「ふたりだけの同窓会」
『おひさしぶりです、大幸あすかです』
*****
病院勤務の帰り道。
ときどき。
足を止め、わたしは夜空に手を伸ばす。
星々がきらめく夜空に。
――星空に手を伸ばしてるんだ。
あてもなく。
「はぁ、懐かしいなぁ……懐いぜっ」
なおちゃんがいたら注意されてる言葉遣い。
……すみません、わざとです。
もう最近は、めっきり、ほとんど注意されてません。
わたしも大人!ですから(えっへり)
そう、あてもなく伸ばしてた。
星に。手を。
自分の手が、どの星に、どんな星に届くのか。
わからないまま。
手を。
あの頃。
帝都看護での日々。
ときおり、わたしは懐かしく思いだす。
思いだして、たら。
*****
同窓会の案内状が届きました。
差出人、……主催者?のところには。
まちちゃん、みちちゃんの名前。
懐かしい、まちみちコンビちゃん。帝都看護を卒業してから会うことはなくなったけど、たまに連絡がきていて(ふたりでお洒落なワインバーを経営してるそうです)(看護関係ねー)
「え、なおちゃん行かないの?」
「うん」
案内状が届いてた、その夜、リビングでわたしとなおちゃん。
愛娘のすばるちゃんは、なおちゃんの寝室でお休み中。あ、すばるちゃん、二歳になりました。夜泣きすることも、あんまりないよくできた娘です。親バカ。自覚あり。
なおちゃん、ちらんと自分の寝室を見やって、
「ていうか、行けないよー。すばるがいるし」
「うーん、そうだけど。誰かにみててもらうとか……」
「えー、ダメだよ、そんなの。気になっちゃう」
「じゃーいっそ、連れてくとか。親子で参加!」
「ダメダメ、夜でしょ。はじまるの。それに、みんなお酒も入るだろうし……」
会場は、まちみちちゃんのワインバーだそうです。
わたしは、うーん、と唸るしかなくて。
「みゃーん……」
「??? なにそれ? お姉ちゃん」
「あ、いや、いつも『うーん』って唸るのも芸がないなって思って。にはは」
「芸とか、そういう問題かな……」
「……行かないんだ、なおちゃん」
「だから、行けない、だよー。お姉ちゃんは楽しんできて」
「いや、でも」
「なおなら、大丈夫だから☆」
明るい、曇りなんてまったくない、ぴかぴか満点スマイルで言うなおちゃん。わが嫁妹(よめいも。こいいもからバージョンアップ)です。ですけど。
〝なおなら大丈夫〟。
〝なおに任せて〟と同じくらい、なおちゃんの口癖みたいになってる、言葉。
信じられる、言葉。
だって、そこにはなおちゃんからわたしへの、その、恥かしいですけど深い愛だとかがこもってて。思いやりの言葉。
嘘偽りのない、言葉。
なんですけど。それはわかってるんですけど。
「でも、さ」
わたしは迷って迷って、考えて考えて。
「なおちゃんが行かないなら、わたしも行かない。決ーめたっ」
宣言しました。
「えっ?」
なおちゃん、ちっちゃくびっくり顔。可愛い……なんて思ってる場合ではなく。あ、でも、可愛い(永遠のダメ姉)(しっかりしろわたし)
わたしは、こほん、と咳払いして、
「うん、だって、ひとりで行っても楽しくないし。それにさ、なおちゃんひとりで寂しい想いさせたくないし。だって、ふーふなんだよ、わたし達!」
「ふーふ……ほわわん……お姉ちゃんの口から出る『ふーふ』いいなぁ」
「いやいや、なおちゃん、溶けてる溶けてる」
「おっとと。んー」
真剣な顔で、わたしも行かない旨を伝えると、なおちゃん、ちょっと溶けかけてたけど、真面目な顔にすぐ戻って。
「あのね、お姉ちゃん」
「はい」
「こうなったら、なお、正直に言うね。――えっとね☆」
真面目な顔から、ぴかりんっと笑って。
「なお、同窓会とか興味ないんだ。だから、むしろ、すばるダシにして、行かない理由にしちゃってるの。ごめんね。なおは、お姉ちゃんとすばるがなおの全部で、幸せで、他にはいらないって思ってるから。でも、お姉ちゃんは行ってきてほしいな、だって……お姉ちゃん、本当はすっごく楽しみでしょ」
だから、なおなら大丈夫、と、なおちゃん。
「あ、あー……、あー……」
そう、なおちゃんの『大丈夫』に嘘はない。それを、わたしはよく知っていて。
わたしなんかより、よっぽど人づき合いも上手で、たくさんの人から信頼、信用されてて、頼られてて、友達も多い……多そうで。なのに。
わたしは、いつかのなおちゃんの言葉を思いだす。
――なおの世界はね、雨の日の傘の下みたいに、ちっちゃい世界でいいの。それが、なおの欲しいものだったから。
「うちの妹が……冷めてる……知ってたけど」
「あはは、ごめん。だから、お姉ちゃんは楽しんできて。お姉ちゃんの土産話を聞くのは、なおも楽しみだから」
「う、ううう、うー」
なおちゃんに言い返す言葉なんてなくて(まぁ、いつもですけど)わたしは唸るばかりだったけど、でも、これだけは言わなくちゃと思ったことを言った。
ごくごく真剣な顔で。これ以上ないってくらい、マジな顔で。
「わかった、ひとりで行ってくるよ」
「うんっ」
「でも、わたしだって、なおちゃんと一緒じゃなかったら、心から楽しめないんだからねっ。そこんとこ、しくよろ、なんだからねっ!」
「お姉ちゃん……」なおちゃん、じーんと感動の面持ちをしてから「うん、でも、大丈夫だよ。きっと。お姉ちゃんなら」
「そ、そそそ、そんなことなーい!」
*****
ここから先は
¥ 300
頂いたサポートのおかげで、明日も工画堂文庫を開店できます。