰のことでしょうか?・・・超知能(スーパーインテリジェンス)説について私を悩ませるもう一つの点は、それが本質的に未来志向だということです。現在顕在化しつつある害悪に目が向けられておらず、過去を綿密に検証することもされていません。

p.59

AIは工学と同じくらい政治とも深く関わっているということがますます明確になってきました。これらのシステムには、アイデンティティ、社会、そして何を価値あるものとすべきかについての暗黙の考えが染み込んでいます。したがって、AIをどのように設計すべきかという議論は公共の問題です。

p.61

ほとんどの人々はこれらの[ガーナやパキスタンのような場所の電子廃棄物処理場に辿り着く消費者向けAI]デバイスを捨てるまでにたった2、3年しか使用しません。地質学的な時間スケールから見ると、私たちは一瞬の技術的時間のために地球の地質学的歴史を抽出しているです。

p.65
ネバダ州の乾燥地帯にある鉱業用蒸発池の空撮写真。
『Atlas of AI』の目的の一つは、人工知能が作られる風景を俯瞰して伝えることであった。それは、米国最大のリチウム鉱山の一つであるネバダ州シルバーピークや、NSA(米国家安全保障局)が運営する最大のデータセンター、Amazonのフルフィルメントセンターまで。(©︎ Doc Searls, 🔗

フェデリカ・フラガパーネ(Federica Fragapane) → Data Visualization

フリーランスの情報デザイナー。(🌐
ミラノ工科大学でコミュニケーションデザインを学び、Paolo Ciuccarelliが創設したデータビジュアライゼーションと情報デザインに特化したDensityDesign Labに所属。大学卒業後、ミラノを拠点とするビジュアライゼーションデザインスタジオ、Accuratでキャリアをスタートした後、フリーランスとしての活動を開始する。
これまでGoogle、国連、欧州委員会出版局、BBC Science Focus誌などのデータ微ジュアライゼーションを担当。2023年には、三つのプロジェクトがMoMAの永久収蔵コレクションに選定された。

2015年から2019年にかけてブラジル各州で環境保護活動家の死亡割合と人数を示す図。
Land Defender:2021年の Atmos誌のエッセイ「Paid in Blood」に使われたデータビジュアライゼーション。 2015年から2019年までのブラジルの各州における環境擁護者の死亡の平均的な割合と数、暴力のパターン、そしてジャイール・ボルソナロが大統領になった2018年から2020年までのブラジル領土における森林破壊率を示している。(🔗
トリポリで逮捕され、脱獄後に危険を感じてリビアを脱出した18歳の若者の逃避行を示す地図。
The Stories Behind a Line:6人の亡命希望者が2016年にイタリアにたどり着くまでに辿った経路を視覚的に語ったもので、それがいかに危険で、いかに大きな決断だったかを示す。(🔗
COVID-19対応における移民労働者の貢献を示す、インタラクティブなストーリーマップの開始画面。
Key workers:医療などの分野でCOVID-19に対応した移民の人々による貢献を、世界中の改革、新たなイニシアチブ、キャンペーンの例をもとに可視化。各ドットは、改革、新たなイニシアチブ、またはキャンペーンを、大きな枝は、医療から農業までの各セクターを、小さな枝は、国家レベルから地方レベルまでの行動レベルを、それぞれのツリーは、該当する地域を表している。(🔗

データの可視化における真実とは、その背後に人間の介入があることを認める透明性と誠実さに関係しています・・・何を表現しているのか、なぜ特定のデータを表現し、他のデータは表現しないのかを明確にすることが重要・・・真実は、それを宣言することにあります。

p.76

ロヤ・マハブーブ(Roya Mahboob) → Empowerment

アフガニスタン出身の起業家。(👤
ヘラート州に拠点を置く Afghan Citadel Softwareを2010年に創業し、アフガニスタンで初めての女性IT起業家となった。その後2012年に、アフガニスタンの女性の技術及び金融リテラシー向上を目的としたNPO、Digital Citizen Fundを設立し、その活動を通じて Afghan Girls Robotics Team、通称アフガン・ドリーマーズを立ち上げた。2013年には Time誌が選ぶ世界で最も影響力のある100人に選出された。(🔗

私は本当に彼女たちのことを誇りに思います。とても若く、2020年にプロジェクトが始まった時、最年少は14歳で、最年長は17歳でしたが、彼女たちには勇気がありました。彼女たちは言いました、「これが私たちにできること、私たちの能力です。今、私たちは医師や看護師を助け、政府や地域社会を助けなければなりません」、そうして彼女たちは動き出しました。モーターがなく、十分な資源がないと伝えたとき、彼女たちは地元の市場を探し回り、オートバイからギアを見つけると言いました。

pp.80-82
アフガニスタンの女子生徒たちが、医療機器を組み立てている様子。
アフガン・ドリーマーズ:アフガニスタンで普及していたトヨタ カローラのワイパーやギアボックス、モーターなども再利用しながらプロトタイプを製作していた。(🔗

このインタビューは2020年6月に実施され、(タリバン政権による)イスラム首長国アフガニスタン樹立前の2021年8月に更新されたものです。新政権誕生以降、アフガン・ドリーマーズのメンバーの一部は国を離れ、また、アフガニスタンの女性と少女の権利や教育機会には厳しい制限が課されるようになっています。

p.77

エルシリア・ヴァウド(Ersilia Vaudo) → Space Travel

イタリア人宇宙物理学者。(👤
1991年から欧州宇宙機関(European Space Agency, ESA)で働いており、現在は多様性推進の責任者を務めている。4年間、ESAのワシントン事務所に勤務し、NASAや米国の関係者との連携を確保する役割を担い、Women in Aerospace USAの理事会メンバーも務めた。(🔗

私たちは単に新しい足跡を残すためだけに[宇宙へ]行くのではありません。滞在方法とそれを協力的に実行する術を学ぶために行くのです。なぜなら宇宙では、決して一人でできることはないからです。ソフトパワー外交を実践し、自らの競争力で貢献する必要があります。

p.88

私の役目は、宇宙が単に植民地化や技術の進歩だけでなく、何よりも遠くから自分たちを見つめる方法であるという新しい物語を作り上げることです。・・・[それは]私たちより大きな何かに属しているということを経験する方法なのです。

p.93

アダム・ブライ(Adam Bly) → Systems

世界のデータと知識を体系的にまとめるアプローチを開発するパブリック・ベネフィット・コーポレーション(🔗)、Systemの創設者兼CEO。(🌐
前職では Spotifyのデータ部門を統括、それ以前にはデータ分析企業、Seed Scientificを創設し、CEOを務めた。同社は後にSpotifyに買収される
国連、MIT、アルス・エレクトロニカ、MoMA、全米科学アカデミー、世界経済フォーラム(WEF)など、様々な場所で社会におけるデータと科学の役割について広範に講演を行っている。
また、科学リテラシーの普及に深くコミットし、全米雑誌賞にノミネートされた科学雑誌 Seedの創刊や、ニューヨーク近代美術館で開かれた展覧会「Design and the Elastic Mind」の共同企画、高校生以下を対象とする世界最大の科学コンテストを主催する Society for Scienceの理事などに携わってきた。

Systemは、データと知識のための新しいアーキテクチャを導入します。これはオープンかつ参加型で、世界中の人々にあらゆるトピックをシステムとして見ることを促します。このアプローチは、トピックを全体的に理解する手助けをします。情報アーキテクチャへの新しいアプローチであり、何世紀にもわたって私たちが情報—そして私たち自身—を構造化する際に支配的だったサイロではなく、システムに根ざしてデータを組織化します。

p.97
システム間の関係性を探索するためのインタラクティブな検索ページの画面。
system.comでは、トピックを検索し、そのトピックが属するシステムを収集して、関連する他のトピックや、それが影響を与えるトピックを俯瞰して見ることができる。

