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夢現Re:Master前日譚_「Ever starting Games」


―――ね、ゲームとわたし、どっちが好き?


          

初めてプレイするゲームの、タイトル画面で。
スタートボタンを押す。
そのときの緊張感が好き――と、こころは言っていた。 

***

大鳥あいには、忘れられないゲームソフトがある。

『スーパーマリコシスターズ』通称「スーマリ」。
買ったからには、どんな”くそげー”も完全クリアするのが真のゲーマーだよ!と、いつも言っていた妹こころが、唯一クリアしていないゲームソフトの名前だ。

難しかったから? そんなことはない。
ゲーム音痴で有名(妹こころの中で)な、あいですら四苦八苦してステージ3までは到達できた。難易度は甘めで、こころなら苦もなく最終ステージまで攻略できただろうと思う。その気になれば。
面白くなかったから? そんなこともない。
「スーマリ」は国民的ゲームソフトとして知られ、その面白さはゲームセンス皆無として知られる(妹こころの中で)あいですら、楽しく遊べたほどだ。楽しかった。面白かった。時間を忘れた。
でも、あいは当然、こころも途中までしかプレイしていない。

あい十六歳、こころ十四歳の夏。
だから、ゲームの最後、攫われたウメ姫が無事マリコに助けだされるかもあいはわからない。こころが途中でプレイすることをやめたゲームはあいが知るかぎりその一本だけだ。
発売を。プレイするのを、楽しみに、楽しみにしていたのに。

――早く早く、あいはあたしの隣! 見ててね!

――ふふ、だいじょうぶ、見てるよ。
――あとで、あいにもやらせてあげるから。まずは、あたしが初見で何面まで行けるか、ちゃれーんじ!

こころの部屋のテレビに繋がれたゲーム機。ちっちゃなゲームキャラ達が元気に跳ね回っているタイトル画面。流れる軽快なBGM。
こころは、わがまま勝手で、典型的な姉の手を焼かせる妹だったが、同時になにをするにも姉と一緒でなくては嫌、という”くっつき妹”でもあった。あいはもう慣れている。それが二人の日常で。
こころは愛用の(元々付いていたものでなくお年玉で買った)コントローラーを胸の前で構えて、深呼吸。
目をつむる。静かな、祈るような表情が、透明で。
まぶたを開いて、あいを見る。

――えへへ、ドキドキしてきた!
――うん、わたしも。
――緊張する~! でも、やっぱいいよね、この初プレイの緊張感。
――くす。それは、わたしはわかんないけど。
――あいがゲーム下手だからなぁ。でも、これなら、たぶん行けるはずだよ。裏ステージに入らないかぎりは簡単ヌルゲーって話だし。ぶきっちょなあい向き。
――むー……そんなはっきり言わなくても。
――ごめんごめん。あいの分まで、あたしががんがんクリアしちゃうからさ!
――うん、見てるね。

ゲームを楽しむ妹の姿を見ているのが、あいは好きだった。楽しそうにしている、こころが。
こころは再度、深呼吸。視線はテレビ画面へ。ゲームのタイトル画面へ。

――押すよ、スタート。

そっと指を動かして、コントローラーのスタートボタンに置いて。早く遊びたい、でも、この緊張感もいつまでも味わっていたい、そんな感情が入り混じった顔で。興奮した様子で。

――あ~! もったいない! まだ押せない! くぅぅぅぅ!

じたばた、足をばたつかせるこころ。楽しそうだなぁ、とあいは思う。
にこにこと妹を見守る。
好きなだけ満喫してほしい。この楽しい時間を。ゲーム全般が苦手なあいにとって”ゲーム”とは自分がプレイするものでなく、妹のこころが楽しんでいる姿を見るものだった。

それから、およそ10分。
こころは「押すよ!」「押せない!」と一人芝居を延々と。ひとりでパーティでもしているかの盛り上がりっぷりだった。
去年『リュウオークエスト』をプレイしたときは、ゆうに一時間、タイトル画面を前にはしゃいでいたことを思うと、まだ短い。

