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「Still Summer Short Stories」その2



 これは、夏の終わりの終わらない夏の終わりの、お話―――


『女神の一撃はさけられない』


――きれいになってく。
さくやちゃん(相変わらず本人に向かって〝ちゃん〟はNG)は年々きれいになってく。夏が来るたびに。季節が巡るたびに。ううん、元々生まれたときからきれいだったけど、どんどん、もっと、すごくきれいになってく。近づいてく。わたしと出会った頃のさくやに。
時間はいつだって先に、前に、進んでいくものだけど、だから、わたしはなんだか、昔に戻っていくような、そんな気もして。
さくやちゃん、高校三年の夏の終わり。わたしと出会った時間が近づく。


……という話とは別に。


「わたし、まだ許してないからね、あれだけは」

大幸家のリビング、夜、食事のあと。
なんでそんな話題になったのかは、わかんない。まぁ大体そういう余計なことを言うのはきょうこで。さくやちゃんは品よく食後の紅茶を飲みながら楽し気にわたし達を見てる。わたしときょうこを。
ソファのきょうこは素知らぬ顔。ふんふーん、なんて鼻歌交じりに缶酎ハイに口を付けてる。お酒、好きだな!

「面白いわね、あすかがそんなに根に持ってることがあるなんて」

さくやちゃんの口調にはからかう響きがあって。

「それは記憶力わるいくせに、とか、そういう胡乱なことですかね。さくやちゃ――さくやさん」
「勘ぐりよ、それは」ふふって笑いながら。美人さんな笑みで。
聞かせなさい?
……表情(かお)が言ってた。目が語ってた。まぁ、いいですけど。
だから、わたしは話してあげる。

それは帝都看護二年の夏。夏(休み)の終わり頃。さくやの魂が消えたあとの話。まださくやちゃんには話してなかった、わたしときょうこのエピソード。
あるいは、それはこうも言えるかもしれない。

「さくやとね、再会したんだよ。あの、夏の終わりにね――……」

さくやちゃん、小さく目を丸くした。

***

暑かった。
どうしようもなく暑かったのを覚えてる。実際、猛暑ってほどじゃなかったかもしれないけど、あの頃、わたしは野獣モード、狂犬モードになってたきょうことの毎日の攻防で疲れてて、やけに、やたら暑さが堪えていたのを覚えてる。
もちろん、毎日、なおちゃんがケアしてくれてたんだけど。それでも。
きょうこがいる病院までの道のり。アスファルトの道路。
眩暈がするくらい暑くて。
だから――……だったんだと思う。それもあったんだと思う〝あれ〟は。

きょうこがいる個室のドアを開けたら、声がした。
――あすか。
わたしを呼ぶ声だった。あの頃、きょうこはわたしを名前でなんて呼んでなくて、裏切り者とか人殺しとか、シンプルに〝バカ〟とか、そんな呼び方ばかりだったから、その時点で、違った。
え、って思った。足を止めた。

――ひさしぶり、と言うべきかしら。元気にしていた?
――さく、や……?
――嬉しいわわかってくれて。ええ、わたしよ。きょうこじゃなく。

わたしは病室の入り口で立ち尽くした。
声は、続けて、

――どうして、戻ってこれたのかわからないけれど。気づくと、こうなっていたの。おひさしぶ――……
――さくや!

わたしは叫んで、一瞬で目から涙がぼろぼろ溢れて、彼女が身を起こしてるベッドに駆け込んで、その胸に飛びこむみたいに顔を埋めるみたいにしてた。何度も名前を呼んだ。
奇跡だと思った。

――さくやっ、さくやさくやさくや!

なんにも考えられなかった。
もう会えないって思ってたさくやが、そこにいるってことに、まともな思考は飛んじゃってた。ううん、とっくに夏の暑さに頭はやられてて、わたしは。

――可愛いあすかね。くす、くすくすくす。

心臓が止まるかと思った。
くすくす笑いは、すぐにはっきりした笑いに変わって、あははは!って楽し気な声が病室に満ちた。最初から病院内は冷房が効いてたけど、そんなの関係なく背筋が冷えた。ぞっと。
自分の過ちに気づいた。

――あはははは! バカね、あなた。みっともなく泣いちゃって。

弾かれたように身を離した。
さくやから……、違う、悪意に満ち満ちた表情をした、きょうこから。

――きょうこ!
――こんな安易な罠にひっかかるなんて。本当、バカだわ。ええ、わたしはきょうこよ。退屈してたからね、ちょっとからかってみたの。くすくすくす、それっぽかったかしら。

さもおかしそうにきょうこは笑ってた。病室には夏の午後の日差しが差し込んでて、ベッドの上で身を起こしてるきょうこの姿は逆光になって暗くて、その向こう、窓の外の明るい夏の景色とのコントラストが、悪夢みたいだった。冷房のせいじゃない寒さ……というより冷たさに、わたしは凍りついたみたいに立ち尽くしてた。
終わりゆく夏の中。
よく覚えてる。――このとき、はじめて、わたしはきょうこをはっきりと〝嫌い〟って思ったんだ。

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