セへト・カハーニ(Sehat Kahani) → Telemedicine

二人の女性医師 Dr. サラ・クーラム(現CEO)と Dr. イファ・ザファル(現COO; Chief Operations Officer)が、2017年に立ち上げた女性主導の企業。(🌐
医師が自宅から郊外に住む患者をオンライン診療できる遠隔医療サービスや、企業向けヘルスケアソリューションなどを提供する。2021年には国連組織等が主催する WE(women entrepreneurs) Empower UN SDG Challengeの受賞者に選出された
パキスタンでは、人口の約60%が医療へのアクセスが困難な状況にあり、代わりに無資格の医師や信仰療法士に頼らざるを得ないという問題がある。また、女性医師は医療従事者全体の60〜70パーセントを占めている一方で、そのおよそ半数が結婚や出産を機に仕事を辞めるドクターブライド現象も存在する(より良い結婚相手を見つける条件として医師になることが親に望まれたり、家父長制的な社会の影響も大きいとされている)。そのような課題を乗り越えるために、政府とも協働しながらパキスタン全土で事業を展開し、医療アクセスの問題に取り組んでいる。

クリニックでオンライン診療を行っている女性医師と患者の様子。
セヘト・カハーニは、アプリやビデオ会議を使用して、特に女性のために、パキスタン全土での医療へのアクセス改善を目指している。(🔗

国内でのテクノロジー導入は非常に遅れていたか、あるいは私たちが期待していた水準に達しておらず、人々が本当にテクノロジーの力、そして遠隔医療の力を信じるようになるには、さらに3〜4年かかるだろうと考えていました。しかし、コロナによってパキスタンの人々はその価値を理解するようになり、遠隔医療が医療の未来であるということについて、政府や関係者と非常に対話しやすくなりました。

pp.111-112

5章 SOCIETY

シュー・ティェンティェン(徐甜甜;Xu Tiantian) → Architectural Acupuncture

中国を拠点に、主に郊外の活性化に力を入れる建築家。(🌐
北京の清華大学で建築学の学士号を、ハーバード大学院デザイン研究科で都市デザインの建築修士号を取得。アメリカとオランダのいくつかの設計事務所で働いた後、建築事務所 DnA_Design and Architectureを設立し、代表を務める。2006年にはWA中国建築賞を、2008年にはニューヨーク建築連盟から若手建築家賞を受賞した。
彼女が先駆的に提唱した「建築的な鍼治療(Architectural Acupuncture)」は、中国の農村部の社会的・経済的再生を目指す総合的なアプローチであり、国連ハビタット(都市化と居住の問題に取り組む国連機関)によって都市・農村連携の模範事例として選ばれている。

砂糖工場で作業中の人々が、蒸気に包まれた作業場で働いている様子。
黒糖工場とコミュニティセンター: 2016年に建設されたこの施設は、サトウキビ栽培と黒糖生産で知られるシン(Xing)という村にある。メインルームは10月から12月までの間、砂糖生産に使用され、残りの9ヶ月間はコミュニティ活動のために利用される。(© Wang Ziling, 🔗

いずれ私たちの分野に変革が起こると考えています。素材、空間、美しさが無視されることはありませんが、これらが建築の中核的価値になることもないでしょう。・・・文化的、社会的、経済的要因を建築の美しさと統合するとき、新しい種類の癒しの治療が生まれます。

p.124
竹林の中に設置された劇場で、観客が少数座り、伝統的な衣装を着た役者が演技している様子。
竹の劇場: 2015年に建設されたこの劇場は、さまざまな種類のパフォーマンスのための印象的な舞台。中国の麗水市にある村、ヘンコン(Hengkeng)の豊富な地元資源を使って作られた。成長し続けるドーム型の構造は、定期的なメンテナンスをほとんど必要とせず、古い竹が取り除かれると、若い竹の芽が既存の構造に編み込まれていく。(© Ziling Wang, 🔗

クンレ・アデイェミ(Kunlé Adeyemi) → Cities

ナイジェリア人建築家、デザイナー、開発研究者。(🌐
OMA(Office for Metropolitan Architecture)での経験を経て、2010年にアムステルダムで建築設計事務所 NLÉを創設、主宰を務めている。
2011年から始めたプロジェクト「Makoko Floating School」は、ナイジェリアのラゴス湖上に建設された革新的な浮遊構造物で、「Makoko Floating System(MFSTM)」として発展し、3大陸5カ国で展開されている。2016年には、ヴェネツィア・ビエンナーレで銀獅子賞を受賞した。
主に発展途上国の都市開発に焦点を当て、急速な都市化と気候変動の交差点を探求している。2007年、プリンストン大学で研究した成果として、急速な都市化と市場経済が発展途上国の都市にどのような影響を与えているかを探求し、批評的に考察することで「Urban Crawl」という概念を提唱。2014年、MoMAの展覧会「Uneven Growth」に参加した際は、ボトムアップの物質文化が伝統的なトップダウンのデザイン概念を先導し、補完するポストコロニアル都市のアイデアを発表した。

水上に浮かぶ家々が広がるマココ村の空撮写真。
2012年、ナイジェリアのラゴスで、海水湖の上に広がるスラム街の子どもたち向けに「マココ・フローティング・スクール」が建設され始めた。3年がかりで完成し、2015年11月に正式に開校した約半年後に豪雨のために倒壊した。しかし、これは計画されたプロトタイプであったと報告されている。(© NLÉ, Iwan Baan, George Osodi, 🔗

通常、建築家はどんな問題に対しても、まずデザインによる解決を考えるよう訓練されます。しかし、私たちは実際に開発を推進する7つの要因—人口動態、経済、社会政治、インフラ、形態、環境、資源—を通じて、状況や要件を分析したいと考えています。・・・デザインは、これらの複雑な力学を建築形態にまとめ上げ、プログラムを理解するための単なるツールに過ぎません。

p.127

イルゼ・クロフォード(Ilse Crawford) → Comfort

ロンドン生まれのインテリアデザイナーおよびプロダクトデザイナー。(🌐
27歳で Elle Decorationの創刊編集長に就任し、インテリアデザインの分野に革新をもたらした。2003年に自身のデザイン事務所 Studioilseを設立、高級ホテルや航空会社ラウンジなど、様々な商業空間のデザインを手がけてきた。2015年以降のIKEAとのコラボレーションで発表されたコルクを使用した家具や、竹を手編みしたランプは、サステナブルなコレクションに位置付けられる。
オランダのデザイン・アカデミー・アイントホーフェンでは「Man and Well-Being」コースを創設し、2019年までの20年間教鞭を取った
「人々が居心地良く感じられる空間づくり」をモットーに、機能性と美しさを両立させ、日常生活に根ざしたデザインを重視する。高級空間や商業デザインに限らず、社会福祉施設など幅広い分野でデザインを通じて貢献している。
NPO団体 Food for Soulが運営するコミュニティキッチン「Refettorio Felix」や、児童向けのメンタルヘルスケア施設「Anna Freud Centre」などの公共デザインが評価され、2021年にロンドン・デザイン・メダル賞を受賞した。

私たちは特殊な時代を生きてきました・・・企業の投資家たちは近代建築の言葉を、自分たちが進歩的であることを示すシンボルとして利用していたのです。

p.137
コルクを使ったテーブルとスツールが並ぶ、植物で装飾された落ち着いた室内の風景。
Sinnerlig Collection:コルクは、コルク樫から剥いだ樹皮で、コルク樫が成木となる樹齢20年から寿命となる樹齢200~300年までの間、伐採することなく9年周期で再生される(🔗)。(🔗

