TOMORROW Part1
本作は『白衣性愛情依存症』本編のエピローグとなっております。
ネタバレを避けるため、ゲームをプレイしてからお楽しみくださいませ!
改めて自己紹介します。
――大幸あすか、それがわたしの名前。
いつきアフター
――あの女の子は、今、どうしているんだろう?
* * *
小動物みたいだ、といつきの前の恋人は言った。
「ほんと……小動物みたい」
いつきの寝姿を眺めて、今の恋人であるわたしは呟く。寮の部屋(元はわたしとなおちゃんの部屋)二段ベッドの上のベッド(元はなおちゃんが使ってたベッド)で眠っているいつき。布団の下、ぎゅっと丸まるみたいに、膝を抱きかかえるみたいにして、縮こまって身を守るように、そんな格好で眠っている。
二段ベッドの下のわたしのベッドに潜りこんでこなかった朝は、いつもこうだ。なんとなく、狭い木の洞(うろ)の中でしっぽを丸めて眠るリスみたいだと思う。本当にリスがそんなふうに寝てるのかは知らないけど。
眠ってるときのいつきの表情は、眉尻が下がってて(困り眉って言うんだっけ、一時期、メイクでも流行ってたらしい、あれ)なんだか、泣きそうな顔にも見える。気弱で、臆病で、泣き虫で、陰気で、ぱっとしなくて、弱々しくて、なにかに押し潰されそうで、悪い夢でも見ていそうで(実際そういうわけじゃないらしい、本人に確かめたところによると。でも嘘つきだからなぁっても思う)とりあえず言えるのは、眠ってるときのいつきのハンサム度は0、せめてだらしなく寝乱れてる前髪を整えてあげたいって思うけど、眠ってるくせにすごく敏感ですぐ目を覚ますから、それもできない。そんなところも小動物っぽいって思う。
だから、わたしは見てるだけ。ただ見てるだけ。面倒くさい恋人の顔を。じっとじっと。ひとつ訂正、ハンサム度0ってことはなかった。ううん、十分、ハンサム。かっこいい、きれい、でも、なんていうか起きてるときの暴虐眼鏡怪獣! みたいなとっつきにくさ(?)は完全に0で、かっこよくてきれいなくせに、守ってあげたくなるような愛嬌があってようするに…………卑怯だ。
はい。
(出ました結論。わたし会議で満場一致、わたしの恋人は――いつきは〝卑怯〟!)
帝都看護、二年目の秋。ある休日の朝。
(どうしてやろうか……この卑怯メガネ……今はしてないけど)
ゆうべ、わたしは遅くまで学校のレポートをやってて、いつきはその間ずっとゲームをやってて、わたしが先に寝るときもやってて、だから、いつ寝たのかは知らない。これで座学の成績はトップだっていうんだから、ほんと卑怯。
こっちがぐっすり眠ってるのをいいことに、隙あらばわたしの布団に潜りこんでくるし。
「……………………」
じとっとした目で、わたしは恋人の寝顔をにらむ。ごくごく小さな、自分でも聞きとれないくらい小さな声で、
「………………………………………………………………たまには寝込み襲ってやろうか」
「やれるもんならやってみな」
眠ってるはずのいつきの口から、ぜんぜん寝声じゃないはっきりした不敵な声がして。
「へっ? わわっ! あっ、ちょ――……!?」
布団を跳ね飛ばし、野生動物みたいな俊敏さで身を起こしたいつきに、あっという間にベッドに引っ張りあげられた。引っ張りあげられて、あっという間に組み敷かれる。またこのパターン! 誰だ、コイツが小動物みたいだって言ったの!
「わたしだっ!?」
さくやさんもだけどっ! わたしは、迫るいつきの顔に、
「や、やめなさ――んぷっ!」
強引なくちづけ。休日の朝っぱらから。わたしは溺れそうになるみたいに、
「んっ、……ぁ、はっ――――」
「――――――」
強引なのに、いつもいつきのくちづけは優しくて。
つき合いだしてすぐ、いつきがキスが上手なことは思い知らされてる。何度も。情熱的なだけのキスじゃない。優しいだけのキスじゃない。最初は、さくやさんへの罪悪感からかなって思ってたけど、たぶん、それだけじゃない。
いつきとのキスは、いつも――甘く、罪の味がして。どこかに落ちていくような。
腰にくる、キスで。
(だ、だめっ、だめだめだめだめ~~~~~~~~~っっ!)
で。
「…………あむ」
わたしはバターを塗ったトーストをあむあむと齧る。テーブルを挟んで、向かいに座って砂糖ありミルクなしのコーヒーを飲んでるいつきは、ツヤツヤした顔。なんかもう腹が立つくらいすっきりしてる。
「あっ! やややってないっ、やってませんよっ!?」
「??? どした、急に」
いきなり妙な声を上げたわたしに、いつきは怪訝な顔。
「いや、急に弁解したくなって……」
「なにをだよ。そして誰にだよ。さては寝ぼけてんなー」
「…………そうかも」
勢いで腰まで浮かせてたわたしは座り直す。おとなしくトーストを齧る。
いつきは朝食は食べない派。糖分はしっかりとる主義なのか、一見ブラックに見えるコーヒーを前にちょっと飲ませてもらったら、すごくすごく甘かった。砂糖大量。
「今日さ、なんか予定ある?」
窓のほうを見やって、いつきがなんてことないふうに聞いてきた。
「え、まぁそりゃ課題やら実習レポートやら予習やら――」
「それは夜でいいんだろ」
「や、そうかもしれないけど、さ……」
「じゃ、デートしようぜ」
窓からわたしに顔を向けて、いつきは言った。いい顔で。帝都看護のクラスメートや先輩や後輩や、果ては先生達まできゃーきゃー言わせてる、いい顔で。
ああ……、とわたしは思う。
なおちゃんがそばにいてくれなくなって、自分ひとりでコツコツやんなきゃいけなくなって(なおちゃんはいつでも協力するよって言ってくれてるけど)成績が落ちて留年なんてことになったら、あの実は〝ばいおれんす〟なお姫様になにを言われるか。
いや、されるか。
おかげで最近のわたしはすっかり真面目ちゃんです。実際、いつきとつき合いだしてもデートらしいデートなんて、まだ一回もしてない。
遊んでる余裕ない。うんうん、ないんだよ。
(それがわかんないかなー、わかんないんだろーなー、いつきみたいな天才ちゃんには)
ははは……なんて、わたしの口元にはやるせない笑み。
「あのね、いつき――」
わたしはいつきを見る。はぁ……なんて吐息をもらして、言葉を続ける。神妙な顔で。
「行くに……決まってんでしょうがっ!」
びしっと親指立てて、わたし、ぐっじょぶサイン。
(もー、遊びたくて遊びたくて、おべんきょー怠けたくてしかたなかったんだから!)
遊んでる余裕なんてない。わかってる。
自分みたいな凡人ちゃんはコツコツ頑張るしかない。わかってる。
いつきの誘いは悪魔のささやき。わかってる。
「行くに……決まってんでしょうがっ!」
もう一度、わたしは言った。力強く。「おー」と、いつきは感心して、ぱちぱちぱちなんて拍手まで。ええ、勉強なんて知ったことかーい、ってなもんです。
(だって、恋人からの初デートのお誘いなんだもん。これは――しかたないよねっ!)
悪いのは誘ったいつきで。
わたしも十分、卑怯でした。えへへ。
…………が。
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