香道具が置かれた場所②:『室町殿行幸御飾記』を中心に
前回の記事では、大学院で研究していた将軍の邸宅の一部であった「会所」と部屋を掛け軸や花瓶、香炉や茶わんといった美術品で飾る行為「座敷飾」の広い意味での関係性について書きました。なかなか続きが書けず時間が空いてしまいましたが、今回は『室町殿行幸御飾記』(むろまちどのぎょうこうおかざりき)と呼ばれる室町時代の座敷飾りを書き残した史料をもとに、どのような香道具が飾られていたのかご紹介したいと思います。
『室町殿行幸御飾記』とは
『室町殿行幸御飾記』(以下仮に『御飾記』と称します)は、永享9年(1437)10月に後花園天皇が室町幕府第6代将軍足利義教の邸宅「室町殿」へ行幸した際、能阿弥が監修した室礼次第を記録した御飾記一巻の写本であり、巻子本です。
後花園天皇行幸の行われた義教の「室町殿」は、同3年7月より義教によって造営が開始された「上御所」をさします。もともとこの地は義満が営んだ「花の御所」にあたります。
『御飾記』の記述形式は、会所が建てられた順序とは逆に「室町殿」の奥向きの池辺にあった永享6年(1434)完成の新造会所、永享5年(1433)完成の泉殿会所(北向会所)、最後に永享四年(1432)完成の南向会所と呼ばれる3棟の会所における室ごとに、さらに各室の床・棚・違棚・書院などの場所ごとに、そこに飾られた道具千点ほどを列記したものとなっており、部屋数は3棟会所合計で28室あります。
『御飾記』に見られる香道具
『御飾記』に記されている香道具は香炉と香合が多く、その他には台の上に乗った香匙や、焼香用のお香を入れていた薬器などが見られます。
島尾新氏が「香炉のある部屋ー会所の飾りのなかでー」において、『御飾記』における香道具の飾りを詳細に分類されています。それを参考にしつつ会所にみられる香道具の飾りをご紹介していきたいと思います。
すべてをあげるとキリがないので、今回は⑴ 三具足・五具足の一つとしての香炉、⑵ 棚などに飾られる香道具、⑶ 焼香用の香道具という3つの飾りのパターンを、数ある部屋の中から一室ずつ取り上げて紹介させていただきます。また、画像はあくまで参考画像であり、実際に飾られていたものではないことをご了承ください。
⑴ 三具足・五具足の一つとしての香炉
三具足・五具足とは絵の飾りの典型的なもので、押板(床の間の原型)の上に三幅対・五幅対を掛け、その下に香炉・燭台・花瓶を置いたものが三具足、さらに香炉の左右に一対の燭台・花瓶を組み合わせたものが五具足になります。これは禅院の方丈を意識した飾りとなっています。
たとえば新造会所「小鳥の床間」の押板には梁楷作「出山釈迦図」の三幅対と、人形を型どったと思われる三具足と古銅の花瓶が飾られていました。この飾り方は総体的にみると表向きの飾りと考えられます。
この押板には三具足と花瓶の他に香合が置き合わされていました。この香合は珪漿(けいしょう)という彫漆の技法で作られており、蛟龍(鱗のある龍のことか)と水仙が彫られているものでした。
(図1)銅三具足 中央が香炉(唐招提寺蔵)
⑵棚などに飾られる香道具
棚に飾られる香炉は 主に2つのタイプに分類されています。
ひとつめは棚の中重(中段)に香炉・香合・香匙台のセットが置かれているものです。島尾氏は「香匙台」は「香匙」「台」をわけて読むべきかもしれないとしています。
泉殿会所「墻盡(かきつくし)の間」の紫檀の棚の中重に上記のセットが見られます。このセットは恐らく七宝で作られており、棚の上重(上段)には花瓶、下重(下段)には食籠が飾られていました。取り合わせを見ると、香道具としての実用性はあまり感じられません。花瓶、食籠ともに七宝で作られており、素材をそろえていることから、観賞用だったのかもしれません。
この後花園天皇の行幸から約40年後の、8代将軍足利義政の邸宅の座敷飾を記録した『小川御所並東山殿御飾図』という史料にもこのセットの飾りが見られるのですが、これらは「沈箱(香木を入れていた箱)」や「薬器(焼香用のお香をいれていた)」などと飾り合わせている為、かなり実用性が増しているように感じます。
(図2)右から「香匙台」「香合」「香炉」(『小川御所並東山殿御飾図』より)
(図3)右から「青磁香炉 銘千鳥」「火道具」「梔子文堆朱香合」、お盆は「唐花唐草鶴文堆黒盆」(徳川美術館蔵)
ふたつめのパターンは、香合と香炉がそれぞれ単体で置かれるものです。
このパターンは同じ重に置き合わせる道具の規則性はこれと言って見られず、自由に組み合わされています。
例えば新造会所の「次三間」という部屋の棚には、上重に真鍮製の「鴨香炉」、下重には銀製の香合が同じく銀製の食籠、真鍮製の薬器と一緒に置き合わされていました。ちなみにこの棚の中重には七宝の薬器や累茶と呼ばれる茶入れの一種等が飾られていました。