快適さは、私たち全員を結びつけることができるものです。この快適さが、私たちが作るシステム、空間、そしてモノの中心にあり、それらがどのように作られるかにも反映されているのなら、それらはより愛され、使われ、長続きする可能性が高くなります。

p.140
大きな窓と丸い照明が特徴の、植物に囲まれた広々とした室内のダイニングスペース。
Refettorio Felixでは、ホームレスや社会的に孤立した人々のために食事が提供される。以前はテイクアウト式だったが、温かい食事をテーブルに座って食べられるようにすることで、人々はお互いに会話するようになった。

私たち全員が求めているのは尊厳です。人間として扱われることは、いわゆるデザインの機能的な側面を与えられることと同じくらい重要なのです。この二つは一体であり、それが私たちを結びつけます。

p.142

マイケル・マーフィー(Michael Murphy) → Health Care

ボストンを拠点とする非営利団体 MASS Design Groupの共同設立者。(🌐
2007年にポール・ファーマー博士からルワンダのブタロ地区病院の設計依頼を受けたことをきっかけに、同団体を創設。2022年まで、組織の代表兼エグゼクティブディレクターを務めた。任期中、MASSはハーバード・デザイン大学院の少人数の同級生グループから、世界十数カ国で設計・建設プロジェクトを手がける数百人規模の組織へと成長した。
代表的なプロジェクトには、ルワンダのブタロ地区病院アラバマ州モンゴメリーの平和と正義のための記念碑ボストン・コモンのエンブレイス記念碑などがある。この成功の重要な要素として、非営利団体としての地位を最大限に活用し、志を同じくする慈善家からの寄付を確保し、その支援を活用して通常では実現困難なプロジェクトの種を蒔くことができたことが挙げられる。また、自身は公共モニュメント、修復的正義(🔗)における建築の役割、そして故郷のポキプシー(ニューヨーク州)に影響を受け、アメリカにおける縮小する「周縁」都市の探求など、重要な研究プロジェクトにも優先的に取り組んできた。
英国王立建築家協会(RIBA)の国際フェローに選出され、エマーソン・コレクティブ、アスペン研究所、サンタフェ・アート研究所、クリントン・グローバル・イニシアチブなどで、フェローシップやアドバイザリーの役割を務めてきた。また、ハーバード大学、ミシガン大学、コロンビア大学、コーネル大学などで教鞭を取ってきており、現在はジョージア工科大学のトーマス・ヴェンチュレット建築学科長を務める。

建築上のあらゆる決定は、私たちがそれを認識するかどうかに関わらず、社会的・政治的な影響を持っています。空間の世界は私たちの日常生活に影響を与え、健康的な生活を送る能力に影響を与え、環境に影響を与え、コミュニティに影響を与えます。レンガやコンクリートといった材料の単純な選択でさえ、労働や環境に影響を及ぼします。デザインの決定に中立性はありません。私たちは常にコミュニティに最も良い影響を与えることを目指して、倫理的な枠組みを構築しなければなりません。

p.145
青と白のパターンが特徴的な建物の前で、スタッフが椅子を運んでいる医療施設の様子。
2010年、ハイチでコレラが流行した際、緊急用の仮説テントは気候管理や衛生管理が難しいことが判明。研究センター GHESKIOは、MASS Design Groupに対し、100名の患者を受け入れ可能な設備を整え、国のインフラに接続された恒久的な治療センターを設計するよう依頼した。(© Iwan Baan, 🔗

この緊急事態の成果として、驚くべき空間認識が確かに生まれました。デザイナーがそれを観察し、研究し、その領域内で働くことは、当時も今も、我々がアライとして持つべき機会の一つだと考えられます。日常の人々がどんなデザインハックを行っているかを知るだけでなく、・・・より困難なシステムレベルの変更が必要な時に彼らをサポートすることも重要です。

p.147

優れたデザインは、人々の当然の権利だと信じています。私たちには単なる住宅だけでなく、ニーズに応える目的を持った住宅を得る権利・・・病状を悪化させないヘルスケア空間を得る権利・・・コミュニティのニーズに応える公共空間—私たちを妨げたり傷つけたりしない空間—を得る権利があります。・・・この権利のために声を上げ、行動を起こすことができます。そして、デザインと空間に関わる専門分野は、人権の本質的な実現と人間の尊厳の根本的な提供において果たす役割を、改めて示していく必要があります。

p.152
天井から吊り下げられた多数の銘板が並ぶ、平和と正義のための国立記念碑の内部。
The National Memorial for Peace and Justice, Montgomery, Alabama, USA(© Alan Karchmer)

ピーター・バーバー(Peter Barber) → Housing

ロンドン内外の公共住宅を多数手がけてきたイギリス人建築家。(🌐
建築家リチャード・ロジャースウィル・オルソップジャスティコ・アンド・ホワイルズのもとで働いた後、1989年に自身の設計事務所を設立。現在は、ウェストミンスター大学で建築学の講師および準教授を務める。また、政府から招聘され、建築環境の専門家チームとともに「より良い公共空間のためのデザイン」についての議論を推進している。
2015年にはロイヤル・アカデミー建築グランプリを受賞、さらに多数の RIBA賞(英国王立建築家協会賞)や住宅デザイン賞を獲得している。2021年には、建築への貢献によりエリザベス女王から大英帝国勲章(OBE)を授与され、また同年には AJ100専門職貢献賞RIBAニーヴ・ブラウン住宅賞も受賞した。2019年には、ロンドン・デザイン・ミュージアムで「100 Mile City and Other Stories」と題した大規模な回顧展が開催された。(🔗

レンガ造りの建物が並ぶ中庭の風景。色とりどりのドアが特徴的な住宅施設。
ホームズ・ロード・スタジオ: ホームレスだった人々が再び自立して生活するための課題に立ち向かう準備をするための住宅。中庭の庭園がケア、落ち着き、プライバシーを提供する。(🔗
白い立方体の建物が並ぶ住宅地の空撮写真。
ドニーブルック: 高密度の住宅ながら、50戸全ての部屋ごとに「私有の屋外空間」「街路に面した玄関口」を設けたいというニーズに応えた。(🔗

現在私たちが直面している自由放任主義(laissez-faire capitalism)は非常に強力です。私たちが主導権を握らない限り、最悪の事態は勝手に解決されることはありません。市場が住宅危機を解決することは決してないでしょう。私たちは、望ましい文化、経済、社会、人々との関係性、そして都市や住宅のあり方を計画的に作り上げていく必要があります。

pp.160-161

エヤル・ワイツマン(Eyal Weizman) → Justice

イスラエル出身のイギリス人建築家。(🌐
1998年にロンドンの建築協会(Architectural Association, AA)を卒業後、パレスチナで人権報告書の作成に取り組み、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸の違法な入植地を批判した。AAでの教育期間に設けられる1年間の休暇中にパレスチナで過ごした際、テルアビブでのデモに参加し、そこでイスラエルのイツハク・ラビン首相が暗殺される現場に居合わせた。「のちにそれがパレスチナ人を追い込むための罠だったことを理解した。また、パレスチナの Ministry of Planningでボランティアをする中で、イスラエルの公共図書館から、パレスチナ人には入手不可能となっていた入植計画図や地図、航空写真を入手することが役目であると考えるようになった」と話している。
2010年にロンドン大学ゴールドスミスカレッジを拠点にフォレンジック・アーキテクチャーを設立し、活動を続けている。この研究機関は、建築家、アーティスト、デザイナー、ジャーナリスト、弁護士、プログラマー、科学者、その他の専門家から成る学際的なチームを編成し、拡大し続ける生態系および企業犯罪、権力の乱用、人権侵害に関する調査を行い、真実を暴き出し、世界中の法的訴訟や政府の政策レビューに証拠を提供する。
Forensic Architectureの「Forensic」とは科学捜査や法医学を意味する言葉だが、それを国家警察やFBIの道具としてではなく、逆に警察の責任を追及するために用い、国家の暴力の犠牲者の側に立つカウンター・フォレンジックとして位置付けられている。