――……スタートボタンを押すとさ、ゲームがはじまるんだよね。すごいと思わない、あい。
――え、なにが?
――だって、押さなきゃはじまらないんだよ!
――…………うん、そうだ、ね。

それ以外になにが言えただろうか。
でも、こころはこの世の真理を悟ったような顔で、すごいすごい、と繰り返し、やがて覚悟を決めた顔でスタートボタンを押した。「えいやっ」と掛け声とともに。
そして、ゲームがはじまった。

***

以前、あいは冗談でこころに聞いたことがある。『リュウオークエスト』で”隠しボス”とかいうものを倒すために、こころがひたすら勇者たちのレベル上げに勤しんでいたときだ。
冗談。ほとんど冗談、ほんのちょっぴり、ちょっぴりだけ本気で。

――こころ、わたしのこと好き?
――うん、すきー。大好き。
――ね、こころ。ゲーム、好き?
――すきー。大好き。
――……じゃあ、ゲームとわたしだったら、どっちが好き?
――ゲーム。

あっさりと答えられた。
表情には出さなかったが、そのとき、大層ショックを受けたことをあいは覚えている。「そ、そうなんだ」「そっか」「こころは本当にゲームが好きなんだね」絞りだした言葉は、なるべく明るく言ったつもりだったが、最後のほうは涙交じりになっていたとも思う。

――じょーだんだよ! もう、あい泣くな~!

コントローラーを放りだし、どーんと体当たりするみたいに飛びついてきた妹に、畳に押さえつけられた。きゃ、と声が上がった。
こころの部屋は和室だ。洋室のあいの部屋を常々羨ましがっている。
見上げる。
天井の明かりで逆光になったこころの顔が間近にあった。冗談で聞いた質問に冗談で返され、ショックを受けたことが恥ずかしくあいの頬は赤らんでいた。思わず、強がりの言葉が出る。

――なっ、泣いてないよ……。
――んーちゅ。ほら、しょっぱい。涙の味。
――な、な、ななな、こころっ?
――目尻に、ちゅーしただけじゃない、驚かなくても。
――で、でも。
――唇にだってしてるんだし、あたし達。
――そ、それとこれは。
――ほら、ん…………。
――ん、……ダメ、だよ。キスは誕生日だけって。
――嫌だった? あい。
――……嫌じゃ、ないよ。
――あいが一番好き。ゲームより。

不意打ちのキスから、不意打ちの告白を受けて、あいはまたじわっと目尻に涙が浮かぶのを自覚した。


あいとこころは誕生日が同じだ。双子というわけではない。ふたつ歳は離れている。二年違いで誕生日が同じになったのは、偶然、たまたま、奇跡、もしくは運命、もしかしたら神様の悪戯。
おかげで二人の誕生日は合わせて一度に祝われ、なんだか損してる気がする、とこころは言ったこともある。それでも、ふたり重なった誕生日は、姉妹の間では特別で。だから、キスを。
初めてのキスは、あいが中学に入った年。
……もしも、普通に自分たちの誕生日が違う日なら。キスはしていなかっただろうかとあいは思う。誕生日パーティの夜、ふたりでひとつの布団に入って、暗闇の中、キスをした。

――こころ、なんだか、慣れてない?
――ふふん。まぁね、経験豊富だから、あたし。
――そ、そうだったの!?
――コイプラスでいっぱいね、そりゃもーちゅっちゅしまくり!
――なんだ、ゲーム。
――あー、すごいんだよ、今の恋愛ゲーム。
――ごめんごめん、そうなんだね。
――でも、やっぱり……本物のほうがいい。
――うん…………。

そんなやりとりを思いだしながら、あいは『リュウオークエスト』のBGMを耳に、畳の上で妹からのキスを受け、子犬みたいな愛らしい顔を見上げている。
こころは小柄だが、押し倒されて感じる体の重みは、柔らかで、甘く、しっとりと感じられた。

――いいの? レベル上げ。
――うん、後でいい。今は…………。

後日、こころはしっかり”隠しボス”も倒していた。

***

こころの「スーマリ」初見チャレンジは順調だった。
裏ステージに入らなければ”簡単ヌルゲー”というのは本当なのかもしれない。危なげなく次々ステージをクリアしていく。もしかしたら、このまま最後まで行ってしまうんじゃ、とあいは思ったほどだ。

――あー、くそ、さすがに厳しくなってきた!

