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腹の虫

私は秋が好きだ。

何もしていなくても汗が吹き出てくる暑苦しい日々が終わりを告げ、涼しい風が吹くようになる。
着実に、少しずつ。冬に近付いているというこの感覚が、私は好きなのだ。

そんな秋の風を感じながら歩道を歩いていると、紅葉した葉っぱ達が枯れ葉として地面に落ち、濃いグレー色のコンクリートをオレンジ色や黄色で染め上げているさまを見ることが出来た。

その上をわざと踏んでみる。葉っぱ達は絨毯のように積み重なっていて、柔らかい。柔らかいのに、歩く度にカサカサと乾いた音が鳴る。不思議だ。
一歩一歩踏みしめて歩いていくと、この天然絨毯を私が汚しているという錯覚に陥る。

ふいに歩みを止める。天然絨毯の上に毛虫が転がっているのを発見した。これも秋ならではだ。全く気付いていなかったが、毛虫だけではなくあちらこちらに虫の類いがいるのが分かる。内心、うえっと思いながらも虫を避けて歩みを再開させる。

刹那、ぶわっと勢い良く風が吹いた。私の髪の毛が暴れまわり、天然絨毯を生成していた枯れ葉達は踊り狂う。まだ辛うじて木にしがみついていた葉っぱ達も、無惨に風に拐われた。
その葉っぱ達をぼうっと見詰める。すると、葉っぱ達と一緒に舞っている虫を発見した。

なんとも言えない気持ちになった。

風で飛ばされてしまう小さな肢体。小さな命。嗚呼、あんな虫にだって命があるのだ、なんて当たり前のことを思う。

風が止んだところで、ふと美味しそうな匂いがしてきた。風は香りをも運ぶ。辺りを見渡してみても店らしきものは無い。恐らくどこかの家で作られているであろう食事の匂いに、私はくらくらと目眩がした。まるで食に飢えているこじきみたいだ。何故こんなにも惹かれるのだろう。食欲の秋だから?

思うのだが、食欲の秋だのスポーツの秋だの読書の秋だの「○○の秋」と良く言うが、何故秋に限定されているのか。季節柄過ごしやすい気温だからという理由なら春だってそうだ。なのに食欲の春とは言わない。おかしい。
四季の中でも一番短い期間しかない秋に、我々人間はどんな可能性を抱いているというのか。

ぐうう

唐突に、私の腹に住んでいる虫が鳴った。食欲の秋とは、まあなんとも言い得て妙である。

end

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