ベイルート港で発生した大規模な爆発の瞬間を捉えた写真。
エジプトのニュースプラットフォームMada Masの依頼を受け、2020年8月4日にベイルート港で発生し、200人以上が死亡し、都市の大部分が破壊された爆発事故を調査するために、ビデオ、写真、その他のオープンソース情報を分析した。(🔗

アラブの春として知られる一連の革命と内戦が2011年頃に始まり、そのときスマートフォンが紛争地帯に持ち込まれました。・・・人々は自らの言葉で、自らの視点から、そして暴力を経験している本人の視点から物語を語れるようになりました。

p.164

気候変動の大惨事、人種的正義の問題、経済問題、ジェンダー問題を総合的に考え、Covid-19のパンデミックを経て、私たちには世界を根本的に異なる方法で再構築するチャンスがあると理解すべきです。私たちは絶対に優先順位を変える必要があります[例えば米国では警察活動に膨大な投資がされている一方で、社会福祉にはほとんど投資がされていない等]。

p.171
破損した車両の3Dモデル。周囲にはワイヤーフレームが描かれ、損傷箇所が強調されている。
2024年1月にガザで6歳のヒンド・ラジャブと彼女の家族、そして救助に向かった救急隊員が殺害された事件について、イスラエル軍の位置や射撃の詳細について音響分析などを駆使し、事件の真相と責任所在を明らかにすることを目指す調査プロジェクトを行った。(🔗

フランチェスカ・コローニ(Francesca Coloni) → Refugee Crisis

イタリア人エンジニア。(👤
国境なき医師団、国際赤十字赤新月社連盟、そして2012年からは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で、難民キャンプ、居住地区、その他緊急に必要とされる資源のデザインに尽力。ハイチ、イラク、コートジボワール、キルギスタン、リベリア、ミャンマー、チュニジア、ジンバブエなどの地域の危機に対するデザインの最前線で活動してきた。現在はUNCHRの Resilience and Solutions局の技術支援セクション長として、これらの問題に戦略的に取り組んでいる。

ウガンダのナキヴァレ難民居住地は、50年以上前にキャンプとして始まったが、現在では近隣からの難民を受け入れている。都市計画のアプローチを用いた町のリデザイン進行中。(🔗

私たちのデザインは可能な限り柔軟であるべきで、万能の解決策は存在しないということを常に覚えておく必要があります。・・・私たちにとって、自らの仕事の受益者と相談し、彼ら/彼女らの声を聞くことは常に最重要項目です。なぜなら、最も大事なルールは、柔軟でユーザー中心であることだからです。

p.181
6月、ヨーロッパへの渡航を試みる147人の移民を救助するリビア沿岸警備隊員。
多くの難民がUNHCRのキャンプに到着する頃には、恐ろしい旅のトラウマを経験している。2017年6月27日、リビアからイタリアへの地中海横断を試みた際にリビアの沿岸警備隊に救助された人々のように。(🔗; 🔗

ヒラリー・コタム(Hilary Cottam) → Social Systems

イギリスの先駆的なソーシャル・デザイナー。(🌐
社会科学者としてキャリアをスタートし、1980年代後半は北エチオピアで飢餓救済活動を支援、その後、ドミニカ共和国でケア・インターナショナルのコミュニティプロジェクトに携わり、1990年代には博士研究の一環としてラ・シエナガのスラム街に長期滞在した。1990年代半ばには世界銀行で働き、南アフリカの都市貧困問題を担当した。
1998年にイギリスに戻り、長期失業から高齢者介護まで、複雑な社会的・政治的問題に対してデザインを適用する実践的な実験を、20年以上にわたって実行してきた。その実験をもとに従来の福祉国家の概念を根本から見直し、現代の課題に対応した新しい社会支援のあり方を提案する、野心的かつ実践的な内容の『Radical Help』を2019年に刊行。同年、福祉国家への貢献を評価され、大英帝国勲章(OBE)を授与した。現在、貧困問題について研究するジョセフ・ラウントリー財団の理事を務めている。

私たちには構造的な変化が必要で、それはデザインと努力によって起こります。まず、歴史的に見ると、深い社会的移行を可能にするためには常に四つのアクターの集団が必要とされました。第一は「有機的知識人(大学にいる人々に限らず、実践に接続した大きなアイデアを持った人々)」が、可能なことは何か、と語り始めます。第二に、労働組合や社会運動などの「組織化された市民社会(Civil Society)」です(BLMなどが重要な例)。第三に、「新たな実業家」が事前的な理由ではなく、経済的な理由でビジネスモデルを変えなければ自分たちも成長できないと理解することです。第四は「国家」です。国家が進むべき方針として投資しなければ、システムを変革することは非常に困難になります。

pp.190-191

6章 COMMUNICATION

イルマ・ブーム(Irma Boom) → Books

オランダ人グラフィックデザイナー。主にブックデザインを手掛ける。(🌐
AKI Academy of Art & Designを卒業後、学生時代にインターンをしていたオランダ政府出版印刷局でキャリアをスタートする。1991年には自身のスタジオ、Irma Boom Officeを設立。1992年にイェール大学の教員に任命され、現在はグラフィックデザイン科のシニア・クリティークを務めている。
代表作には、5年がかりで製作された、ユトレヒトの SHVホールディングスの100周年記念誌『SHV Think Book 1996-1896』の、2,136ページに及ぶ編集とデザインがある。
これまでに手がけてきた書籍は、数多くの賞を受けている。特に、権威あるグーテンベルグ賞を全作品に対して受賞した最年少の受賞者となった。また、彼女の作品はMoMAシカゴ美術館アムステルダム大学の永久収蔵コレクションとなっている。(日本語参考🔗

シーラ・ヒックスの名前が大きく印刷された、グレーの表紙の書籍。
テキスタイルアーティスト、シェイラ・ヒックスの作品集『Weaving as Metaphor』:シェイラ・ヒックス本人に教わった言葉「テキスタイルは耳(織り端)が大事」を本の小口から感じられるような設計になっている。(解説🔗日本語参考🔗
Irma Boomが手に持っている赤いミニサイズの本をめくっている様子。
イルマ・ブームの作品集:1986年から2010年までの最初の作品集は小さく、毎年3%ずつ大きくなっていけば良いと考えて始められた「Book Manifest」シリーズ。第一弾は700ページ、その次は800ページ、最新の第三弾は1,000ページになった。(解説🔗日本語参考🔗