でも、さすがに初見でいきなり最終ステージまでいくのは難しく、およそ2時間ほど進めたところでゲームオーバーになった。
画面には『コンティニュー?』の字とカウントダウンの数字。てっきり、すぐに再チャレンジするかと思ったが、こころは「はい、あいの番」と言って畳に転がっていた純正のコントローラーを放って渡した(愛用のコントローラーは自分専用で)

――え、わたし? い、いいよ。見てるだけで。
――せっかくだから、やんなよ。やっぱこれ、簡単だよ。あいでもステージ1くらいは初見クリアできるんじゃない? 操作方法は、あたしの見てて大体わかったでしょ?
――う、うん。それはそうだけど……。でも、いいの? こころ、いいところまで進んだのに。続けてやらなくて。
――いいのいいの。てか、このまま一気にクリアなんてもったいないし。
――そっか。そうだ、ね。いいの?


本当は。
珍しくあいも「スーマリ」をプレイしてみたいと感じていた。キャラクターは可愛いし、操作も(こころを見るかぎり)簡単そうだったし、ステージ1なら難しくなさそうに見えた。自分にもできるかもしれない、ううん違う、できそう。できる気がする。面白そう。楽しそう。なんならこころと二人プレイで遊んでも楽しいかもしれない(普段は足を引っぱるだけなので誘われても辞退していた)ゲーム音痴、ゲームセンス皆無の自分だけど、これなら。「スーマリ」なら。そう、自分にだってひとつくらい満足に遊べるアクションゲームがあっていい。「スーマリ」なら。赤い帽子をかぶった陽気なマリコさんなら。こんな自分とでも、うまくつきあってくれるかもしれない。ウメ姫を救えるかもしれない……そこまで考えるのはまだ気が早かったかもしれないが。

――うん、じゃあ、ちょっと触ってみようかな。
――おっ、いいねー、やろやろ。
――あ、あんまりじっと見ないでね。緊張するから。
――んー、わかった。ちらちら見るよ!

それはそれで気になる気がしたが、ともかく。
テレビはタイトル画面に戻っており、あいはおずおずとコントローラーを胸の前で構える。
こころと同じスタイルだ。
というか、他のスタイルを知らないだけだったが。今日買ったばかりのゲームの、自分にとっては初プレイ。そっと指先を動かし、スタートボタンに添える。タイトル画面ではマリコさんがぴょんぴょん跳ねて、はじまりのときを待っている。

じっと画面を見る。こころは心地よいと言った緊張感。見られていると思うと、それは一層強くあいを包む。
固まったように、あいは動かない。あは、とこころが笑った。

――スタート、押さないとはじまらないよ、あい。
――う、うん、わかってる。すー、はー。
――逆にいうと、なにがどうだろうと、スタート押しちゃえばはじまるってこと。押しちゃえ。
――そうだ、ね。スタートボタンって、すごいかも。
――おっ、あいもわかってきたじゃーん。ほんじゃ、スタート。
――えっ!?

 こころが横から手を伸ばし、勝手にスタートを押した。

――えっ、あっ、ちょっと待って待って、まだ気持ちの準備が。わぁはじまった! え、ええと、右に進んでいけばいいんだよね。あ、あ、前からカキボーが!
――落ちついて、あい。敵はゆっくりだし、かわせるよ。ジャンプ!
――ん、んんんっ!

思いきってジャンプボタンを押す。ぴょいーんと飛んだマリコさんはみごとな、狙ったような軌跡を、弧を描いて跳躍し、敵キャラであるカキボーの正面に着地した。
即座に接触。そして、死亡。

――あーっ!
――……すごい、狙っても難しいよ、今の。やるね、あい。
――もう、おなか抱えて笑わないで!

