グッドデザイン賞にみるフードデザイン事例5選
こんにちは、『フードデザイン』の緒方です。
今回は過去のグッドデザイン賞を振り返り、フードデザインの視点から特に興味深いと感じた製品やサービス、プロジェクトをいくつかピックアップして紹介します。サステナビリティに関連する取り組みが1990年代から実践されていたことを再認識し、再評価するという内容になっています。
バナナ・ペーパー・プロジェクト
まず一つ目は、2003年にエコロジーデザイン賞を受賞した「バナナ・ペーパー・プロジェクト」です。これは、バナナ生産時に廃棄されるバナナの茎から繊維を抽出し、バナナ紙を製造することで、バナナ生産地の経済的自立を支援する国際協力プロジェクトです。特に、途上国に製造プラントを立ち上げるのではなく、無薬品の製紙技術を移転し、初期費用を1千万円以内に抑えて始められる点が特長です。製紙プラント建設に通常必要な30億円以上と比較して、小規模で実用化できるシステムとなっています。また、日本で開発された特殊な機器は輸送されましたが、ほとんどの資材は現地で調達され、電気も不要だったとされています。
このプロジェクトの注目すべき点は、1999年から開始され、ジャマイカやハイチなどカリブ海諸国で実装されていたことです。民間企業や財団の助成を受けながら、空港などでの商品販売を通じて順調な売り上げを記録し、現地の平均収入を上回る雇用を生み出したそうです。
ゴミとして捨てられていたものを天然資源として再利用し、雇用創出だけでなく、自国での紙生産が教育にも良い影響を与え、バナナの葉が短期間で生長し、大量のCO₂を吸収することなど、フードデザインとして多角的な観点から学ぶべき多くの点があります。
しかし、一連の取り組みをまとめた『バナナ・ペーパー:持続する地球環境への提案』(森島紘史、2005年、鹿島出版会)によれば、このプロジェクトは一時的な中断を余儀なくされました。具体的には、ハイチでは2003年8月に反政府勢力が武装蜂起し、国内情勢が急激に悪化。2004年2月には大統領が国外に脱出し、日本大使館も隣国ドミニカへの避難を余儀なくされるなど、混乱が続きました。これにより、プロジェクトは休止状態に陥り、そのウェブサイトも2005年以降更新されておらず、現在の進行状況は確認できませんでした。
その中断は残念な事態でしたが、当時の愛・地球博(愛知万博)で行われたバナナの茎から紙を作る体験会をきっかけに、継続されているボランティア活動があるとのことです。「森林を守るバナナくらぶ」のブログによると、2023年も活動が行われていました。
また、元のプロジェクトから派生した「バナナ・テキスタイル・プロジェクト」は、多摩美術大学の橋本教授によって2016年まで15年間に及ぶ研究や作品制作が行われていました。このプロジェクトとは別ですが、バナナ繊維から布地を生産するBananatex®という実用化された例もあります。この生地は、ファッション業界でサステナビリティを模索するステラ・マッカートニーをはじめとする企業に提供されています。ステラ・マッカートニーといえば、きのこの菌糸体から作られた素材「Mylo™」を採用したアイテムの製造・販売に取り組むなど、新たな可能性を探索している企業の一つですね。実際に2023年にはBananatex®を使用したバッグが市場に出されました。
実用化の面では、ワンプラネット・ペーパー協議会がバナナペーパー「ワンプラネット・ペーパー®」を2011年から開発、製造、そして販売しており、現在も利用可能です。(デスクトップで調べる限りでは、元のプロジェクトとは直接の関連はないようです。)
最新の取り組みとしては、廃棄される野菜や果物から作られる紙文具ブランド「Food Paper」や、器や建材を開発・製造する「fabula」などがあります。また、2023年のグッドデザイン賞ベスト100に選出されたホタテ貝殻を利用したヘルメット「HOTAMET」も、廃棄素材を活用するフードデザインの一環として注目されています。
廃棄素材を活用するというコンセプトは、フードデザインの中でも主要な取り組みの一つですが(ハムを使ったランプシェード、アボカドの種を活用したバイオマテリアルとその作り方、牛のウンチで作ったタイルや花瓶などもありました)、そうした流れの中で、先駆けて実用化に成功した「バナナ・ペーパー・プロジェクト」の重要性と影響力を改めて強く認識させられたので、今回最初に取り上げることとしました。