本の面白いところは、インターネットと同じように情報を共有するけれども、その情報が固定されていることです。変更不可能であり、それが本を特別なものにしています。・・・凍結されているからこそ、その内容が未来への参照となり、過去よりも現在においてより重要な、あるいはより明確な役割を果たしているのかもしれません。

pp.198-199

新しい印刷業者と仕事をするたびに、私は彼ら/彼女らの年齢を尋ねます。なぜなら、彼ら/彼女らが私より若いことを願っているから。そうでなければ、私の本を印刷してくれる人がいなくなってしまうかもしれません。

p.205

フォルマファンタズマ(Formafantasma) → Design Activism

イタリア人デザイナーのアンドレア・トリマルキ(Andrea Trimarchi)とシモーネ・ファレシン(Simone Farresin)によって2009年に設立されたデザインスタジオ。(🌐
自然環境と人工環境の双方に対するより深い理解を促進し、デザインとその物質的、技術的、社会的、言説的可能性を通じて変革的な介入を提案します。プロダクトデザインから空間デザイン、戦略的計画、デザインコンサルティングまで幅広い範囲を対象に活動。魅力的なアウトプットの裏には、デザインや生産と絡み合った非倫理的なシステムや慣行を暴き、それらを解体できるよう露呈させる、という真の動機が隠されている。
レクサス、エルメス、カッシーナ、ヴェネツィア・ビエンナーレ、カルティエ財団、ヴィトラデザインミュージアムなど多数のクライアントワークを実施。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、メトロポリタン美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、パリ国立近代美術館、アムステルダム市立美術館など、世界中の著名な美術館に作品が収蔵されている。
2020年9月より、デザイン・アカデミー・アイントホーフェンで GEO-Designという修士プログラムの学科長を担当、デザインに影響を与える社会的、経済的、領土的、地政学的な力について探求している。

GEO-Designという言葉にはさまざまな解釈があります。私たちは、デザインが長い間ユーザーのニーズに焦点を当ててきたと感じていますが、時としてデザインが依存するインフラへの配慮が不足していると考えています。私たちが物やサービスを生産するとき、必然的に経済、材料の調達方法、変換、流通の方法を支えることになります。デザイナーとして、その生産方法を調査することで、より知識を深め、全体的な視点を得ることができると信じています。これにより、製品や物を超えてより批判的になり、革新的な方法を見出すことが可能です。そして、物の生産、リサイクル、流通の方法に影響を与えられるでしょう。

p.207
黒と赤の配色で描かれた森の中に、木々が立ち並び、地面には丸い黒い穴が空いている神秘的な光景。
2020年にロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで開催された研究プロジェクトと展覧会「Cambio」のために制作された映画「Quercus」のスチール写真。この映画は、バージニア州のオーク林を LiDARスキャンしたデータを用いて制作された。近年、この技術は、木材産業において選択的に伐採を行うために使用されている。(🔗

デザイン教育において、私たちは伝統的な個人と作者への焦点、つまり自らのサイン(signature)を世界に押し付けるデザイナー像に疑問を投げかけたいと考えています。科学的手法から学ぶべき重要なことがあるはずです。研究が始まり、結果が公開されると、他の人々がそれを活用し、もちろん研究の出所を明記しつつ、さらに貢献することが可能です。・・・[GEO-Design]コースはタコのようであるべきだと考えています。一つの頭部と、探索のための複数の触手を持つ、というように。

pp.208-209
黄色い背景の上に、分解された電子機器のパーツが整然と並べられている。右側には、その作業をしている人物が見える。
Ore Streams:電子廃棄物のリサイクルに関する包括的な調査プロジェクトで、オブジェクト、ビデオ、アニメーションなど多様なメディアを用いて、電子廃棄物の問題に取り組み、より効率的な修理とリサイクルのための製品デザインの可能性を探求している。(🔗

GEO-Designコースと私たちの実践において、非人間のためのデザインを探求しています。人間以上の存在、つまりロボットではなく、地球上の他の生き物のためのデザインです。これもデザインの別の問題点ですが、私たちはいつも人間を中心に置く傾向がありますが、他の種も含めてその中心を拡大する必要があります。デザイナーとして、他の種のニーズをどのように考えることができるでしょうか。私たちは本当に木に“なる”ことはできませんし、犬や他の動物に“なる”こともできません。しかし、それらの他の種に共感し、私たちが持つツールを使って理解しようとすることはできます。

p.213
六角形のガラスとストライプ状のLEDライトで作られたシンプルなテーブルランプが、木目の床と壁に囲まれた空間に置かれている。
SuperWireは、モジュラー設計と簡単に修理可能なLED光源を特徴とする革新的な照明システムで、様々な形態の照明製品を提供しつつ、持続可能性と修理のしやすさを重視する。(🔗

セリー・ラビー・ケイン(Selly Raby Kane) → Identity

セネガルのダカールを拠点とするアバンギャルドなファッションデザイナー。(🌐
ダカールの若手クリエイティブシーンを牽引する「Petite Pierre(小さな石)」と呼ばれるアーティスト集団の中心的存在として知られる。
ダカールで生まれ育ち、こうこう卒業後にパリでビジネスとファッションを学んだ後、ダカールに戻り、2012年に自身のファッションブランドSRKを立ち上げた。西アフリカの伝統的な衣装、素材(ワックスプリント、バジン[西アフリカの伝統的な布地]、フェイクヘア、PVC、レザー、デニムなど)、製作技術の影響と、彼女の政治的関心、そしてダカールのスタイルやストリートカルチャー、神秘主義、SF、アフロフューチャリズムへの魅了を組み合わせた独自のスタイルを確立している。
また、ファッションい限らず、映画やバーチャルリアリティ、その他のデジタルメディアでの作品制作なども通じて、ダカールの未来を探究し続けながら、アフリカにおける強力で持続可能なブランドの構築に取り組んでいる。

黒いボディスーツに鮮やかな装飾が施され、赤いジャケットとヘッドアクセサリーを合わせた、個性的なファッションスタイルの人物が立っている。
未来的な宇宙旅行者をイメージした衣装。赤いレザーブレザーの下のボディスーツには、浮き彫りの刺繍と幾何学的なパターンが施され、SFとテクノロジーの融合を表現している。(🔗
金色に塗られた顔と長い爪を持つ人物が、発光する背景に囲まれ、透明な素材の衣装をまとって座っている。
The Other Dakar(もう一つのダカール)」:セネガルの神話をオマージュしたVR映画の作品で、少女の旅に同行するというもの。文化的・政治的な変化に直面する国として、物質主義が主流を占める現代において、想像の空間に再び投資する必要性を語っている。(🔗

セネガルの若いデザイナーたちの間では、持続可能性が文化的に深く根付いているため、何も無駄にすることはありません。・・・伝統的に、テキスタイルを再利用し、自らの衣服を修繕し続けることで、パッチワークの服を着ています。そのため、私たち全員[セネガルのデザイナーたち]は、たとえ素材が古着であっても、新しい命をそこに見出し、新しいサイクルに組み込むようなアプローチを持っています。ダカールには、世界中から再販のために衣服を受け取る三つの大きな市場があります。それは、デザイナーにとって巨大な素材の源であり、巨大な探索の源でもあります。

p.217

コロナ以前から国際的なファッションスケジュールからの撤退を検討していました。というのも、セネガルでの生活の実情とそぐわないことがあったからです。・・・今はそこから脱却し、セネガル独自のスケジュールで活動しています。・・・これからは、本当に必要な生産とは何か、本当に存在価値があるものは何かを、よく考え直す必要があります。

p.220

モハメド・ファヤズ(Mohammed Fayaz) → Pride

ニューヨークのブルックリンを拠点に活動するイラストレーター。(🌐
NYのクイーンズで、ムスリムのインド系家庭に生まれ育つ。幼い頃から絵を好んで描くも、美術大学には通わなかった。2013年に設立したアートコレクティブであり、クラブイベント等を開催する Papi Juiceの5回目のイベントポスターの制作を依頼されたことから、コレクティブの活動に参加。そんな中、共同設立者の一人でグラフィックデザイナーの Oscar Nñや、コミュニティ内のアーティストたちからデザインを学んでいった。現在は Papi Juiceのアートディレクターを務める。
クィアや有色人種のトランスジェンダーの生活を記録した作品群を手掛けており、人々の喜びやエネルギー、優しさ、弱さなどを多面的に描き出す独特のスタイルを確立している。

