5月になった~また新しく
平成から令和の改元のときのことはよく覚えている
まず、新元号の令和が発表されたときは、息子と出かける移動中にドキドキしながら記者会見を見ていた
いざ改元するそのときは、親子そろって、思い出深い地で迎えた
あの印象が刻まれているから、今日も節目を感じてしまう
早起き目に、朝から活動していると、予告されていた記事が公開されていた
長年にわたるウォッチになっている ずっと解決していないということだ
支援措置の目的外利用について、違法であるとの判断を一度は裁判所が行った
高裁では、警察ではなく市に責任があるということで、判断が覆ったが、決して、支援措置の目的外利用が完全に不問になったわけではない
その経緯が積み重ねられてこその、今回、市が責任を認めて謝罪する形での和解である
この支援措置のおかしさを多くの人が向き合えるようになった方がいい
支援措置によって、「DV」が認定されるわけではないけど、「とりあえず」被害者を名乗る人の情報は、加害者と呼ぶ人に対しては提供しない、というものにすぎない
裁判所からの問合せであれば、情報提供が行われる
自ずと裁判所での協議を引き起こすこととなり、日本で最も多く選択される協議離婚がおよそ不可能になっていく
協議離婚は、当事者の合意だけで離婚を成立させるもので、諸外国では、とても珍しい
そのよしあしも簡単には割り切れない
離婚条件の設定が当事者任せであるため、幅は広いが、しかし、細かく条件を整理することもできれば、無条件でひとまず離婚だけする、ということも可能であることがかえって都合がいいこともある
こういう協議離婚が叶うのも、あくまで、当事者同士が協議可能な場合に限定される
いわば特権かもしれない離婚の自由を、支援措置による住所秘匿となれば、放棄することになってしまうが、「とりあえず」というところに意義があるのだろうか
DV被害者かどうかあいまいでも「とりあえず」受け付けられる
実際、夫婦間で暴行に及び逮捕勾留までされ、示談した「被疑者」(すなわち認め事件として「加害者」である)であっても、支援措置の申請をすれば発動してしまう
これでは、真の被害者は救済されない
「とりあえず」の安易さから、住所秘匿の配慮も徹底されないこともり、稀に、情報漏洩による市の責任が問われる報道があると、真に住所秘匿をしたいDV被害者は支援措置制度の利用を躊躇することになる
住民票上の移動をあえてしない
別居していても住民票上同居のまま同一世帯ということになる
その場合に、世帯主のみを受給権者とすることの問題は指摘されてきた
そこで、例外的な方法が開拓され、その中でも支援措置が挙げられていた
支援措置は、別居(=世帯別)が前提であるから、不思議であったが、情報が詳細化されて判明したところによると、あくまで基準時時点で同一世帯で、その後別居になって支援措置を受けた場合のことのようだった(記憶の問題だが、当初はそのようには読み取りづらかった感覚が残る)
さらに3日後の記事からは支援措置の文字が見当たらない
結局、支援措置の前提たるDV相談証明書さえあれば済む話だったので、特例条件が3つ挙げられていたように見えて重複していた、というだけのように思われる
現在は特例条件は2つ
この意味は、基準日(4月27日)時点では同居していても、給付される3か月以内にDVが発生した場合の救済の問題のように考えられる、が、早い地域ではすでに給付が行われている
給付後のDV発動はどのように扱われるのか、さらにモヤモヤが残る
特例条件の最初に挙げられる保護命令だが、これは裁判所が関与する
現在、裁判所はほとんどの期日を取消、機能していないが、DV被害者の保護命令のための事件は特別に動いている
DV保護命令の申し立ては別事件扱いなので、離婚を求めて弁護士に依頼し、法テラスの民事扶助を利用する場合でも、別料金(比較的高額)となると、たとえリスクがあっても、あえて申立をしないということもある(支援措置で当面足りるという判断が働く)
DV被害者が救われない
DV被害者になるには高くつく、仕組みだからそうなる
DV被害者を救済するために、DVに絞らない婚姻制度(=離婚制度と表裏一体)が望ましい
婚姻の特権を一切排斥しないと、心情として耐えがたくとも、経済合理性を優先して離婚を躊躇うという事態を招きかねない
愛が失われた状況で責任のために関係を拘束される状態も悲惨である
愛あってこその家族としての営みが、裏付けを失ったとき、心を蝕み、病にまで至る
離婚したら元気になったり笑顔が増える現象があるのはそのためだ
楽になれると幸せが近くなる
結婚してもしていないくても、離婚してもしていなくても、個人としての尊厳が守られる社会にする
そういうとき、得にも損にもならないのに、共に過ごす理由は、単にそれが「心地よいから」ということに集束していく
愛する人と愛があるから共にいる
なんと素晴らしいことだろう
今、それが妨げられるという事態に見舞われる家族断絶も話題だ
感染症そのものだったり、恐怖だったり、単なる不安だったり
愛する人と心地よく共に過ごせるということは奇跡なのだ
令和時代へと変わって1年が経った
もっと奇跡があふれることを願っている
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