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バナナ・ペーパー・プロジェクトのことは、いくつかの記事で紹介されていたので、もう少し詳しく知りたい方は、そちらをご覧ください。
(参考1|参考2)
映画化もされていたんですね、注目度高かったはずなのに全く辿り着けてませんでした。。。
「ミラクルバナナ」(2005年)
それから『バナナ・ペーパー:持続する地球環境への提案』の始まりが秀逸で良かったです。中古で入手した本ですが、まだちゃんと香りがしました。
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エコロジーデザイン(地球環境を考慮した持続可能なデザイン)賞は、1997年に新設された特別賞。日本のデザインが国際水準をリードするために取り組むべき新たな目標として、「インタラクションデザイン(使用者との対話があるデザイン)」、「ユニバーサルデザイン(使用時に差別のないデザイン)」と共に設置され、具体的な促進が図られた。同年、京都議定書が合意されたわけだが、すでに欧米ではエコロジーやサスティナブルといった言葉が頻繁に使われ、地球環境問題などに積極的に取り組む新しいデザイン潮流も生まれていた。
(出典|グッドデザイン賞 歴史とこれから)
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益田(2000、2011)によれば、環境問題に対応するデザインの用語として、建築や工業デザイン分野のグリーンデザイン、化学や工学を基盤とした環境調和型製品開発(Design for Environment)、それらを統合するエコデザイン、そして持続可能な社会への変化を包含するサステナブルデザインなどが挙げられている。しかし、2000年までの日本国内のデザイナーたちは、企業の商品開発や販売促進への寄与を主な役割と見なしており、エコデザインの概念に対してはためらいがあり、顕著な動きは見られなかった。
また、美学者の利光功(1987)は、デザインされたものが使用後に単に廃棄されるのではなく、回収されて資源として循環すべきであると主張し、インダストリアルデザインに生態学(ecology)の思想を取り入れ、自然のエコシステムとの共存を目指すエコ・デザインを提唱した。
あるいは、シム・ヴァンダーリンとスチュアート・コーワンによる『エコロジカル・デザイン』では、さまざまな領域における人間の活動を自然の活動と統合し、環境への破壊的な影響を抑制することの重要性が強調されている。
(参考|デザイン基礎学研究センター エコロジカル・デザイン)
コンポスト
1990年代に入ると、コンポストが連続してグッドデザイン賞を受賞していることに注目しました。特に1993年に「日本産業デザイン振興会会長賞-地球にやさしいデザイン」を受賞したアイリスオーヤマのコンポスト(IC-130)を皮切りに、翌年のコンポスト(IC-100)、1995年のコンポスト(EX101)といった製品が受賞しています。同時期には、松下電工の生ゴミ用ゴミ箱「スッキリシュート(EH430H)」や松下電器産業の生ごみ処理機「National(MS-N40, N30, N31)」も受賞しています。後半の二つはコンポストではないですが、自宅で生ごみを処理する目的の製品という意味で、ここで同様に着目しました。
2001年に施行された「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律(通称、食品リサイクル法)」では、家庭系生ごみの資源化が循環型社会形成において重要な役割を果たすとされ、自治体からも注目されるようになりました(*)。しかし、それ以前からすでにこのような動きは始まっていた、というところが気になったポイントです。この頃、焼却処理に伴うダイオキシン問題が危惧された背景もあり、家庭での生ごみの堆肥化を進める機運が高まっていました(*)。これに着目した企業は家庭用生ごみ処理機の開発と販売に力を入れ、多様な容器や装置が市場に出されました。また、自治体はごみの収集量減少や悪臭、腐敗の抑制などのメリットを考慮し、コンポストなどの処理機の購入に補助金を提供するようになったとされています(*)。
牛乳パックカッター