多様な人物たちが、笑顔でポーズをとるイラスト。背景には彫像が並んでおり、テキストには「PAPI JUICE PRESENTS BK PRIDE AT BROOKLYN MUSEUM」と書かれている。
ブルックリン美術館で開かれた年次プライド・パーティーのためのイベント用ポスター。2019年に初めて Papi Juiceはコラボレーションを実現した。(🔗

自分のものではない物語を共有する能力には責任が伴うと思います。ニューヨーク出身の私は常に人々に囲まれ、その人たちと接するのが好きでした。だからこそ、私の作品はコミュニティに根ざしているのです。私の作品は単独で存在するのではなく、周りの人々と関連しています。

p.223
スマートフォンを持ったマスクをした人物のイラスト。デジタルセーフティプロトコル(安全対策)が、周囲に書かれている。
ニューヨーク州アンチ・ヴァイオレンス・プロジェクト(AVP)が発行した「抗議のための安全のしおり」において、同氏は情報デザインを担当。LGBTQ+やHIV感染者のコミュニティの人々が、デモ行進や抗議活動、追悼集会で安全を確保する方法を示している。(🔗

よく自問することがあります—「人々の全容、あるいは一人の人間、たった一つの人生、そしてたった一日の複雑さをどう描くことができるだろうか」と。私たちが一度に多くの側面を持つ存在だということを忘れてはいけません。・・・私の作品が鏡のような役割を果たし、人々が自分自身や、パートナー、一緒に行動する仲間を見て、そして普段話さない人々とも同じコミュニティにいることに気づき、その理由を考えるきっかけになればと願っています。・・・私は私たちの現実を描き、人々に自分たちがいかに複雑な存在であるかを思い出してください。

p.226

アリッサ・エッカート(Alissa Eckert) → Symbols

メディカルイラストレーター。(🌐
アメリカ疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention, CDC)に2006年から勤務。同僚のダン・ヒギンス氏と共に、Covid-19を引き起こすコロナウイルスの公式イラストを作成した。
生物学専攻を卒業後、ジョージア大学でサイエンス・イラストのプログラムを終了後、CDCに就職した。コミュニケーションサービス部門に所属し、2Dや3Dのイラストレーションに限らず、アニメーションや3D模型の制作を通して、公衆や医療関係者の教育に貢献する。

新型コロナウイルスの粒子を表現した3Dモデル。赤い突起がウイルスのスパイクタンパク質を示している。
コロナウイルスのイラスト。約1週間で制作され、2020年1月31日に公表された。ベルベットのような質感や岩のようなソリッド感を持たせ、自然界に存在しそうな表現にすることでリアリティを追求すると同時に、ドラマチックな照明によって公衆衛生の緊迫さを喚起する意図で作られた。(🔗
淋菌(Neisseria gonorrhoeae)の3Dイラストレーション。ピンク色の球状の細菌が繋がっている。
2019年11月に発表された「抗生物質耐性脅威レポート」のために制作した細菌(淋菌)のイラスト。「美しくも致命的」というコンセプトで描かれた。(🔗
マスクをつけた2人の少女が、コロナウイルスを模したヘアスタイルをしている。
ケニアの首都ナイロビで女の子たちに人気があったとされる「コロナウイルス編み込みヘアスタイル」:コロナウイルスを信じない大人たちとは対照的に熱心に手を洗ったりする子供たちを通じて、Covid-19の認識を広めると同時に、安価ながらもオシャレを提供し、地元の経済的不安の解消にも寄与した。(🔗

7章 ECOLOGY

ヴィヌ・ダニエル(Vinu Daniel) → Building with Waste

インド南部のケララ州エルナクラムを拠点に活動する建築家。(🌐
ドバイで育つも、インド南部のトリヴァンドラム工科大学で建築を学んだ。典型的な現代建築の教育を受け、その多くの時間を大学内で過ごしていた。しかし、いとこの勧めでインド郊外の都市について調べ始め、卒業研究ではラージャスターン州とグジャラート州の境界に近いカッチ地方で調査を行い、泥壁の小屋などの伝統的な現地の建築に触れた。
2005年の卒業後、シャジ・T・L教授の紹介でタミル・ナードゥ州にあるコミュニティ、オーロヴィルを訪れる。そこで、UNDP(国連開発計画)の津波復興事業に携わり、寺院の再建チームにインターンとして働いた。その後、2007年に Wallmakersを立ち上げた。
エネルギー効率の良いデザインで知られる英国生まれのインド人建築家ローリー・ベイカー(Laurie Baker)がマハトマ・ガンディから学んだ教え「理想的な住宅は5マイル圏内にある材料を用いて作るべき」に倣い、現場から近い場所の土や廃棄物を活用しつつ、伝統的な職人の知識に基づいた建築が特徴。
ローカルな技術を用いた伝統的な建築方法は、ポストコロニアルで、より包摂的で平等な世界を構想する上で、また、コミュニティ、種(しゅ)、環境の持続可能性を促進する上で非常に重要であるとして、注目されている。

レンガを螺旋状に積み上げた独特なデザインの家の外観。
Pirouette House:ケララ州ティルヴァナンタプラムの繁華街に2020年に建てられた。漏斗状の中央中庭を中心にデザインされ、熱効率を高めるためにラットトラップボンド工法(rat trap bond masonry)で建設され、最大限の風通しを得るために東西方向を向いている。(© Jino Sam, 🔗
池の向こうに広がる、曲線的な屋根とコンクリート構造が特徴的な建物。
Gulmohar Residential Complex:既存のニームの木々や、現地の土で作った圧縮安定化土ブロック(Compressed Stabilized Earth Blocks)、パッシブクーリング技術を活用して建てられた、グジャラート州アフマダーバードの住宅。(© Fernando Alda, 🔗

今、私たちは建築家として目の前の大きな問題に対して、まだ何かできる時代に生きています。私たちは、何世代にもわたって伝えられてきた技術を実践に移さなければならない世代なのです。それが土壁工法であれ、パッシブクーリング技術であれ、資源再利用の技術であれ、伝統的な工芸技術であれ、です。子供たちに何を残せるのか、真剣に考えるべきです。後に続く世代はどうなるのか? 自分のビジョンを実現することは大切ですが、同時に何かを減らすことはできないでしょうか? 何かを再利用できないか? あるいは、たった一本の木を切らずに済ませることは? これらの一つ一つが、持続可能な建築への一歩となるのです。

pp.245-248

フリッツ・ヘイグ(Fritz Haeg) → Community

アメリカ人のアーティスト、建築家、活動家。(🌐
イタリアのヴェネツィア建築大学と米国カーネギーメロン大学で建築を学び、その後数々の賞を受賞、また、グッゲンハイム美術館やMoMA、フメックス美術館(メキシコシティ)など、世界中の著名な美術館や文化施設で作品の展示を行ってきた。
動物のための建築、エディブル庭園、教育環境、保存食品、仮設キャンプ、都市のパレード、そして時には人々のための建物など、多岐にわたる作品を手掛けてきた。
2014年、かつて70年代から80年代にかけて盛り上がりを見せたカリフォルニア州のコミューン、サーモン・クリーク・ファームを購入し、長期的なアートプロジェクトを開始した。その土地やインフラを改修しながら、新たなオフグリッド、コミューンのあり方を探索している。

