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発明工房は夏へのいざない
――人の仕事ぶりは、それぞれに面白い。
早朝の陽射しに目を細めながら、軽快な足取りでトリスティアの職人通りをゆく少女、フォーリィは思った。
雨期もすぎて、すっかり落ち着いた夏の盛りの日。
トン、テン、カン
様々な工具の音があたりに響く。
鍛冶や木工、織物、陶器、その他もろもろ。トリスティアの街の製造業にたずさわる者の多くが、この街区に集中して店を構えている。
(いいな、なにかを造ってる音)
以前までは、日中に訪れても槌音ひとつ聞こえないということがざら。それが近頃どうしたことか、徐々にではあるが通りの各店、妙な活気を呈しつつある。端的にいえば景気がよろしい。
おかげでフォーリィが代表をつとめるキャラット商会――トリスティア港の管理と仲卸を中核とする会社も、ここで生産される物品の輸出や、生産のための材料輸入などなど、直接的にも間接的にも日に日に大忙しになりつつあるのだ。
その原因、フォーリィは心当たりがないではない。
(これって、原因は帝都からやってきたガラクタ屋……)
長きの不況に苦しむトリスティアの復興を請け負ったEテクノロジー工房士を名乗る少女がやって来てからだ。このことを考えると、フォーリィはどうしても複雑な表情になってしまう。彼女にとって、なかなかに認めがたいことではあった。
「うおーい、港の会長さん。昨日より美人になったかい? 今日もますます美人だ!」
店先で荷ほどきをしている労働夫から陽気な軽口も飛んでくる。
「おはようさん、毎朝抜かりなく神殿にお祈りしてるおかげかしら。景気よさそうね」
フォーリィは愛想よく投げキッス。
それを見ていた向かいの店の筋骨たくましい店主が、おっと声をあげ、
「キャラット商会のお嬢よ、こっちこっち、こっちにも元気の薬をたのまあ!」
がはは、と豪快にフォーリィへ笑いかける。
たぐいまれな容姿と、それだけではない生来の義理堅さが相まって彼女は年若ながら街の顔役、ちょっとした人気者なのだ。右に左に、せがまれるままひょいひょいお手軽なキスを飛ばし、職人通りの住民の労働意欲を朝から盛り上げてゆく。
(ま、いいでしょ、これくらいは……)
道行く人、誰しもが振り返るほどの美貌と見事な肢体の持ち主であってもフォーリィはまだ御年15才の乙女である。内心すこし恥じらう気分もあったが、トリスティアに地歩を築く商売人。罪の無いレベルなら顧客のご要望に柔軟にお応えするのは大事なファクターだ。
だが、ご要望の人数がさらに増えそうな気配を察し、フォーリィは慌てて歩調を速めた。
バタン、ギー、バタン
機織り機の音だろうか。店先から響いてくる音は造っている品物の種類ごと、それぞれに個性的だ。
ゴロゴロゴロ
底響きするこっちの音は、たぶん機械で回るロクロか何か。
ジャーッ、ジャーッ
あちらは木材を削る音。
このように色々な作業音を奏でる店舗群の中、ひときわ異彩を――
しゅびーん、びがががっ、がおんがおん、ばちばちばちっ
発生の有り様をまったく想像できない異音を放つ店がある。それがフォーリィの目的地。遠目にもわかるハンマーをあしらった大きな看板。そこには塗料の発色も鮮やかに「プロスペロ発明工房」とあった。
フォーリィは、プロスペロ発明工房の前に立つと、ふんと鼻を鳴らして髪や服に乱れがないか手早く確認する。
「お邪魔するわよー」
力強いノックと同時に工房内へ足を踏み入れた。
「うおーい! ナノカー!!」
耳を聾する轟音に張り合うような大声をフォーリィは投げかける。
「ガラクタ屋ー!」
その呼びかけに対し、ぬっと奥から顔を出したのはフォーリィの視界のやや下方。
「ん? ああ、グラマーおネエちゃんか」
この工房の幼い主のお目付であるオオカミ型Eテクユニット、スツーカが男臭い声音でフォーリィを出迎えた。スツーカは〝オオカミ型〟ということに常日頃、強いこだわりをもっているらしいが、フォーリィは頓着せず、
「ね、ワン公。ナノカは!?」
と工房奥の作業場をのぞき込むようにして尋ねた。
勝手知ったるなんとやらで、いつも工房の玄関口までは遠慮無しだが、それ以上は不用意に踏み込まない。実験やら作業中のナノカの失敗(主に爆発)に毎度タイミングよく巻き込まれ、酷い目に遭うというのを繰り返して、学んだことだ。
どうやら来訪者の気配を察したようで、がきょん! と甲高い金属音のあとに騒音が停まった。
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