1990年代初期の中では、1992年に受賞したプリンス工業の牛乳パックカッター「リサイカ」も面白いなと思いました。牛乳パックのリサイクルについて調べてみると、容器包装リサイクル法が施行された2000年から遡ること16年前の1984年、山梨県の主婦グループによって牛乳パックの再利用運動が始まったこと(*)が分かりました。その運動が展開する過程で、リサイクル品の受け入れ条件として「洗って開いて乾かす」ことが提示されたことに対し、教育的要素から回収運動が始まったこともあり、消費者に一定の手間がかるのは当然のこととして、現在でも当たり前となった回収ルールが定められたといいます。そのような背景で一般化した回収作業を支援するための道具として、牛乳パック専用のカッターが設計されていて、今もなお購入可能というところが、個人的に興味を持った理由です。
コンポストもそうですが、自治体や市民団体が原動力となり、様々な製品が生まれています。このボトムアップ的な動きと助成金によるサポートは、フードデザインを理解し推進する上で重要な示唆を与えています。しかし、牛乳パック回収率が38.8%と低いことや、家庭で発生する食品廃棄物の再資源化率が低いこと(*)から、まだまだ生活に適した方法の模索が必要です。藤沢市のアンケート調査では、補助金交付事業を通じてコンポストや電動生ごみ処理機を購入した人の74%が継続利用していることが示されていますが、回答者の約9割の利用者が戸建に住んでいることから、集合住宅での使用が難しいというシステム的な課題もあると考えられます。
ALESSIのように機能だけではなく、意味や所有すること自体にもフォーカスした製品デザインのアプローチなのか、サブスクリプションによって所有しない方法なのか、あるいは共同で所有するソーシャルコンポストなのか、臭いや虫などの外的要因や手間や場所のハードルをいかにして克服し、生活へ浸透することができるのか?新たな生活のあり方に向き合うためには、日常生活の中で暮らしを考える時間を増やし、仕事や勉学とのバランスを取る必要があるでしょう。これは、家庭科で語られるフードデザインの目的にも通じるところがあるでしょう。
空間デザイン
見出しの粒度が揃っていない点は恐縮ですが、ここでは特に二つの事例に注目しました。一つ目は2001年の「千草ホテルのレストラン事業」で、もう一つは2006年に金賞を受賞した「大手町カフェ」です。
千草ホテルのレストランでは、オーガニック料理の提供だけでなく、ユニバーサルデザインの食器の使用や生ごみや廃食用油のリサイクルにも積極的に取り組んでいました。その取り組みは現在も継続されており、ホテルから排出される食品廃棄物の約80%が堆肥として再生利用されています。令和3年(2021年)度の外食産業における食品循環資源の再生利用率が約35%であることを考えると、千草ホテルの取り組みは特に積極的な例と言えるでしょう。
一方、大手町カフェは、バイオマスを活用した亜臨界水処理プラントをシンボルとして、再開発により取り壊された旧丸ビルから回収された大理石や掘削土をリユースし、屋内庭園や水循環による壁面緑化システムを導入するなど、環境負荷を低減するための技術をカフェ兼ショールーム空間に取り入れていました(*)。このカフェで象徴的に扱われた亜臨界水処理技術は、令和元年(2019年)から農林水産省の検討会で食品リサイクルの新たな展開として議論されている技術です。2005年から2008年にかけてカフェ空間で展示されていたことを考えると、いわゆるスペキュラティヴ・デザインが得意とする近未来的な科学技術をデザインのナラティブに取り入れ、体験可能な形で具現化した先進的な事例だったと言えます。社会・文化的な価値を誘発するショールーム効果と、都市空間における憩いの場としての機能が評価されました。いずれの事例も、その先駆的な取り組みがここで注目した理由です。
ケア製品
2002年に登場した食事支援ロボット「マイスプーン」は、高齢者向けの食のデザインとして、またヒューマンコンピュータインタラクションの観点からも先駆的で注目すべき製品でした。セコムがこの製品を販売していたことは、個人的に特に興味深かったです。ホームセキュリティ分野だけでなく、福祉機器や医用機器の事業にも携わっていたことは、全く知らず新しい発見でした。