朝日が昇る中、霧に包まれた木々と咲き誇る花々が広がる静かな庭の風景。
アーティストであり活動家のフリッツ・ヘイグは、2014年に「サーモン・クリーク・ファーム」を購入した。この場所は、1970年代初頭に設立されたコミューンで、北カリフォルニアのメンドシーノ海岸近くに位置する約14ヘクタールのレッドウッドの森の中にある。購入以来、ヘイグはこの土地のインフラを修復し、新たな生活様式をデザインしてきた。(🔗
ミネソタ州ウッドベリーにあるショーンヘール家の前庭の設計図。中央に「ログサークル」があり、周囲には野生植物、ベリー類、野菜、ハーブなどが植えられたゾーンが配置されている。
EDIBLE ESTATES:自宅前の未使用スペースや芝生を食用庭園に変えるプロジェクト。地域の特性に合わせて設計された16の庭が世界中に作られ、食の自給自足、コミュニティの結びつき、そして環境との関係を再考するきっかけを提供した。誰でも実践できる身近な方法で、都市環境における食料生産と持続可能な生活様式を推進している。(🔗

建築学校で学んだ大きな教訓は、建築では白紙の状態から始まり、何かを創造し、それを他の人に引き渡して建設してもらい、できれば永遠に残ることを期待する、というものでした。人々がその中に住み、それに順応し、あまり台無しにしないことを願うのです。
しかし私は、建築家をもっと別の存在として見ています。つまり、庭師のような存在です。毎日戦略的にそこにいて、注意を払い、耳を傾け、観察し、育て、物事の世話をする人です。ビジョンを作り上げ、それを押し付け、人々にその中で生活することを強いる人ではありません。

p.257

アレックス・アセン(Alex Asen) → Great Green Wall of Africa

国連職員として「グレート・グリーン・ウォール」構想のグローバルな推進キャンペーンを担当。またドキュメンタリー映画「グレート・グリーン・ウォール」のエグゼクティブ・プロデューサーも務めた。そして、世界的な変革に取り組む非営利団体 Civicのクリエイティブディレクターとして、長年グレート・グリーン・ウォール構想の広報を主導してきた。(👤
近年は、環境や社会問題に取り組む広報コンサルティング会社「Pollen」を設立。主要なクライアントにはユネスコ、UNCCD(国連砂漠化対処条約)、Civicなど。また、ミュージシャンやアーティストと共同でテクノロジー非営利団体「Code Green」を設立。web3、ブロックチェーン、AIなどの新興技術の力を利用して、最前線のコミュニティへの投資を促進しながら、ニューヨークの国連本部、ダボス、ロンドンのサマセットハウスなどで注目度の高いデジタルアート展示会やチャリティオークションを開催している。

アフリカの「グレート・グリーン・ウォール」イニシアティブを示す衛星画像。西アフリカのセネガルから東アフリカのジブチまでの地域が対象。
グレート・グリーン・ウォール:サハラ砂漠南部のサヘル地域における東西約8,000キロにわたって木々を植え、荒廃した土地を再生することで「緑の長城」をつくるプロジェクト。(🔗

サヘル地域は1970年代の度重なる干ばつによって広大で肥沃な土地が荒廃し始めた。各地域のリーダーやブルキナファソの革命的指導者トーマス・サンカラが解決策を模索し、1980年代にはグレート・グリーン・ウォール構想が注目を浴びるも、アフリカ連合によって承認されたのは2007年のことだった。当初11カ国だった参加国の数は20カ国以上に増加した。
ブルキナファソでは、すでに300万ヘクタール以上の土地がこの方法で回復され、農民の収入増加、農村部の人口流出鈍化、自給自足の食料生産確立といった効果を見せている。このプロジェクトの設計そのものが、農村部の雇用創出と、木々と生計を育む自立可能なコミュニティの未来創出を目的としている。

完成すれば、地球上最大の生きた構造物となる可能性があり、グレートバリアリーフの3倍の長さになります。・・・この壁は人々を引き裂くのではなく、むしろ結びつけるものです。

p.267

ネリ・オックスマン(Neri Oxman) → Materials and Processes

イスラエル出身のアメリカ人デザイナー。
2024年1月、過去の学術論文や2010年に提出した博士論文、著作における剽窃疑惑が指摘された。本人はSNSで「意図的な盗用ではないが、正しく引用を示していなかった」と謝罪している。所属していたMITメディアラボはこの件について調査中と見られるが、当人のプロフィールページでは「Past Member」としている。

彼女のこれまでの作品等については以下を参照。


ダン・ピアソン(Dan Pearson) → Reconnecting with Nature

イギリスのガーデンデザイナー、園芸家、庭師、作家。(🌐
英国王立園芸協会(RHS)運営のウィズリー・ガーデンやエディンバラ王立植物園などで園芸を学び、1987年以来、ランドスケープおよびガーデンデザイナーとして活躍してきた。
英国ガーデンデザイナー協会のフェロー(FSGD)、王立英国建築家協会の名誉フェロー(Hon FRIBA)、そして英国王立産業デザイナー(RDI)の称号を持つ。2022年には、エリザベス女王から大英帝国勲章(OBE)を授与された。
自然環境の理解や生物多様性を重視し、環境との調和を優先した自然主義的なアプローチを特徴とし、庭園や公園、森林、その他の景観をデザインしてきた。

山々を背景に広がる、色とりどりの草花が咲く美しい自然風景。
2004年以来、ダン・ピアソンは北海道の日高山脈の麓に広がる、約405ヘクタールの十勝千年の森の造成に取り組んでいる。この森は、十勝毎日新聞社がカーボン・オフセットのために委託したプロジェクト。この一連の取り組みは書籍(未邦訳)にまとめられている。(© KIICHI NORO, 🔗

私たち人間には自然から自分たちを切り離してきた長い歴史がありますが、実際には私たちは自然の大切な一部・・・自然の存在の仕方を考える上で私たち自身を統合させることができれば、自然をより尊重する方法を見出すことができ、また、より良い生活を送るための道具として自然を活用することができるのです。

p.279
苔むした岩やシダが生い茂る、緑豊かな森の中の小道。
2007年、ダンと彼のチームが英国北部カンブリア州のロウザー城を訪れた時、城は1936年に放棄されて以来、自然に飲み込まれ荒廃していた。それ以来、庭園は修復され、周囲の森林や野花の草原も同様に再生された。(© Ngoc Minh Ngo, 🔗

イザベラ・トゥリー(Isabella Tree) → Wilding

ナショナル・ジオグラフィック、文芸誌グランタ、ガーディアン紙などに寄稿する作家。(🌐
25歳の時に自身初の著書『The Bird Man - a Biography of John Gould』を出版。2018年に出版されたベストセラー『Wilding - the Return of Nature to a British Farm(邦題:英国貴族、領地を野生に戻す 野生動物の復活と自然の大遷移)』は、夫のチャーリー・バレルとともに暮らす西サセックス州での先駆的な再野生化プロジェクトの物語を綴っている。世界中で30万部以上を売り上げ、スミソニアン協会の2018年トップ10サイエンスブックの一つに選ばれ、8カ国語に翻訳された。
2020年、イザベラは生態学と環境管理への貢献によりCIEEM(The Chartered Institute of Ecology and Environmental Management)メダルを授与された。
2023年の最新作『The Book of Wilding – a Practical Guide to Rewilding Big and Small』はチャーリーとの共著、「希望のハンドブック」「生きている地球の復元に不可欠なガイド」などと評される。
2023年、イザベラとチャーリーは動物学の理解と評価への顕著な貢献により、ロンドン動物学会のシルバーメダルを受賞した。