簡単なはずの「スーマリ」の、もっとも簡単なはずのステージ1で。
あいは面白いように死にまくった。
こころは、ずっと笑っていた。こころはものの数分でクリアしたステージ1を、あいがクリアするのに掛かった時間は一時間超。挑戦すること……回数は途中で数えるのをやめた。
気持ちはとっくに折れていたし、こころと交代したくてたまらなかったが頑として代わってくれず、途中から、あいは半べそでマリコさんを動かしていた。胸は罪悪感でいっぱいだった。

――恨まれてる。ぜったいマリコさん、わたしのこと恨んでるよ……。
――ないから安心して。それより集中集中、ほら、画面見て! そこはしゃがむ! 前からくるやつの背中蹴ってジャンプ! 走って! あ、隠しブロック出して、そこ足場にして…………。
――あ、あわ、あわわわ、あわ。

こころに言われるがまま、不格好にマリコさんを右往左往させ続けた果てに、まず間違いなく実力でなくラッキーだと思うが、あいはステージ1をクリアすることに成功した。

――………………………………ふぇ?
――やった! やったじゃん、あい! ゴールだよ!
――クリア、した、の?

呆然と、花火が上がる画面を見続けていた。「そだよ、あいが頑張ったから!」自分のことのように、こころも喜んでくれた。そして、悪戯っぽくあいに笑いかけ、ね? と念を押す。

――はじめてじゃない、あいがアクションゲームで面クリしたの。いっつも見てるだけでさー。それもいいけど、これでわかったでしょ、スタートボタン押すのが大事だって。
――うん……でも、こころに無理やり押されたんだけど……。
ちょっと恨みがましく言ってみたが、こころは、にひひーと笑うばかり。
――感覚掴んだだろうし、ステージ2も行ってみよ~!
――え、ええええ……無理、休みたいよ……。
――ダメダメ、もったいないよ。ほら、はじまる! 構えて構えて!
――わわわ……っ。

ステージ2がはじまって3秒で、あいは(マリコさんは)死んだ。たいして大きくもない穴に落ちて。
感覚など掴めているはずもなかった。
こころはやっぱり腹を抱えて笑っていた。やめたいと言ったがやめさせてもらえず、二時間後、七転八倒の末たどり着いたステージ3の途中でゲームオーバーになったとき、やっと交代してくれた。
あいは限界だった。

――おっけ、そんじゃ、あたし行っきま~~~~~~~~~~す!

そんなわけで、こころが再プレイ。
マリコさんは、まるで呪縛から解き放たれたように自由に、軽快に、ゲーム内の世界を駆け回り、飛び跳ね、躍動する。同じマリコさんとは思えないほどだった。あいは眩しいものを見る目で、マリコさんを、彼女を操るこころを見ていた。時間は、もう深夜。二十三時を回っていた。
今日は土曜で明日は休みだが、そろそろ寝ないといけない。ふぁ、とあいは小さく欠伸をもらしたが、こころは眠気など感じていないような、むしろ集中力が増した様子でゲームを進めている。
最終ステージが目前に迫っていた。

――あんまり一気にクリアしたら、もったいないんじゃない?
――んー……。

集中してるときの癖である生返事。仕方ないなぁ、とあいはこっそり嘆息する。

そのとき、こころの部屋の襖越しに声がした。

――“あー”もこっち?

あいとこころ、二人の母親の片方だ。”あー”とは、母たちだけが使うあいの愛称。
こころは聞こえていない様子。だから、あいが「うん、ごめんね、もう遅いのに」と声を返した。襖が開けられた。会社から帰ってきて、そのままなのだろう、スーツ姿の母が顔を見せた。
こころはゲームに没頭している(そのフリかもしれなかったが)

――えっと、ごめんね、もうすぐ終わるから。

――私達は離婚することになったわ。私はここを出て帝都に行く。おまえ達、どっちが私について帝都に行くか、話し合っておきなさい。二人共はなしよ。

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