「マイスプーン」は、手の不自由な方が最小限の身体動作で自分で食事を取ることができるように設計されたロボットです。身体の状態に応じて異なる操作装置が用意されており、スプーンの動きを手動、自動、または半自動でコントロールできるようになっています。2020年12月末に新規販売が終了した(*)とはいえ、約20年間にわたって利用され続けた実績は、食事支援技術や福祉デザインの分野で重要な学びがあると言えるでしょう。
最後に、食べ物そのものが選ばれた事例として、2012年の介護用ソフト食「まろやか食専科」と、翌2013年の「まろやか食専科おせち」にも触れたいと思います。これらはいずれも株式会社ベストによる製品です。
これらの製品は、高齢者や噛むこと、飲み込むことが困難になった人々に向けて開発された、目でも楽しめる食品です。咀嚼や嚥下に困難を抱える人々にとって、従来のミキサー食やゼリー食などのペースト状食材ではなく、食の楽しみをデザインすることで、生活の質(QOL)向上に貢献する商品である点が評価されました。ペースト状に加工された食材を、元の食材の形状に似せて成形し、香りや食感の再現にもこだわっているとのことです。特に「まろやか食専科おせち」は、季節や行事ごとの記憶を呼び起こし、祝いの場での食事を楽しむ機会を提供しています。また、食品提供者側の時期的な人手不足の困りごとにも対応し、エンドユーザーだけでなく、さまざまなステークホルダーのニーズに応えています。
超高齢化社会を迎え、介護施設での完全介護から在宅介護への転換が進む中、介護食や提供方法に伴う誤嚥性肺炎などの問題が懸念されていました。これらの製品は、そうした深刻な課題を予防し、食欲不良による栄養不足やQOLの低下を避けることにも貢献しています。このような食品がデザインの賞を受賞したことは、日本のフードデザインを深く理解し、世界に発信するための重要なステップと考えられます。
番外編
フードデザインの文脈で家電製品が取り上げられることは少ないですが、どうしても気になった製品がありますので、番外編として紹介します。それは1987年にSHARPから発売された「カプセルレンジ(RE-2)」です。
シャープミュージアムによると、当時のキャッチコピーは“テーブルの上で、マイルームで、キッチンを飛び出したカプセルレンジ”でした。通常の四角い箱型ではなく、丸い形状のこのレンジは、テーブルの上に置いて食べ物を温めながら家族が食卓を囲む新しいライフスタイルを提案していました。このような斬新なデザインとコンセプトは、当時としては非常に革新的であり、いま見ても新鮮です。
フード3Dプリンタ、培養肉のためのインキュベーター、昆虫飼育キットなど、これから市場に登場するであろう製品群には、このカプセルレンジのような斬新な発想や、人々の心に残るような造形、背後にあるコンセプトや使用方法の提案が求められるかもしれません。この製品から学ぶべき点は多く、フードデザインの未来に向けての重要なヒントを提供してくれると考えられます。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。今回紹介したもの以外にも、フードデザインの観点から注目すべき受賞例はまだまだたくさんありますので、別の機会にもっと紹介してみたいと思います。
皆さんもぜひ、グッドデザイン賞のサイトを通じて過去の受賞例を探ってみてください。意外な発見や新たな気づきがあるかもしれません。ただし、受賞作品は相当数にのぼりますので、じっくりと時間をかけて眺めることをお勧めします。
ここで取り上げた「面白い」という基準は、従来にはない価値観や食事の仕方を提案する革新性、または現在議論されているテーマの先駆けとなっているかどうかという示唆性に焦点を当てています。これは必ずしもグッドデザイン賞の評価基準と一致するわけではなく、フードデザインの観点から私が日本国内のデザイン事例を理解するために独自に設けた基準です。この視点での探求を楽しんでいただければ幸いです。
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本記事は執筆時点での情報をもとに書いたため、最新情報であるとは限らないことをご承知ください。また、本記事の内容は私見によるものであり、必ずしも所属企業の立場や戦略、意見を代表するものではありません。
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