再野生化(リワイルディング)は、本質的に自然、保全、あるいは復元に関するものです。それは農業ではありません。一方、再生型農業は、自然と調和しながら、耕さずに動物を輪作に使用するなど、食料生産のために土地を集約的に管理することです。再生型農業は生物多様性にとってずっと良いのですが、それでも農業です。再野生化は、自然に主導権を与え、自然の成り行きに任せ、自然自身を回復させることです。

p.289
穏やかな湖と草原が広がる静かな風景。
2000年、イザベラ・トゥリーと夫のチャーリー・バレルは、イングランド南部のネップにある1,420ヘクタールの農場を再野生化する、野心的かつリスクの高いプログラムを開始した。それ以来、ネップの土地、水、空気の質は劇的に改善され、生物多様性も豊かになった。(© Simon Upton, 🔗

私たちは過去を再現しようとしているわけではありません。それは単に不可能です。・・・私たちが試みているのは、今日利用可能な手段を使って自然のプロセスを再び始動させ、その後はできる限り自然に任せることで、新たな生態系の進化を促すこと・・・つまり、自然がデザインを行う・・・私たちが下す唯一の決定は、動物の密度を非常に低く保つことと、どの種を導入するかということです。

p.291
森の中で、日差しを浴びながら寄り添って休む2頭の豚。
再野生化されたネップが完全に森林に覆われてしまうのを防ぐため、イザベラの言葉を借りれば「かき混ぜてぐちゃぐちゃにする」ために、自由に歩き回る草食動物が導入された。その中には、古来の品種であるイングリッシュロングホーン牛、エクスムーア・ポニー、タムワース豚(上記画像)などが含まれている。(© Charlie Burrell/Knepp Wildland, 🔗

いかがでしたでしょうか。
ここで取り上げた箇所は、あくまで筆者の執筆時点での視点で注目したものであり、登場人物たちの一側面を表しているに過ぎません。ぜひ皆さんも、気になった人物の最新の活動を見て、これからのデザインに何が求められているのか、どのようなアプローチがあり得るのか、デザインの可能性をどのように示していけるのかを考えるきっかけにしていただければ幸いです!

また、いくつかのインタビューは全文公開されていたのと、インタビューがPodcastで聴けるようになっているものもありそうでした。

著者の一人、アリス・ローソーン氏といえば、『HELLOW WORLD』(2013年)や『姿勢としてのデザイン』(2019年)を執筆した人物として認識している人も多いのではないでしょうか。彼女は一貫して「デザインをすることは職業ではなく態度である」を唱え続けながら、デザインの変化を追い、向かうべき先を示してきました。
 「デザインは矮小化され、誤解され、誤用されてきた。決まってスタイリングと混同され、座り心地を無視した高価な椅子や、ヒールが高すぎてグラグラする靴のことだと勘違いされる」(2013年、pp.11-12)。「そのような既成概念を払拭しなければならない。それには、自発的なプロジェクトかどうかにかかわらず、デザインがデザイン以外の場面で有益であることを証明していくしかない」(2019年、pp.20-21)と語ります。
 そして、そのためにはまずデザインが何であるかを明確にしてきました。さらに、時代や文脈によって多少の差はあれど、本質的にデザインはあらゆる変化をプラスに動かす役目を持っていることを強調します。ゆえに、商業的な役割に限らず、社会、政治、経済、科学、技術、文化、環境的な場面で意味のある変化をもたらす活躍をするトップランナー的な人物や団体、プロジェクトを取り上げ、その道を照らしてきたのです。
 その意味で、今回の『Design Emergency』も同様の位置付けであると同時に、まさに喫緊の課題を前にした時にデザインがどのような価値を示したのかを記録した重要なデザイン史としても捉えられます。

ローソーン氏は、『HELLOW WORLD』の中でデザイナーが取り組むべき課題として「天然資源の枯渇、異常気象、デジタルプライバシーの侵害、データの大洪水、社会サービスの破綻、肥大化する埋立地、交通麻痺、空港の混雑、コンピュータウイルス、テクノフォビア(恐怖症)、経済の不均等、分裂するコミュニティー、食糧不足、絶滅危惧種、宇宙ゴミ」(p.438)を挙げました。
 一方、『姿勢としてのデザイン』では、世の中に起こるあらゆる変化の中に「深刻化する環境問題や難民問題、貧困や偏見、不寛容、過激思想の高まり、・・・前世紀のシステムや制度の多くがもはや機能しない・・・複雑で強力なテクノロジーの奔流」といったグローバルな問題があると書いています(pp.11-12)。加えて、いずれの著作でもデザイン界がかなりの男性社会であり続けてきたことを指摘しています。
 『HELLOW WORLD』は2006年から2012年までの間に International Herald Tribune誌にローソーン氏が寄稿したデザインに関する週刊コラムの内容を掘り下げたものでした。また、『姿勢としてのデザイン』は2014年から2017年までにアートマガジン「Frieze」で連載した「By Design」というコラムに基づいています。(🔗
 その頃から比較してみた場合、『Design Emergency』では「激化する気候危機、深刻化する難民危機、組織的な人種差別、女性蔑視、トランスフォビア、偏見が生み出す不平等と不寛容の増加、社会正義と社会福祉システムの崩壊、壊滅的な災害、高まるテクノフォビア」(p.12)を課題として取り上げています。
 このことから、これまでデザインされてきたシステムを中心と見た場合、その中で起きる弊害への対応を検討した段階から、システムの周辺で発生した課題へと視点が移るという段階を経て、そのシステム自体が抱える根源的な破綻をリデザインする必要性にようやく気づいた、そんな課題の捉え方の変遷が見て取れるのではないでしょうか。

そのような変遷を辿る中で、より自然と密接に対峙する建築やランドスケープ、アクティヴィズム的なものが『Design Emergency』の中で事例に追加されました。これについては、もう一人の著者、パオラ・アントネッリ氏との共著であることが要因の一つと考えられます。
 同氏は1987年から1991年の間は Domus誌の編集者を、また、1994年から は MoMAの建築・デザイン部門のキュレーターを務めており、この分野の変化を間近に捉えてきた重要人物とされます。
 自身のキャリアの早い時期にフィオナ・レイビー氏とアンソニー・ダン氏に出会ったと語り、この二人が先導したクリティカル・デザインおよびスペキュラティブ・デザイン(CD/SD)の理論と実践の場として展覧会の場を提供し、その認知拡大に貢献しました(🔗)。
 また、本書でも取り上げられたフォルマファンタズマや、エヤル・ワイツマン氏などの作品も、環境問題への取り組みを批評的に問う展覧会等を通じて、現代のデザイン文化の潮流に位置付けてきました。
 つまり、これまで30年に及ぶ著者二人のデザイン領域の知見や経験が結集する形で、現在取り組むべき課題と、それに対するデザイン事例が凝縮したものが『Design Emergency』だと言えるでしょう。

このプロジェクト、そして書籍の刊行からずいぶん時が経ち、本記事執筆時点では2020年代も折り返しの年が近づいています。
 ここで示されたデザインの現在までの地点の動向と、現在進行形の状況における変化を捉えつつ、どのようにデザインと向き合い、デザイン分野の内外で動いていけるのかを考える契機になるような刺激的な内容でした。


最後までお読みいただきありがとうございました。
※ 本記事は執筆時点での情報をもとに書いたため、最新情報であるとは限らないことをご承知ください。また、本記事の内容は私見によるものであり、必ずしも所属企業の立場や戦略、意見を代表するものではありません。


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