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【小説】史跡研究会

 大学のサークルは史跡研究会だった。はじめはその名にふさわしい活動をしていたようだが、わたしが在籍した頃にはまったくちがった。もはや誰ひとり史跡に足を運ぶことはなく、日々サークルのボックスに集まって語りあう話題も史跡とは無関係だ。
 ある日、公開されたばかりの大作映画の話をしたあと、帰り道で急に半分くらいがこれから映画を見に行くことになった。だが調べるまでもなく、この遅い時間に上映している劇場は近隣にない。わたしは映画組に加わって駅へ向かう道から逸れる。映画を見にいこうと言い出した先輩は、あまりなじみのない住宅街をどんどん歩いていく。どこへ行くんだろうね、わたしは同期の子とひそひそ話す。他の人たちは先輩を信頼しきっているようで足取りに迷いがなかった。先輩は住宅街のはずれの公園に入っていく。ベンチとトイレしかない殺風景な公園をよこぎると森が現れた。園路はそのまま森の中へ続いている。
 わたしはいつか写真で見たことがある、外国の野外上映会の光景を思い浮かべる。樹木を柱にすればここはスクリーンを張るのには向いているかもしれない。ただ画面にたくさんの枝葉の影が落ちてしまうし、座席を確保するのにも不向きだろう。
 森の中の道はいくつも枝分かれしている。あんなに自信満々だった先輩が、なんだか不安そうに分岐点で立ち止まることが増えていた。ほんとうはもう道がわからなくなっていて、みんなを引き連れている手前言い出せなくなっているのではないか。そう思ったけれど、森はあまりに静かすぎて、すぐ横を歩いている同期の子の耳元でそうささやくこともできない。
 とうとう先輩は道をはずれて、足元の見えない下生えの中へ踏み込んだ。それに続く人たちの顔にとまどいの表情が浮かぶ。遠くの街灯の光が一瞬顔を照らしたのだ。誰かが「もう引き返しましょうよ」と言い出すことをわたしは期待した。けれどみんな無言で続いていくので、わたしもしぶしぶ最後尾につらなるしかない。一歩ごとに脛に何かがささるような痛みがはしる。靴の中にぬかるんだ地面からしみてくるものがある。帰りたい、とわたしは思う。もうそれしか考えられないが、一人で引き返すには周囲はあまりに暗すぎる。先輩があきらめて「帰ろう」と言ってくれるのが一番いい。どれくらい道に迷ったらあきらめてくれるのだろう。住宅街のはずれにある森だから、何時間も歩き回れる広さはないはずだ。
 ふと目の前がひらけて、わたしたちはちょっとした広場に出る。さんざんな足元から解放されてほっとしていると、先輩の声がする。
「これが地球発祥の地の記念碑だよ」
 顔を上げると、闇の中のひときわ濃い闇の前に先輩が立っている。濃い闇は先輩よりも大きくて、たしかに石碑のかたちをしているように見える。一説によると、今から約四十六億年前、この地でわたしたちの地球の歴史が始まったのだと言われています。先輩がうやうやしく続けると、感心したようなざわめきが起こる。ちょうど風が吹いてきて木々の枝葉のこすれる音がそこに重なった。森じゅうが先輩の話にどよめいているかのようだ。
 でもわたしはそのどよめきに加わらなかった。映画を見に行くんじゃなかったの? そう心の中で叫んでいたのだ。けれど言葉は口から出る前に周囲のざわめきにかき消される。わたしたちを囲む木々は、古い音楽に身をゆだねるように高みでゆっくりと頭を振っている。先輩の解説の声はじわっと熱を帯び、サークルのみんながぐっと身を乗り出す影が先輩と石碑の影に覆いかぶさるように見える。
 ねえいつまでここにいるつもりなんだろう、いったい映画の話はどうなっちゃったんだろうね。時間も遅いし暗いし、お腹空いたし早く帰りたいよ。わたしはすっかりあきれ果てて、もう他の人たちに聞かれてもかまわない、隣に立っている同期の子にそう話しかけようとする。
 だが結局は思いとどまったのは、その子の頭も周囲の木々のようにゆっくりと、前後に大きく揺れ続けていることに気づいたからである。
 時計を見ると、午前零時になるところだ。




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