(図4)胡銅鴨香炉(個人蔵※胡銅とは青銅の一種のこと)
⑶焼香用の香炉など
以上のような三具足や棚に飾られたものとは異なるのが「焼香用」と考えられるものたちで、これは飾りとしての性質が明らかに異なっていると考えられています。どこが異なっているかというと「焼香用」という用途がはっきりとわかり、飾りという側面よりも、実用的な側面が強いという点です。
前述の(A)のような三具足・五具足の前には「中央卓」が置かれ、そこには香炉と薬器が置かれている例が『御飾記』には何点か見られます。薬器には焼香の為の御香が入れられていたと考えられます。このパターンは先行研究からも指摘がされているように禅院のスタイルに倣ったもので、建仁寺方丈の四頭茶礼にも同様の飾りがなされています。
たとえば、南向会所の押板には絵が三幅対掛けられ、五具足が飾られていました。その前には堆紅(彫漆の一種)の中央卓に、真鍮製の香炉、珪漿で作られた薬器が置かれていました。
(図5)中央卓と香炉と薬器(部分『日本の美術№152 床の間と床飾り』)
まとめ
以上、3つのパターンを簡単に説明してきました。ひとえに香道具といっても飾られる場所や、一緒に置き合わされる道具などで飾りの雰囲気や目的ががらっと変わることがおわかりいただけたと思います。
今回は香道具のみに焦点を当てましたが、これを飾られた場所ごとに他の美術品、文房具や茶わんなど、作られた素材なども含めてを詳細に調べ、部屋全体を見渡してみると更にいろいろなことを考えることができます。
詳細な説明は省きますが、例えば「新造会所」には棚や書院、押板に、七宝焼きで作られた道具が散りばめられて飾られている部屋があったりします。七宝という技法は当時はまだ珍しい、舶来の真新しいものでした。このことから考えられるのは、七宝という珍品を贅沢に飾ることで将軍の威厳などを見せつけていたのかもしれないという点です。
しかも「新造会所」はこれまでにない新しい建築様式で建てられた会所でもありました。見たことのない新しい美術品が新しい建築様式の中に飾られている……。きっと初めて見た人は、アトラクションに乗った時のようなワクワクを感じたのではないでしょうか。個人的には、茶の湯漫画『へうげもの』で主人公古田織部が数寄を凝らした茶道具や茶室に感動する時のような感情がきっと生まれたはず、と思っています。
余談ですが、こういうことをなんとなく知っていると時代劇(特に大河ドラマ)を見るのが格段に楽しくなります。もしご興味を持たれた方がいたら「座敷飾」について是非調べてみてください。
[主要参考文献・図版]
・『室町殿行幸御餝記』(『金鯱叢書』第2輯,徳川黎明会,1974年)
・宮上茂隆「会所から茶座敷へ」(中村昌生編『茶道聚錦七 座敷と露地(一)茶座敷の歴史』小学館,1984年)
・村井康彦『君台観左右帳記 ; 御飾書』(茶の湯の古典, 1)世界文化社, 1983
・佐藤豊三「将軍家「御成」について(一)―室町将軍家の御成―」『金鯱叢書』創刊号(徳川黎明会,1974年)
・佐藤豊三「将軍家「御成」について(二)―足利義教の「室町殿」と新資料「室町殿行幸御餝記」および「雑華室印」―」『金鯱叢書』第2輯(徳川黎明会,1974年)
・佐藤豊三「将軍家「御成」について(三)―『小川御所并東山殿御飾図』と『君台観左右帳記』画人録の一考察―」『金鯱叢書』第3輯(徳川黎明会,1976年)
・岡田譲編『日本の美術 第152号 床の間と床飾り』(至文堂,1979年)
・矢野環『君台観左右帳記の総合研究 茶華香の原点 江戸初期柳営御物の決定』(勉誠出版,1999年)
・『徳川将軍の御成 : 徳川美術館新館開館二十五周年・徳川園開園八十周年記念 : 秋季特別展』(徳川美術館編集,2012年)
・橋本素子「中世後期「御成」における喫茶文化の受容について」『茶の湯文化学』(茶の湯文化学会,2016年)
・橋本素子「中世後期「御成」における喫茶文化の受容について」『香文化録』第2号 (日本香文化学会,2017年)
[連載]香雅堂の業務月誌
よく学びよく遊ぶを生活の指針にしている香雅堂スタッフまつもとによるお店での仕事やお香、日常に関するとりとめのないこと。
前回の記事:香道具が置かれた場所①:会所と座敷飾り
[著者]まつもと
千葉県鴨川市出身の1992年生まれ。多摩美術大学で芸術学や美術史、民俗学を学びつつ、ベリーダンスサークルで踊る日々を過ごす。学習院大学大学院の修士課程で日本美術史を専攻、室町時代の座敷飾りについて研究。2018年より香雅堂スタッフ。
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編集協力:OKOPEOPLE編集部